「第12話 前編」


 ネギは呆けていた。と言うか次の瞬間には頭を抱えて天を仰ぐ。更に次は跪いてプルプル震えたり、再び頭を抱えてゴロゴロ転がったりする。ぶっちゃけいっぱいいっぱいの様子だった。

(やれやれ、見ていられんな。)

 始はホテル嵐山へのチェックイン――今日は空き部屋があったため、ネギ達と一緒の宿が取れていた――を済ませて、自室に荷物を置いてきた所だった。ちなみにホテルのフロント係からは、「今日とあと数日は修学旅行の学生さん達がお泊りですから、もしかしたら煩いかもしれませんよ。」と気を使った言葉を貰っていた。そしてネギを探しに来て、ロビー脇の公衆電話前で彼を見つけたのだった。
 なお彼は、もう自分が京都へ来ている事を隠してはいない。というか、先程神楽坂明日菜と桜咲刹那、ついでにカモに、思いっきり見られてしまった。もう気にしても仕方ない、と言った所だった。だが彼等は、始が「『しばらく前から』京都、奈良方面へ撮影旅行に来ている」と大嘘をついた所、あっさり信じ込んでいた。どうやら決定的な証拠でも無い限り、始=カリスである事はバレそうにない。正直彼は、少年少女たちのあまりの能天気さ、純真さに、拍子抜けしていた。後はカリスが知っていて始が知らないこと、始が知っていてカリスが知らないことの切り分けを上手くやれば、ばれずに済むかもしれない。
 それはともかく、今はネギである。始はネギに近付いて話し掛けた。

「どうしたネギ少年。随分悩んでいるようだが。」
「あ、相川さん。い、いえ別に何でも。」
「……そうか。昼の奈良公園で告白されたことで悩んでいるのか。」
「ええっ!?相川さん、読心の魔法でも使えたんですか!?」
《《《《ええッ!ムグ!ムグググ!》》》》

 背後の方から、押し殺したような叫び声と、それを無理に口を塞いで抑え込んだような息の詰まる音が聞こえて来た。始は繭を顰める。彼は右手親指で背後の方を指すと、口元だけで笑みを作った。

「いや、魔法など使えない。ネギ少年、お前の顔に書いてある。それより、ここはギャラリーが多すぎる。喫茶室にでもいって、そこで少し話そう。
 後で出歯亀している奴ら。プライバシーに関わる事だから、付いてくるなよ?」

 そう言うと、始はネギを引っ張って喫茶室の方へ歩き出した。後の方からは、ああ……とか、うう……とか、残念そうな声が漏れ聞こえてくる。始はそれには構わず、すたすたと歩いていった。
 喫茶室にて、始は2人分の日本茶を注文すると、無言でネギを促すような仕草を見せた。ネギは最初、言葉に詰まったが、やがて訥々と話し始めた。

「……顔に書いてあるって……告白されたって……そんな事までわかるんですか?」
「顔に書いてあるのは、つい最近……そうだな、多分今日有った事で大変に悩んでいる、と言う事だけだ。となれば、あの宮崎とか言う生徒に告白された事しかあるまい。
 実は俺もあの場所に居て、偶然見てしまったからな。告白される所を。少年、お前がぶっ倒れた時、茶店の腰掛まで運んだのは俺だぞ。そのくらい思い付け。」
「そ、そうですか……。実は僕……どうすればいいのか分からなくて……。」

 ずーん、と擬音が聞こえて来そうな様子のネギに、始は訊いて見た。

「お前、あの宮崎って娘、嫌いなのか?」
「いえ!そんな事は無いです!絶対に!」
「じゃあ誰か他に好きな……ああ、この場合、特別に、って言う意味だからな。誰か特別に好きな人がいるとか。」
「いいえ!あ、普通に好きな人はいっぱい居ますよ。クラスの皆が好きですし、アスナさんやこのかさん、いいんちょさんやバカレンジャーの皆さんも。当の宮崎さんだって。
 でも特別な好きってのはまだいないっていうか……その……まだよく分かんないんです。僕、そう言うの……。
 それに先生と生徒だし……。」

 始はネギの頭にぽんと手を置くと、ゆっくりと撫でながら言った。

「いや、先生と生徒とか、この場合関係ないぞ。お前ぐらいの子供は……数えで10歳、だったよな。そのぐらいの子供は、そろそろそう言う……恋愛に興味を持つ頃合だ。そう言うのは、普通の事なんだ。普通の成長なんだ。
 お前が先生だからって言って、まずお前はその前に一人の子供なんだ。普通の成長を妨げられるいわれは何処にも無い。生徒だからって言って、好きなら好きでかまわないと思う。」
「相川さん……。」

 始の言葉は、ある意味問題発言満載だったが、ネギは何かを感じ取ったようだ。始は続ける。

「少し話がずれたな。宮崎とか言う娘の話だったな。そうだな……。」
「あ、いえ。僕決めました。」
「……何を。」
「まず、普通にお友達から始めましょうって、そう答えるつもりです。やっぱり恋人とか結婚とか、僕には早いように、そう思うんです。さっきも言った通り、僕にはまだそう言う『好き』って分かりませんから。
 でも相川さんに話を聞いてもらわなかったら、まだうじうじ迷って悩んでたと思います。ありがとうございました。」
「そうか……。」

 始は笑顔で応える。ネギは一生懸命考えて答えを出したのだから、それを否定するつもりは無い。無論、ネギの出した答えは間違いではない。始はネギのその姿勢を評価したのである。
 だが、一つ付け加えることも彼は忘れない。

「しかし、恋人はともかく結婚まで考えてたのか?早いどころじゃないだろう、それは。」
「あ、いえ……。」
「ずいぶんとマセているな、お前は。」
「あ、じゃ、じゃあ僕はしずな先生と打ち合わせがあるので、これでーーー!」

 満面の笑い顔で言う始の台詞に、顔を赤くして逃げ出すネギだった。





「ええ〜〜〜っ!?魔法がバレた〜〜〜!?しかも、あああの朝倉に〜〜〜っ!?」
「は、はい。ぐし……。」

 明日菜の叫び声に、怪我をした猫のケイジを持ったネギは泣きそうな顔で答えた。ちなみに刹那も呆れ半分、同情半分の顔でそれを見ている。麻帆良パパラッチの異名を持つ朝倉和美に、ネギが魔法使いである事がバレてしまったのは、次の様な成り行きであった。
 ネギはその時、宮崎のどかにきちんと返事をするべく、彼女を探していた。だが彼女を見つけたとき、他の女子生徒と会話をしていたため、話が終った後にしようとしばらく時間を置く事にした。
 そしてネギは、ホテルの玄関ロビーに来た。その時ふと表を見遣ると、表の道路の真ん中に猫がぐったりとして血を流して倒れていたのである。彼は慌てて表に飛び出した。どうやら猫は車に引っ掛けられたらしく、ぐったりしていた。彼は呪文を唱える。

『あわわ、大変だ!プラクテ・ビギ・ナル、汝が為にユピテル王の恩寵あれ。治癒。……ふう、間に合ったみたいだね。一応血は止まったけど……ごめんね、僕の魔法じゃここまでしか治せないんだ。骨折とかは、きちんと獣医さんで継いでもらわないと。
 もっと強力な回復魔法を覚えておけばよかったなあ。』
『なあに、兄貴。その一寸だけの回復呪文でも、なんとか助けてやれたんだ。その猫にとっちゃあ命の恩人って奴だぜ。
 やっぱ兄貴は漢の中の漢だぜ、クーッ!』
『……魔法!?オコジョが……しゃべった!?』
『『あ!』』

「と言うわけで、朝倉さんにこの猫の怪我を治す所を見られた上、カモ君が喋る所まで……。ううっ……。」
「記憶は消さなかったのですか?」
「なんとか話し合いで分かってもらえないかと……。最初はそう思ったのですけど……。
 そうこうしている内に、『スクープだ』って騒いで飛んでいっちゃって……。カモ君が後を追ってったんですけど、僕は見失っちゃって……。」
「アンタねえ。あの相川さんや楓ちゃんみたいに、物分りのいい人ばかりじゃ無いのよ?アタシは記憶消すのとか、どっちかと言えば反対な方だけど……朝倉じゃ仕方ないとも思うし。
 けどアンタ、もうダメだわ。朝倉にバレたら、世界中に知られるのと同じ事だよ〜〜〜。アンタ世界中に正体バレて、オコジョにされて強制送還だわ。」

 明日菜はうなだれるネギに止めを刺す。いや、本人はそんなつもりは無いのであろうが。刹那も引き攣り笑いを浮かべている。ネギはガーンと擬音付きでショックを受けて、言葉も無い。彼は猫のケイジを抱きしめて、半泣きになった。
 そこへ当の和美が現れる。なんとその肩にはカモが乗っていた。

「おーいネギ先生。」
「ここにいたか兄貴ー♪」
「うわっ!あ、朝倉さん!?」

 能天気な様子の和美に、明日菜がしかめっ面で注意する。

「ちょっと朝倉。あんまり子供イジメんじゃないわよー。」
「イジメ?何言ってんのよ。てゆーか、あんたの方がガキ嫌いじゃなかったっけ?」
「そうそう、このブンヤの姉さんは俺らの味方なんだぜ。」

 カモが和美をかばう発言をした。その言葉に、ネギを始め、明日菜、刹那は驚いた顔をする。ネギは呆然とした顔のまま、呟いた。

「え……?味方?」
「うんまあ。最初は魔法使いの存在をネタに世界中に売り込んで、私の独占インタビュー記事が新聞、雑誌で引っぱりダコに!人気の出たネギ先生は私のプロデュースでTVドラマ化&ノベライズ化!さらにハリウッドで映画化して世界に進出よーーーっ!」
「あ、あわわ……。そ、そんなのイヤですーーー!!世界とかきょーみないです!」
「……とか夢見てたんだけどね。このカモっちから「そーなったら兄貴がオコジョにされて強制送還だ」って聞いてね。流石にそうなったら寝覚め悪いしねー。
 涙を飲んで、諦めてあげるコトにしたってわけ。それどころか……。」

 和美は言葉を区切って、強調して言った。

「カモっちの熱意にほだされてね。ネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力していくことにしたよ。よろしくね♪」
「え……え〜〜〜!?本当ですか!?」
「……ま、一人で魔法使い社会全体を敵に回す気、更々無いし、ね。」

 和美の最後の台詞は極々小声でサラッと言われたため、和美の肩にいたカモ以外の誰の耳にも留まらなかった。和美は懐から写真の束を取り出す。

「今まで集めた証拠写真も返してあげる♪ハイ。」
「わ、わぁーーーい、やったーーーっ!ありがとうございます朝倉さん。
 よ、よかった。問題が一つ減ったですー。ううっ。」
「よしよしネギ、よかったね。」

 明日菜が感涙に咽ぶネギの頭を撫でた。刹那はその様子を呆れたように見ている。その時は誰も気がつかなかった――和美とカモが、意味ありげに視線を交わした事を。

《ふふふ、カモっち。あとの細工は流々、仕上げを御弄じろってね。》
《へへへ、よろしくな姉さん。》





 さて、その頃始はと言うと――。

「……ふう。ここの露天は凄いな。ああ、いい風だ。」

 ――ネギの気持ちを少しでも楽にしてやれたことに、軽い満足感を覚えつつ、今だけはのんびりと風呂に入っていた。


あとがき

 今回もまた前後編です。と言っても、前回の前後編みたいにアクション物じゃないんですが。今回は2日目の夕方から夜にかけての出来事です。前編はその夕方辺りの話ですね。ちなみにまだほのぼの系のお話は続きます。アクション編はあともう一寸先と言う事で。
 ああ、あと猫が撥ねられてしまったのは、始とネギが話していたために、ネギま!本編とはタイミングがズレてしまったためが大きいです。ごめんね猫さん……。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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