「第11話」


 今日は修学旅行2日目である。この日、奈良へと向かう麻帆良学園修学旅行バスの後を追っているバイクがあった。デュアルパーパスタイプのバイクで、タンク上にはタンクバッグ、後部座席にはカメラバッグをベルトで留めて積んでいる。更にライダーは小さめのディバッグを背負っている。
 そのバイクは、バスからは見えないように車2〜3台分離れてバスを追っていた。そのバイクのライダーは、常に周囲に気を配っている。それも自分の周りではなく、バスの周囲を注意して見ていた。
 勿論、このライダーは始である。先日遭遇した天ヶ崎千草の手の者が、ネギ達を襲撃するのを警戒しているのである。つい昨夜、手酷く痛めつけられたからには、今日またすぐにリベンジを試みてくる可能性は低いだろう。だが、それが無いとは言えないのだ。特に不気味なのは、最後に現れた白髪の少年である。

(奴からは、人間らしい気配がしなかった。子供の姿はしていたが、もしかしたら本当に人間ではないのかも知れない。要注意だな……。)

 始はあの時の白髪の少年の、無表情な顔を思い出していた。あのまま戦っても、勝てるとは思ったが、何とは無しに不気味な感じを受ける。今ここ京都――既に奈良に入りつつあるが――に集っている面々では、真正面から勝てるのはおそらく始――カリスだけであろう。もし彼が離れているときに、あの「敵」の襲撃を受けたなら、他の面々ではたぶん太刀打ちできない。
 それ故に始はこのようにして、修学旅行バスの後を、護衛の意味もあって附けているのである。だがしかし……。

(だが……。女子中学生の乗ったバスをバイクで追跡……。自分で言うのもなんだが、ストーカーの様だな。)

 始は、自分のその思考に少々げんなりしつつ、バスの後を追ってバイクを走らせた。





 そしてやって来たここは、奈良公園。東大寺南大門前である。始はカメラを構えて鹿の写真を撮っていた。もうこれは長年――本当に長い間――続けてきて、習性の様になってしまっている。彼は『石化け』『木化け』とまではいかないまでも、気配を抑えて周囲の風景に溶け込みつつ、写真を撮り続けた。
 始がここへ来たのは、茶々丸から頼まれた護衛対象である、当のネギ本人がここへやって来たからである。ネギは奈良での自由行動の際、クラスの生徒である宮崎のどかに誘われて、彼女の属する3−Aの第5班と共に行動していたのだ。もっともネギが第5班と行動を共にしたのはそれだけが理由ではない。第5班には昨夜狙われた近衛木乃香や、彼女の護衛の桜咲刹那、ネギの保護者である「魔法使いの従者」神楽坂明日菜までが一緒に入っていたからだ。今もネギは始の視線の向こうで、きゃいきゃい騒ぐ女子中学生と一緒になって、鹿と戯れている。その様子があまりに微笑ましくて、始はつい笑ってしまった。
 だがすぐに彼は気を引き締める。今こうしている間にも、「奴ら」が何処からか狙っているのかもしれないからだ。「奴ら」はネギよりも木乃香の方を狙っているようだが、木乃香があぶない目に遭えばネギの事だ、自分から危険に飛び込んでいくだろう。
 それに木乃香は木乃香で、始はできるだけ助けてやりたいと思っている。完全に子供であるネギ程ではないが、中学三年と言えばやはりまだまだ保護の必要な年頃ではあるからだ。それに自分でも知らない内に、強大な魔力やら何やら余計な重荷を背負わされている事は、始の同情を買った。

(そう言えば、近衛木乃香の護衛の剣士……。桜咲刹那、だったな。あの娘も純粋な人間では無さそうだったが……。
 だが、それでもあの白髪の少年に立ち向かうのは無理だろうな。)

 見ると、ネギ達は南大門を抜けて大仏殿の方へ向かっていく。始はゆっくり歩いて後を追った。だが彼はふと思う。

(カメラ持って少女達の後を付いて行くなどと……。これでは本当にストーカーに見られても仕方ないな。)

 再び自分の思考にげんなりしつつ、始はより一層丹念に気配を隠した。もはや彼は周囲からは風景の一部の様にしか捉えられない。思わぬ所で、身に着けた技量が役立った始であった。ちょっと情けないが。





 南大門を抜けた辺りで、ネギ達は2〜3人ずつバラバラに別れた。始は少し迷ったが、当初の目的通りネギの後を附ける。ネギは宮崎のどかと共に歩いていた。始は途中でネギが「宮崎さん」と呼んでいたのを聞いていたので、彼女の姓ぐらいは知っている。ネギとのどかは、いい雰囲気だ。

(なんか……。出歯亀しているみたいだな。)

 いや、間違いなく出歯亀である。始はその認識に三たびげんなりしつつ、物陰に身を隠して、後を追っていった。だが始は妙な気配に気付く。柱の陰からネギ達のことを覗いている気配だ。彼はその気配の持ち主の後ろに回る。そこには先ほど別れた少女2人がネギとのどかの事を覗いていた。
 始は一寸ばかり悪戯心を起こす。彼は2人の少女の後ろに回り、彼女らに声を掛けた。

「覗きとは、いただけないな。」
「わ……。」
「ひ……。」

 2人の少女は悲鳴を上げかけて、互いに互いの口を押さえる。彼女らは始に向かってヒソヒソ声で言った。

《黙っていてください!関係ないでしょう貴方には!》
《私らの友達が、ネギ先生に告白できるかどうかの一大事なんだから!放っといてください!》
《いや、だがお前達見るからに怪しかったぞ。あまりに怪しいので警察へ通報しようかと思ったぐらいだ。》

 始はしれっと冗談を言う。警察に通報などするつもりは全く無い。逆に警察が来たら、彼の方が捕まりかねない行動を、今日の彼は取っている。だが少女達は見るからに動揺していた。どうやら真面目に取ったらしかった。始がにこりとも笑いもせずに、真面目な顔で睨みつけるように言ったのが悪かったらしい。
 実は始は今更ながら、少々後悔していた。傍から見るとあまりに愉快な行動をしていたので、つい声を掛けてしまったが、本来彼は『始』の姿でネギ達と接触を取るつもりは無かったのだ。『始』と『カリス』が同時に修学旅行先へ来ているなどと、あまりにも偶然が過ぎる。だから本来なら、『始』としては姿を隠して見守り、いざと言う時に『カリス』として介入するつもりだったのだ。だが彼はついネギの生徒に声を掛けてしまった。少々お遊びが過ぎた。軽率だったと言えるだろう。
 どうせ同じ3−Aの生徒なのだから、特にネギに害になるでもないだろうし、それこそ彼女らの言う通り放っておけば良かったのだ。彼は口元に笑みを浮かべると、取り繕うようにヒソヒソ声で言う。

《冗談だ。だが周囲から見て怪しく思われる行動は、出来る限り避けたほうがいいぞ。本当に警察を呼ばれでもしたら、大変だろう?
 ……あ。女の子の方がなんか逃げ出したぞ?》
《《え!?》》

 丁度ネギ達の方では、のどかがネギに対する恋の告白をしようとして頓珍漢な事をした挙句、泣きながら逃げ出してしまった所だ。ネギはそれを追いかけるが、見失ってしまったらしい。始と話していた2人の少女は、ネギに見つからないようにして、のどかを探しに行ってしまった。
 始はネギの後を附ける。周囲に女の子がいなくなったので、婦女子に対するストーカー紛いの行為をしなくて済むようになったため、少しは気が楽だ。だが未だ、未成年者略取誘拐の疑いをかけられそうな気はするので、できるだけ注意して気配を抑え、物陰から見守る。ネギはのどかを探してあちこちうろついていた。
 やがてネギは立ち止まり、空を見て呟く。

「でもこの修学旅行は大変だなー。親書のこともあるし、このかさんやおサルのお姉さん、それにあの白髪の……。」

 そこまで言って、ネギはブルッと震えた。あの異様な雰囲気の少年の事を思い出したのだろう。あの少年は、かなりの実力を持った西洋魔術師だ。全開状態のエヴァンジェリンとまともに渡り合ったあのカリスですら、明日菜と刹那の二人をかばったとは言え、そして一時的にとは言え、身体を一部石化させられたのだ。ネギが戦慄を覚えるのも無理は無い。
 始は木陰でネギのその様子を見て、出て行って励ましてやりたい気持ちになった。彼はどうすべきか、しばし悩む。万が一、カリス=始である事がネギにばれても、こちらもネギが魔法使いである事を知っているため、大した問題では無いかもしれない。互いに秘密を守る事をネギと約束すれば、あの生真面目な少年はその約束を必死で守るだろう。……何かの拍子にポロっと漏らしてしまう可能性は高いが。ネギは秘密の遵守と言う物に対して、あまりにも迂闊な面がある。始としても悩み所であった。
 だがそんな時、ネギを呼ぶ声がした。声の主は、宮崎のどかである。

「ネギ先生ーーーッ」
「あ、宮崎さん。よかった。どこ行ってたんですか?」
「ネギ先生あのっ……。実は私……。大……大……。」

 のどかは必死で声を絞り出す。それを見ていて始は思った。

(そう言えば、先程の少女達が何やら言っていたな。『私らの友達が、ネギ先生に告白できるかどうかの一大事』とか……。
 待て、告白だと?ネギ少年はまだ数えで10歳だった筈。だがあれだけ真っ直ぐな彼なら、好意を抱かれてもおかしくは無いか……。だが、彼には女性問題……は大げさ過ぎか。まあ色恋沙汰……程度か……。ソレはかえって彼にとって重荷にならないか?)

 始は、のどかには悪いが止めに入ろうとする。偶然を装ってネギ達に話しかければ、雰囲気が壊れてしまい、それで今の所は充分だろう。今ネギは、何やら麻帆良学園から秘密の任務を――先程呟いた「親書」とか言う物が関係しているのだろう――請け負っており、更に近衛木乃香に対する誘拐事件等もあって、色々大変のはずだ。そこへ女生徒からの告白など受けたら、ネギはたまったもんでは無いだろう。のどかには本当に悪いが、告白は麻帆良学園にでも帰った後で、あらためてゆっくり行ってもらおう――そう始は決めて、馬に蹴られる覚悟で、徐に木陰から出て行こうとした。
 と、始は妙な視線に気付く。彼は出て行こうとした足を止めて、そちらの視線の気配を探った。もし敵であったなら、そちらへの対処を優先しなければならない。
 結果として、それは始の杞憂であった。妙な、と言うより「熱い」視線を送っていたのはネギの保護者である神楽坂明日菜と、昨夜名前を知った木乃香の護衛、神鳴流剣士桜咲刹那だったからである。ついでにカモ。彼等は始と同じく――と言うか始はきちんとした目的があっての事だが――ネギとのどかの事を出歯亀していたのである。
 それを確認するや、始は急いでのどかの告白を阻止せんと動こうとした。だが一瞬早く、のどかの声が響く。

「私、ネギ先生のこと、出会った日からずっと好きでした。私……私、ネギ先生のこと大好きです!!」
「……え?」

 始は木陰から出ようとした姿勢のまま、顔を押さえて天を仰いだ。ネギは困惑している。

「……。え……。あ……。」
「あ、いえーーー。わ、わかってます。突然こんなコト言っても迷惑なのは……。せせ、先生と生徒ですし……。ごめんなさい。
 でも私の気持ちを知ってもらいたかったので……。」

 のどかは180度回頭すると、笑顔で走り去る。

「失礼しますネギ先生ーーー!」
「あ……。えと……。あう……。
 ああ、ああああ……。」

 始は頭を抱えた。彼の思った通りだ。ネギは完全にいっぱいいっぱいである。そして数瞬の後、ネギは音高く倒れた。もうそれは見事に、ドテーンと。
 始は慌てて彼に走り寄る。ネギは息が荒く、顔が赤い。額に手をやると、物凄く熱かった。僅かに遅れて、明日菜と刹那が走ってくる。明日菜は叫んだ。

「あーーーっ!?アンタ、えーっと、確か……凄腕釣り師の相川さん!」
「釣り師じゃない、写真家だ。」
「どっちでもいいわよ!なんでこんな所に居るの!?」
「……どっちでもいいとは、ご挨拶だな。俺は撮影旅行だ。関西の方は植生が違うからな。野生動物の種類等も異なる。だから暇を見て、こちらの動物や野鳥を撮りに来たんだ。
 それよりネギ少年だ。凄い発熱だぞ。」
「えーーーっ!?」

 明日菜は驚く。刹那はのどかの走っていった方を眺めて、何やら考え込んでいる。始はネギを横抱きに抱き上げた。

「ネギ少年を休ませよう。何処に連れて行けばいい?」
「あ、あっちに茶店があるから、そこの腰掛にでも……。」
「わかった。」

 始は溜息をつきながら、ネギを運んでいった。結局の所、今日はストーキングもどきと出歯亀だけで、碌な役に立たなかったな、と思いながら。


あとがき

 今回は修学旅行2日目です。全開あれだけ好き勝手やった始の行動にも、実際色々と制約はある、と言う事で。今回は全然始、役に立ってません(笑)。今回はシリアス話の間に入った、ほのぼの系のお話ですね。ネギま!の原作でもそうでしたし。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


トップページへ