「第10話」


 始は京都に行くために、東名高速道路→伊勢湾岸道路→伊勢自動車道→新名神高速道路→名神高速道路と言うルートを通った。東名に入る前に、少々東京都内でもたついた所もあったが、そこはバイクゆえなんとかなった。と言うか、なんとかした。優良運転者の皆さんは、あまり真似はしないようにしましょう。
 遅めの朝食は、神奈川に入ったばかりの所にある海老名サービスエリアのレストラン、ダイニング○ASAで、いきなり朝から200g「トンテキ定食」¥1,580で精をつけた。これは三重県四日市名物の「トンテキ」を神奈川名産の「高座豚」を使って作った物である。低温のラードでじっくりと火を通しているので、元々肉質の柔らかい高座豚を柔らかいままで味わえるのだ。
 始はたっぷり食べて、大変満足した。





 ちなみにその頃のネギ達は、こんな感じだった。

「キャ……キャーーー!?」
「カ……カエル〜〜〜!?」
「わーーーっ」





 少々遅めの昼食は、静岡県最後のSA、浜名湖サービスエリアのメイン○ストランでとった。ここで食べたのは、浜名湖名物の鰻を使った「特産うな茶セット」¥2,100である。これは、最初は鰻をそのまま、次に薬味を使って一味変えて、そして最後はカツオと昆布の特製合わせ出汁を注いで鰻茶漬けとしていただく贅沢な一品である。
 始は残さず美味しく頂き、大変満足した。





 ちなみにその頃のネギ達は、こんなふうだった。

「キャーーーッ!?」
「な、何またカエルーーー!?」
「何だ何だ。」
「こんな所に落とし穴が!?」
「だ、大丈夫ですか。まき絵さん、いいんちょさん。」





 夕食もかなり遅くなってしまったが、京都を目前にした滋賀県最後のSA、大津サービスエリアのレストランで食べた。メニューはご当地の名物である高級和牛近江牛を使った、「近江牛 陶板焼膳」¥2,580である。この店では、仕入れた大きな肉塊を、料理長自らが丁寧に切り分けている。それを陶板の上で焼き、ポン酢や特製ダレで頂くのだ。霜降の肉が舌の上でとろけるのはたまらない。
 始は全て綺麗にたいらげ、大変満足した。更に彼はSAのスナックコーナーで、おやつに近江牛コロッケを1つ買って食べた。これも大変美味しかったようだ。





 ちなみにその頃のネギ達は、こんな目に遭っていた。

「いやぁぁ〜〜〜ん。」
「ちょっ……ネギ!?なんかおサルが下着をーーーっ!?」
「……。」





 波乱万丈の――ネギ達が――旅路を終え、始が京都に着いたのは、もう夜もかなり更けた頃だった。始はとりあえず今日の宿へのチェックインを済ませた後――今日はネギ達と一緒の宿はとれなかった――ネギ達麻帆良学園修学旅行生達が宿泊している宿へバイクを走らせた。とりあえずの様子見のためである。
 と、彼の目の前を大きなサル?の着ぐるみを着た眼鏡の美女が、中学生ぐらいの日本人形のような美少女を抱えて走り過ぎて行った。始はあっけに取られる。と、着ぐるみ女の来た方向から、少年少女の必死な叫び声が聞こえてきた。彼等の声には覚えがある。少なくとも、少年の声はネギの物だ。どうやら危惧した通り、なんらかのトラブルに巻き込まれているらしい。
 始は一瞬迷ったが、すぐにハートのAのカード『チェンジ・マンティス』を取り出す。彼の腰に、ごついベルトが現れた。彼はバックルのラウザーに、カードをラウズする。

「変身!」

『チェンジ』

 始の姿は一瞬にしてカリスに変わっていた。乗っていたバイクも、シャドーチェイサーに姿を変えている。緊急事態でもあるようだし、彼はとりあえずネギ達にカリスとして会うことを選んだのだ。彼が変身を終えてから数秒もしない内に、ネギ達が姿を現した。全員浴衣姿だ。彼らはカリスがこの場所に居る事に驚く。

「か、カリスさん!何故京都に!?」
『観光だ。』

 カリスは、しれっと大嘘を答える。ネギ達――ネギと明日菜とカモは、あまりの意外な答えにあっけに取られる。だが残りの一人の少女は、学園長からカリスのことを聞いていた事もあって、警戒を崩さない。
 カリスは訊ねる。

『そちらの少女は初めて会うな。紹介してもらえるか?』
「あ、桜咲刹那さんと言って、僕の生徒……。そ、そうだ!そんな事言ってるヒマないんだった!
 カリスさん、大きなおサルを着た女の人を見ませんでしたか?このかさんを攫った、悪い人なんです!」
『それならあっちに行ったぞ。このか、とか言うのもお前の生徒か。……ネギ、後に乗れ。メットが無くて悪いが、な。』

 ネギは最初驚いたが、彼に対する信頼感が上回ったのか、すぐにシャドーチェイサーに乗って、カリスの腰にしがみ付く。無論、カモもネギの肩にしがみ付いた。シャドーチェイサーは後輪を煙を上げてスピンさせると、急発進した。すぐ後に、明日菜と刹那も続く。
 カリスが彼女等を置いていかないように速度を加減しているとは言え、それに付いてこれる彼女らの身体能力は恐るべきものがある。それでも刹那は「気」で身体能力を強化しているが、何の強化も施さずに自動車並の速度で走れる明日菜は何者なのだろうか。
 それは置いておく事として、彼らはすぐにサルの着ぐるみを着た女を発見した。彼らは叫ぶ。

「待てーーーっ!」
「お嬢様ーーーっ!」
「このかーーーっ!」

 着ぐるみ女は毒づく。

「ち……。しつこい人はきらわれますえ。」

 ネギ達は口々に叫ぶ。

「あ、マズい!駅へ逃げ込むぞ!」
「っていうか、何よあのデカいサルは!?着ぐるみ!?」
「おそらく関西呪術協会の呪符使いです。」
『実力はありそうだな。今まで捕らえた事のある奴よりも、何と言うのか……気配、存在感が濃い。とは言え、そのお陰で見失うことはなさそうだが、な』

 刹那はカリスにちらりと視線を向ける。だがとりあえずは、カリスに付いて考えることを止めた。学園長からも、下手に敵対することの無いように、と言われているし、今の所は味方のようだからだ。
 彼女は自動改札を飛び越えながら、周囲の仲間達に注意を促す。

「あの着ぐるみも、ただの着ぐるみではなさそうです。気をつけて!」
「ちょっと、オカシイわよ。終電間際にしても、乗客も駅員も一人もいないわ。」
「人払いの呪符です!普通の人は近付けません!」

 駅のホームにたどり着いたとき、電車は発車間際だった。発車を知らせるチャイムが響き渡る。もしかしたら、カリスと話していなければ発車にぎりぎり間に合ったのかも知れない。

「しまった!間に合わない!」
「どうすんのよ!」
『……うまく受身を取れよ。』

 突然カリスが、刹那と明日菜の襟首を掴んだ。明日菜はともかく、戦いの技術に自信があるはずの刹那ですら、それを躱すことも、それどころか察知することも出来なかった。カリスは2人をぶん投げる。

「「わきゃあああぁぁぁっ!?」」

 彼女達は閉まりつつある電車のドアの隙間から、車内へと飛び込んだ。否、飛び込まされた。列車は発車し、徐々に加速していく。明日菜は毒づいた。

「あっぶないわねぇ!!挟まったら、どーすんのよ!」
「挟まったら、自動装置が働いて電車は発車しませんよ。たぶん。それより明日菜さん、お嬢様です!前の車両に追い詰めますよ!」

 一方、ホームに取り残されたネギは、カリスの荒技に呆然としていた。そんなネギにカリスは言う。

『何をしている。先回りするぞ。』
「あ、はい。……あのバイクで、ですか?」
『無論だ。』

 カリスとネギは、再び駅の外へと走り出した。





 刹那と明日菜は着ぐるみ女を追って、前の車両へ入り込んだ。彼女達は叫ぶ。

「「待てーーーっ!!」」

 だが着ぐるみ女は、慌てず騒がず、懐から呪符を取り出した。

「フフ……。ほな、二枚目のお札ちゃんいきますえ。
 お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす。」

 するとその呪符から、大量の水が噴出してくる。水は、あっと言うまにその車両を満たしていった。
 車内には呼吸する空気すら残らず、明日菜達は溺れそうになる。

「ガボガボー!△◎※!?」
「くっ……。」

 既に先の車両に移っていた着ぐるみ女は、愉快そうに笑みを浮かべると言い放つ。

「ホホ……。車内で溺れ死なんよーにな。ほな(はぁと)。」

 明日菜と刹那は身動きがとれず、悔しそうに彼女らの敵を見つめた。
 刹那は悔恨の情にかられる。

(くっ……息がっ……。この水では剣も振れない。くっ……。私はやはり、まだ未熟者だ……。
 このかお嬢様……。)

 その時、刹那の脳裏に少女時代のこのかの姿……川で溺れているその姿が浮かんだ。

(せっちゃん、助けてーーー。)

 刹那は、カッ!!と目を見開く。水中であるにも関わらず、彼女は剣を振るった。

「斬空閃!!」

 京都に伝わる退魔の剣技、神鳴流の奥義「斬空閃」は、前の車両に繋がる扉を切り飛ばした。車内に満ちていた水が、前の車両にも流れ込む。着ぐるみ女は、流れ込んだ水に押し流された。





 カリスとネギ――とカモ――は、列車を追い越して一足先に列車が通る踏み切りの所まで来ていた。ちなみにカモネギペアはへろへろである。シャドーチェイサーの最高速度は410km/h。その後部シートに、ヘルメット無しでしがみ付いていたのだ。カモに至っては、吹流し状態でネギにしがみ付いていた。しかもカリスの通る道は道交法無視で歩道橋は渡るわ、階段は登るわ、他人の家の庭先の私道は突っ切るわ、家の屋根から屋根へジャンプするわ……。しかもアクセル全開で、である。
 カリスは列車が来るのを、じっと待っていた。やがて目的の列車がやって来る。その列車は、なんとも不思議なことに、一部の車両の隙間と言う隙間から、水を噴いていた。カリスはタイミングを合わせると、ホルダーから1枚のカードを取り出す。ハートの5、『ドリル・シェル』である。彼はラウザーをカリスアローにセットすると、カードをラウズした。

『ドリル』

 電子音声が響く。カリスは跳躍すると、高速回転をしながら足から列車に突っ込んでいった。先頭車両の横っ腹に、カリスのきりもみ回転キック『シェルドリル』が炸裂する。列車の先頭車両はレールを外れ、脱線した。後続車両の車輪からは火花が散って、列車全体が急停車した。歪んだ車体の各所から、車内に満ちていた水がざばざばと流れ出す。
 カリスは呟いた。

『……やりすぎたか?』
「やりすぎですよっ!」

 ネギが叫んだ。
 『ドリル・シェル』の消費APは1200、およそ12tの威力に相当する。この場合、土砂を満載したダンプトラックが、列車の横から高速で突っ込んできたようなものだ。脱線するのも無理は無い。この場合、カリスが普通にキックするぐらいで用は足りたのだ。カリスのキック力は520AP相当、およそ5.2tだ。これでも並のトラックが荷物満載で突っ込んできたぐらいの衝撃力はある。脱線まではしないにしても――するかもしれないが――その衝撃で列車の自動停止システムが働き、列車は停止しただろう。
 カリスは大して気にしていないような声で言う。

『それよりいいのか?あの着ぐるみ女が逃げるようだが。』
「あ!いけない!待てーーー!!」
『さっさと後に乗れ。』

 カリスは既に、シャドーチェイサーに跨っている。ネギとカモが少しばかり躊躇したとしても、責められることは無いだろう。





 着ぐるみ女――天ヶ崎千草は苛立っていた。突然の列車事故により、計画していた降りる駅から遠く離れたこんな場所で列車から降りる羽目になってしまったからだ。これでは契約していた護衛の者と落ち合う約束をしていた場所まで行けるかどうかも怪しい。すぐ後には、木乃香お嬢様の護衛をしていた神鳴流剣士と、お嬢様の友人だろうバカ力の女学生が追いかけて来ている。更には、予定外の場所で降りた為、ここは人払いをしていない。そう時間をおかずに野次馬たちが集まって来るだろう。
 千草は決断した。サルの着ぐるみを脱いで、独立稼動の式神モードに切り替える。そして懐から呪符を取り出した。

「フフ……。よくここまで追って来はりましたな。そやけど、ここまでどすえ。三枚目のお札ちゃん、いかせてもらいますえ。」
「おのれ、させるかっ!!」

 神鳴流剣士――刹那が斬りかかる。だが一瞬早く千草が呪札を使っていた。

「お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす。……喰らいなはれ!三枚符術、京都大文字焼き!!」
「!!」

道幅いっぱいに、「大」の字型の爆炎が広がる。あぶなく炎に巻き込まれかけた刹那を、明日菜がぎりぎりの所で引き戻した。千草は嘲笑う。

「ホホホ、並の術者ではその炎は越えられまへんえ。ほなさいなら。」
「このぉ〜〜〜。」
「神楽坂さん……。」

『ブリザード』

 電子音声が響いた。吹雪をその車体に纏わせたシャドーチェイサーが突っ込んでくる。シャドーチェイサーの必殺技の1つ、『ブリザード・チェイサー』が炎の壁を切り裂いた。シャドーチェイサーの後部座席には、ネギがしがみ付いている。

「明日菜さん!刹那さん!」
「ネギ!」
「ネギ先生!?」
「なああーっ!?」

 千草は唖然とした。『ブリザード・チェイサー』に引き裂かれた炎の壁の真ん中は、びっしりと霜がついている。明日菜達と千草との間に、炎の壁を割って霜の道が出来ていた。明日菜と刹那は、その霜の道を通って、千草と木乃香の所まで走る。
 カリスが呟いた。

『炎は発火点以下に温度が下がれば消える。当然の事だ。「術」で自然の法則を捻じ曲げて、無理矢理発生させている炎なら、なおの事だ。消える時はあっさりと消える。
 三枚のお札、か。呪的逃走を気取ったわけか。だが追ってくるのは鬼でも山姥でもないぞ。……もっと恐ろしいと自負しているつもりなのだがな。
 ネギ!』
「はい!ラス・テル、マ・スキル、マギステル!風の精霊11人!!縛鎖となりて敵を捕まえろ!!魔法の射手・戒めの風矢!!」
「あひいっ、お助けーーー!」

 千草は木乃香を盾にしてうずくまった。ネギは慌てて「魔法の矢」の狙いをそらす。

「あっ……!曲がれ!!」

 魔法の矢は木乃香に当たる直前で目標を逸れた。千草は一瞬呆然とした。

「あ、あら……?」
「こ、このかさんをはなしてくださいっ!卑怯ですよっ!」
「は……はは〜〜〜ん、なるほど……。読めましたえ。」

 千草はネギを嘲笑った。彼女は続けて言う。

「甘ちゃんやな……。人質が多少怪我するくらい、気にせず打ち抜けばえーのに。
 ホーホホホホホ!まったくこの娘は役に立ちますなぁ!この調子でこの後も利用させてもらうわ!
 おーっと、そっちの嬢ちゃん達も、動くんやないえ!お嬢様の顔に傷でもつけとうないやろ!」
「くっ……。」

 明日菜と刹那の前には、先ほど脱いだサルの着ぐるみの式神が、カリスとネギの前には新たに現れた熊のぬいぐるみのような式神が立ちはだかった。明日菜は叫ぶ。

「このかをどーするつもりなのよっ!」
「せやなー。まずは呪薬と呪符でも使て、口を利けんよにして……上手いことウチらの言うコト聞く操り人形にするのがえーな。くっくっくっ……♪」
『……そんな事をしてみろ。俺は貴様をブッ殺す。』

 空気が凍った。カリスから発せられる鬼気が周囲を満たす。今の千草の台詞に切れそうになっていたネギ、明日菜、そして誰よりも怒り心頭に達していたはずの刹那でさえ、強制的に冷静さを取り戻させられた。固体化したとでも言えそうな程の密度の殺気を直接ぶつけられた千草は、その身を凍りつかせる。
 カリスは一蹴りで熊の式神――熊鬼の胴体をぶち抜くと、千草に向かって立った。千草は怯えて、木乃香を盾にして下がる。

「な、なんや貴様っ!?お、お、お嬢様がどないなってもええ言うんかいなっ!?」
『……。』

 カリスは黙って、予備動作無しでいきなり1枚のカードをカリスアローにラウズした。そのカードはダイヤの10。電子音声が響く。

『シーフ』

 カリスアローの握りから、カメレオンの舌の様な触手が伸びる。その触手は、木乃香に巻き付くと千草の手の中から彼女を掏り取った。木乃香はそのままカリスの左腕に抱きかかえられる。千草は叫んだ。

「あっ!?ど、ドロボー!」
『盗人猛々しいな。』

 カリスはネギに向かい、右拳の親指を立ててサムズアップをして見せた。ネギの顔が綻ぶ。
 カリスは次に、そのサムズアップしてみせた右手首を返した。親指がグリッと下を向く。ネギの顔に縦線が走った。カリスは言い放つ。

『やってしまえ。』

 ネギは顔を引き攣らせた。

「え、ええぇぇ〜〜〜!?」
『どうしたネギ。逃げてしまうぞ。
 あの女のやった事、やろうとした事は許せん。今の内に捕らえ、然るべき場所に突き出してやれ。』
「あ、そ、そうですよね。捕まえるんですよね。あーびっくりした。ラス・テル、マ・スキル、マギステル……。」

 ネギは魔法の詠唱を始める。カリスは呟いた。

『ああ。殺す時は、お前の様な子供にさせるつもりは無い。俺が殺る。
 ……子供に殺す殺さないの決断は重すぎる。そんな事はさせられん。』

 ネギは聞かなかった事にした。そして呪文詠唱が完成する。

「風の精霊17人。集い来たりて……。魔法の射手・連弾・雷の17矢!!」

 この雷の魔法の矢は、威力を弱めて使えばスタンガンの役割も果す。相手を捕らえるには比較的適している魔法だろう。拘束するだけの「戒めの風矢」と違って、さっきまでの意趣返しもできる。
 「雷の矢」は、すべて過たず千草に命中した。彼女は叫ぶ。

「ぎゃひいいいぃぃぃ〜〜〜!!」

 千草の身体は痺れて動けなくなった。時折ピクピクと麻痺している。命を下すものが無くなったサルの式神――猿鬼を斬り捨てた刹那と明日菜が、千草を取り押さえようと彼女に近寄る。その時であった。
 カリスが一瞬で明日菜と刹那の間に飛び込み、左右に向けて突き飛ばしたのである。

「なっ、何を……。」
「い、いったあああぁぁぁ……。え?」

 明日菜はカリスを睨みつける。だが、即座にその異常に気付いた。
 カリスの身体の右下半身が、石化していたのである。
 建物の影から、白髪の少年が一人歩み出てきた。その姿は幽鬼の様で、気配が非常に薄い。彼は呟くように語る。

「他の二人をかばった上、不完全とは言え僕の魔法を躱してみせる。凄いね。本当なら、全身が一瞬で石化していたはずなのに。
だけど、その身体では次はかわせないだろう?」
「な、何者なんだ!?」

 ネギが叫ぶように言う。それに答えて、その少年は言った。

「魔法使い、さ。この天ヶ崎千草に雇われた、ね。雇い主をこんな所で捕まらせるわけにはいかないからね。出張って来たのさ。
 さて、そこの黒い人は、今後色々と邪魔になりそうだからね。永遠に石になってもらおうか。……む?」

 ピーポー、ピーポー、ピーポー……。
 ファン、ファン、ファン、ファン……。

 救急車とパトカーのサイレンの音がする。列車事故の通報を受けて来たのであろう。少年は目を伏せた。感情のこもっていない声で、彼は呟くように言う。

「やれやれ。邪魔が入った、か。仕方ない。今日はこの辺で失礼するよ。またすぐ会うことになると思うけど……。」

 白髪の少年は、無詠唱で魔法を発動させる。彼の足元から水が巻き上がり、彼は千草もろともその水の中に消えた。後に残ったのは、小さな水溜りだけだった。
 カモが驚いたように言う。

「……水を利用した『扉』……瞬間移動だぜ!?兄貴。やべェぜこりゃ。かなりの高等魔術だ……。」
「くっ……。……あ!カリスさんっ!」

 ネギ、明日菜はカリスの元に駆け寄った。刹那も唇を噛んでカリスを見つめる。石化はカリスの左足大腿部と右脇腹にまで進行していた。だがカリスに動じた様子はない。

『大丈夫だ。』
「どこがよっ!?」

『リカバー』

 電子音声が響いた。カリスがハートの9、『リカバー・キャメル』のカードをラウズしたのである。カリスの石化部分は、べきべきと音を立てて、あっと言うまに元の状態へ戻っていった。明日菜は怒鳴る。

「そんな便利なモンがあるんなら、さっさと使いなさいよっ!!」
『いや、便利でもないぞ。自分にしか使えないからな。』
「この場合、自分に使えればいいでしょうがっ!?」

 明日菜は怒ってはいるが、安心した様子である。ネギも同じく、一安心した模様であった。と、ネギはある事に気付く。

「あ、そ、そうだ!はやく逃げないと!パトカーが来ちゃう!」
『大丈夫だ。……そこに居る奴、出て来い。』
「おやおや、隠行には自信があったでござるが……カリス殿、であったか?そのヘルメットには何やら高度なセンサーでも仕込まれているでござるか?」

 塀の影から出てきたのは、楓であった。カリスは楓に向かって言葉を紡ぐ。

『一応、名を聞かせてくれるか?』

 これは演技である。『相川始』と『長瀬楓』は何度も会った事があるが、『カリス』とは初めてだからである。楓はにっこりと笑いながら応える。

「あいあい、拙者、長瀬楓と申すでござるよ。にんにん。」
『そうか。見事な声帯模写だな。パトカーの音と、救急車の音、両方一遍に一つの喉から出すのは相当な訓練がいるだろう。』
「ふふふ、拙者を甘く見てもらっては困るでござるよ。スピーカーのコーンが一枚でござるのに、多彩な音が出るのと同じでござる。」
「あれ?そうするとさっきのパトカーと救急車は、長瀬さんだったんですか?うわあ、さすが忍者ですね。」
「何の話でござるかな。
 〜〜〜♪」

 楓はいつものように鼻歌でごまかす。そしてネギに向かって続けた。

「それよりネギ坊主。何かあったら拙者を呼んでくれと言ったでござろうに。頼ってもらえんとなると、少々寂しいでござるよ。」
「あ、ご、ごめんなさい。急な出来事だったもので、呼びに行く時間が……。」

 そこへ明日菜が割り込む。彼女はカリスが飛び出したときに放り出された、木乃香の様子を見ていた。

「ねえ桜咲さん。あたし最初はただのいやがらせだと思ってたんだけど、なんであのオサル女、このか1人を誘拐しようとしたのよ。」

 その疑問に、刹那は当初答え辛そうにしていたが、やがて重い口を開いた。

「実は……。以前より関西呪術協会の中に、このかお嬢様を東の麻帆良学園へやってしまった事を快く思わぬ輩がいて……。
 おそらく、奴らはこのかお嬢様の秘められた力を利用して、関西呪術協会を牛耳ろうとしているのでは……。」
「え?秘められた力!?」
「な、何ですかそれ〜〜〜!?」
「このかお嬢様には、血筋のせいもあって、強大な魔力が眠っているのです。ただ、このかお嬢様のお父上の意向もあって、お嬢様は一般人として暮らしています。もちろんお嬢様自身もこの事は知りません。ですが、どこであ奴らに秘密が漏れたのか……。」
『……知らせ……。』
「ん……。」

 カリスは何か言い掛けた。だが当の木乃香が目覚める気配を見せたため、出鼻をくじかれた。彼は思い直して、今の所は何も言わない事に決めたようだ。
 刹那は木乃香を抱き起こす。

「お嬢様!」
「……あれ?せっちゃん……?
 あー、せっちゃん。ウチ、夢見たえ……。変なおサルに攫われて……。でもせっちゃんやネギ君やアスナや、あとなんかスーパーヒーローみたいな人が助けてくれるんや……。」
「あー、拙者は?」
「いいシーンなんだから黙ってて楓ちゃん。」
「……よかった。もう大丈夫です……このかお嬢様……。」

 木乃香は目に涙を浮かべ、綻ぶような笑顔を浮かべた。

「よかったー……。せっちゃん……ウチのコト、嫌ってる訳やなかったんやなー……。」
「えっ……。そ、そりゃ私かてこのちゃんと話し……。」

 そこで刹那はハッと気付く……自分が身分の違うお嬢様とタメ口をきいていた事に。あわてて刹那は飛び退る。

「し、失礼しました!」
「え……せっちゃん?」
「刹那さん……」

 刹那は満面を朱に染めて、一生懸命生真面目な様子を作る。彼女は必死で言った。

「わ……私はこのちゃ……お嬢様をお守りできれば、それだけで幸せ……。いや、それもひっそりと陰からお支えできれば、それで……あの……。
 御免!!」
「あっ……せっちゃーん!」

 刹那は脱兎の如く逃げ出した。そこへ明日菜が声を掛ける。

「桜咲さーん!明日の班行動、一緒に奈良、回ろうねー!約束だよーっ!!」
「……。」

 刹那はちらり、と赤い顔で明日菜や木乃香、ネギの方を見遣ると、今度はゆっくりと歩いて去っていった。
 ふとネギはもう一人人数が足りないのに気付く。

「あれ?カリスさんは?」
「ああ、あの方なら自分のホテルへ帰るそうでござるよ。そろそろ本物のパトカーがやってくる頃合だから、見つかりたくないと言っていたでござるなあ。あと、中学生も色々大変だな、だそうでござる。
 また何かあれば、力を貸してくれるそうでござるよ。勿論、それは拙者もそうでござるよネギ先生。」
「あ、はい。ありがとうございます長瀬さん。
 ……カリスさんって、ほんとは僕らを助けに、京都まで来てくれたんじゃないのかなあ。」

 ネギ達は、自分達の旅館へと帰って行った。警察に見つからないように、けっこう苦労はしたらしい。





 次の朝、7時のニュースで深夜の脱線事故のニュースが流れていた。脱線した先頭車両の横腹にくっきりとあった、ブーツ状の足跡が話題になっている。その足跡は、まるで杭打ち機ででも打ち込んだかのように、深々と列車の車体に食い込んでいたそうだ。
 ネギはそのニュースを見て、ずっこける羽目になった。


あとがき

 今回は修学旅行1日目です。流石にバイクだとけっこう時間かかるでしょうねえ埼玉から京都まで。その時間を使って、始にはたっぷり旅気分を満喫してもらいました。まあ列車内とか最初の一日の昼間は、始達は知らない事ですが関西の妨害もせいぜいいやがらせ程度ですし。
 さて、今回始は初っ端からやらかしてくれました。電車脱線事故。脱線した程度で、派手にすっ転んだわけでは無いのですが。なんと言いますか、ここの始は「守るべき人達が傷つかなきゃ、あとは……まあいいか(笑)」っぽいですから。その辺がそこはかとなく描写できていればいいのですが……。
 まあもっとも、「守るべき人」の範囲がだんだん(と言うか、どんどん?)増えてってるんですけどね、結局。まあ「人」って、そんなもんですよね。う〜ん、うまく説明できてますかねえ。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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