「第9話」


 始の所にその電話が掛かってきたのは、彼が山から学園都市内へと戻ってきた時だった。
 ちなみにこの日、彼は野鳥を主な被写体としていた。超絶絶頂に高価な反射式超望遠レンズを引っ提げて行った甲斐あって、なかなか良い写真が撮れたため、彼はほぼ満足だった。ほぼ、と言うのは、多少心に引っ掛りがあったためである。
 実は昨日ネギから連絡があり、学園長と会う機会があったのでついでに先日頼まれたモノリスの件を聞いてみた、と言うのだ。それによると、ネギに向かい学園長は、そのモノリスに付いて何も知らないと言ったらしい。学園長がネギに知らせるべきではないと思ったのか、それとも本当にモノリスに付いて知らないのかは定かではない。だが、もし本当に知らないのなら、モノリスの行き場所が何処なのか、手掛かりがまた一つ失われた事になるのである。
 実際の所、モノリスは彼が元居た世界で粉々に砕け散っており、既に存在していない。だが始はその事を知る由も無かった。彼がこの世界に転移してきたのは、まさしくモノリスの力による物ではあるのだが。
 そんな事をつらつらと考えながらバイクを走らせていた時、彼の懐の携帯電話がブルブルと振動したのである。彼はバイクを路肩に停めると、携帯を取り出して電話に出た。

「はい、相川です。」
『相川さん。絡繰です。』
「絡繰か、どうした?何かあったか?」
『少々相談事があるのですが、これからお伺いしてよろしいでしょうか。』

 茶々丸は知っての通り、エヴァンジェリンの従者である。その茶々丸から相談事とは、下手をすると大事である。始は厳しい顔付きになる。もっとも電話の相手には見えないが。

「ああ、かまわん。だが、何か起こったのか?」
『いえ、そう言うわけではありませんが……。詳しい事は、お会いしてお話します。』
「わかった。こちらは今帰宅途中だ。あと30分弱で家に着く。」
『はい、ではその頃にお伺いします。では失礼します。』

 始は気を引き締めると、自宅に向かってバイクを走らせた。





 始が自宅に着くと、既に茶々丸が玄関の前で待っていた。
 ちなみに始は小さいがちゃんとした一戸建てに住んでいる。無論持ち家だ。貸家や集合住宅だと、その一部を写真の現像や焼付けに使用する暗室に改造する際に、色々と面倒があるからだ。もう数年先の未来には、デジタルカメラ全盛期がやって来ると知っている――もとい、予測してはいるが、始は基本的にフィルム派である。彼はその辺はマニアックであった。一応デジタルにも対応できるようパソコン等もフォトショ○プ等の画像加工ソフト込みで一式揃えてはいるが。
 始はバイクを停め、その上にシートを掛けるとヘルメットを脱ぎながら言った。

「よく来たな、絡繰。上がってくれ。」
「はい。先日は失礼しました。あの……これはお土産です。美味しいお茶です。」
「ああ、ありがとう。ありがたく頂く。」

 始はドアの鍵を開け、茶々丸をこぢんまりとしたリビングへと迎え入れる。そこでお茶でも出そうかとして、少々彼は考え込んだ。彼は茶々丸に尋ねる。

「絡繰は、飲み食いはできるのか?」
「いえ、飲食の機能はすべてフェイクです。」
「そうか。」

 始はお茶を出すのを止めた。飲食が出来ない相手に飲食物を出すのは、場合にもよるが、かえって失礼にあたる可能性もあるからだ。彼はいきなりだが本題に入る事にした。

「絡繰、相談事とは何だ?」
「はい、修学旅行の事です。」
「修学旅行?」

 始は拍子抜けした。だが、内容も聞かないうちからそれでは失礼だと思い直す。

「修学旅行に何か問題でもあるのか?」
「はい。麻帆良学園の修学旅行は人数が多いので、クラス毎の行き先選択式になっています。私達のクラス、3−Aは京都、奈良へ行くことになりました。」
「ほう。……待て、京都だと?俺の記憶では確か京都は関西呪術協会のテリトリーのはずだ。そこへ関東魔法協会の西洋魔法使いであるネギ少年が引率して行くのか?」

 カリスがこの世界にやって来てから現在まで約3ヵ月ちょっと。その間に麻帆良学園都市を襲撃してきた賊の中に、関西呪術協会の過激派に属する呪札使いもけっこうな割合で交ざっていた。襲撃者を逆に拉致して、魔法社会の情報を得ていた始は、その事をしっかりと知っている。

「はい。未確認情報ですが、関西呪術協会ではそのため麻帆良学園修学旅行生の受け入れに難色を示しているようです。
 それだけではなく、これもまた未確認情報ですがネギ先生は何らかの任務を学園長から命じられたようです。詳細は不明ですが……。」

 始は開いた口が塞がらなかった。まだ子供であるネギを、そんな政治的に厄介な場所に放り込む。さらにネギになんらかの任務を負わせると言う事は、他には付いていく魔法使いはいないと言っているような物である。

(いや、まて。学園の魔法使い達は、ネギ少年を強制的に育てようとしている気配がある。ネギに何らかの任務を与えて、それを成長の糧にしようとでも言うつもりか?
 ……無茶な。)
「相川さん?」
「あ、ああ。すまなかった。言われたことについて、少々考えていた物でな。」
「いえ。」

 茶々丸は気にした様子を見せなかった。始は茶々丸に問いかける。

「それで、俺に何をして欲しいんだ?」
「はい、できれば修学旅行に付いていって、ネギ先生を守ってあげて欲しいのです。」
「ほう?絡繰の考えか?」
「そうでもあり、そうでもありません。実はマスターが、ネギ先生の事を気になさっておいでのようなのです。マスターはああ言うお方ですから、その事を口に出したりはいたしませんが。
 ですが、マスターは呪いの為、学園都市から出ることは不可能です。修学旅行には行けません。私もマスターのお傍を離れるわけには……。ですので、もしよろしければ、相川さんにお願いできないかと……。甘えるようで、心苦しいのですが。」

 始は茶々丸の頭を撫でた。茶々丸は目を丸くする。始は茶々丸に語り掛けた。

「絡繰は、従者の鑑だな。主思いだ。絡繰は何歳だ?」
「あ……。製造されてから2年になります。」
「それなら、まだまだ子供だな。子供の仕事は、甘えることだ。と言っても、お前の立場から言えばそうも行かんか。だが、俺にぐらいなら甘えても構わないぞ。
 俺も、向うの動物や野鳥を撮りたかった。丁度良い。そのついでで良ければ、ネギ少年の面倒も見てやるのも、やぶさかではない。」
「相川さん……。ありがとうございます。」

 茶々丸は頭を下げる。始は微笑みながら、それを見ていた。





 あくる日、始は旅行用の買い物に商店街へ出て来ていた。と言っても、別にオシャレをするつもりなど毛頭無い。彼に必要なのは、長距離ツーリング用の装備であった。ぶっちゃけた話、彼は奈良、京都までバイクで行くつもりだったのである。
 ちなみに、宿等の予約は昨夜の内にネットや電話で行っていた。茶々丸が持ってきた修学旅行のしおりを見て、可能なら同じ宿、そうでなければできるだけ近い宿を取っている。
 そんな時、彼は見覚えのある姿を見つけた。周囲の人波から頭一つ高い影。楓である。向うも同時に始を見つけたようだ。

「にんにん、奇遇でござるなあ始殿。」
「このパターンは前にも覚えがあるな。どうした?今日は山で修行の日じゃなかったか?」
「いや、明日から修学旅行でござるからな。そのための買い物に来たでござるよ。」
「そうか、そう言えばお前も3−Aだったな。」
「あいあい。」

 楓はにっこりと微笑んだ。始は真面目な顔になる。彼は楓に向かい、言葉を発する。

「縁起の悪い事を言う様で悪いが……。下手をすると今度の修学旅行は甘くない事になりそうだぞ。」
「?……それはどう言う事でござるか?」
「道端でする話じゃない。そこらの喫茶店にでも入ろう。」

 楓はにんまりと笑う。

「なんだ、拙者をお茶に誘う口実でござるか。始殿もやるもんでござるなあ。」
「大人をからかうな。」
「あいあい、冗談でござるよ。あいすまんでござる。」

 2人は手近な喫茶店に入る。始は奥まったボックス席の壁側に座る。この場所からは店の全部が見渡せる。楓は同じボックス席の向かいに座った。コーヒーと、楓にはそれに加え適当な甘味を注文し、始は話し始めた。

「ネギ少年が魔法使いだと言うのは覚えているだろう?」

 始は「魔法使い」の所だけ、小声で言った。楓は鋭い目つき――糸目なのでよく分からないが――になると、頷く。始は続けた。

「ニュースソースは明かせないんだが、関東の魔法使い達の組織と、関西の魔法使い達の組織は中が悪いらしい。そんな所に関東から関西へ、しかもその総本山たる京都へ、ネギ少年が突然ぽんと飛び込んで行く訳だ。何か起こらないほうがおかしいと言う物だ。」
「ほう……。」
「充分に注意をすることだ。お前の実力は知ってはいるが、な。」
「あいわかったでござる。」

 楓は真剣な顔で頷いた。丁度注文した品がやって来る。2人は店員に話を聞かれないように話題を変えた。

「ところで修行のほうはどうだ?」
「絶好調でござるよ。気配を『消す』のも、随分慣れたでござるゆえ、次には必ず始殿から1本取って見せるでござる。」
「何、まだまだやられるわけには行かんよ。年季が違う、年季が。」
「専門が写真家である始殿に、武の技で負けっぱなしと言うのは沽券に関わるでござる。」

 その後は、表面的には和気藹々としたお茶会になった。いや楓の方は外面だけではなく内面も充分に楽しんでいたようである。支払いは始が持ったのはまあ当然と言えよう。





 その次の日の早朝まだ暗い内から、始は完全装備でバイクに跨り、西へと旅立って行った。目的地は京都である。

「さて、どんな旅になるやら……。」

 彼がちょっとばかり、変身して新幹線を追い抜いてみたい誘惑に駆られたのは内緒である。


あとがき

 今回は始が修学旅行へ付いて行く事情を書いてみました。修学旅行の事を知るのに、情報源が無いので茶々丸に出張って来てもらったのですが、どうだったでしょうか。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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