「第8話 後編」


 今まさに、ネギ達とエヴァンジェリン達の戦いが幕を開けようとしたとき、4本の光の矢がその戦いを止めた。矢を射たのはカリスである。カリスは麻帆良学園都市と外部とを結ぶ橋を吊っている主塔のうち、1本の頂上から下界を睥睨していた。
 治まらないのはエヴァンジェリンである。今まさに決着を付けんとしていた所に邪魔が入り、しかもその邪魔をしたのはあろうことか怨敵カリスだったのである。彼女は叫んだ。

「貴様ぁっ!カリスぅっ!!何を他人を見下ろしているかっ!」

 カリスは腕を組み、首をかしげる。しばしその姿勢を取ったまま、何がしか考えている風情だった。だがすぐに肩を竦めると、そのままジャンプした。彼は自分がアスファルトにクレーターを開けた場所、ネギ達とエヴァンジェリン達の丁度間に着地する。
 カリスはまず茶々丸に挨拶する。

『茶々丸……数日振りだな。元気だったか?』
「はいカリスさん、こんばんは。」

 次にカリスはネギ達に向き直る。

『少年少女、それに小動物。頑張っているようだな。ネギと明日菜……それにカモだったか。』
「あ、え、えっと、こんばんは」
「こ、この間はどうも。か、カリスさんって言うんですね。」

 カモはぎゅうと締められたのが思い出されるのか、明日菜の後に隠れて出てこない。
 エヴァンジェリンは無視されたと思ったのか、烈火のごとく怒る。

「貴様!私を無視するとはいい度胸だな!」
『最重要人物だから、最後まで取って置いたのだが。』
「重要だったら、最初に持ってくる物だろうがーーー!!」

 エヴァンジェリンは咆哮する。カリスはしれっと返した。

『いい夜だな、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。』
「貴様に会ったとたん、いい気分も台無しになったわーーー!!せっかく坊やと決着を付けて、圧倒的な勝利を飾り、15年もの長きに渡り悩まされたこの呪いとおさらばするはずだったのにっ!!」
『……事情を説明してくれ、茶々丸。』
「何故茶々丸に訊くーーー!!」
「はい。マスターはネギ先生の父親、サウザンドマスターとの対決に破れ、呪いをかけられて15年前からここ麻帆良学園女子中等部でずっと中学生をやっているのです。そしてその呪いを解くのにネギ先生の血液が必要なのです。
 カリスさんはどうしてここに?」

 カリスはネギの方を見遣りつつ答える。

『吸血鬼が血を吸うのは当たり前だ。だから本当なら手を出すつもりは無かった。エヴァンジェリンは女子供は殺さんと言うしな。
 だが、子供が必要以上に痛めつけられるのは、正直見るに耐えん。勢い余って殺してしまわないとも限らん。思わず手を出してしまった、と言うのが本当の所だ。
 どうだ。戦わずに交渉でなんとかする気は無いか?』
「なんだと?」

 エヴァンジェリンは訝しげに問い返す。

『茶々丸。呪いを解くのに必要な血の量は、ネギ少年を殺さねばならない程なのか?』
「いえ。ただ数日は貧血で寝込む程には必要でしょう。」
『ふむ……。』

 カリスは考え込む。やがて彼は口を開いた。

『こう言うのはどうだ。
 ネギはエヴァンジェリンが呪いを解く事ができるまでの血を提供する。
 エヴァンジェリンは先程ネギが言っていた様に、卒業するまではちゃんと授業に出る。不死者に、同じ場所に留まり続けろと言うのは、正直苦しいだろうからな。卒業するまでぐらいが精々だろう。更に吸血鬼に血を吸うなと言うのは無茶だ。だから、誰かに交渉して吸わせてもらう以外は吸わない。なら、悪事を働く必要も無いだろう。
 ネギとエヴァンジェリン、2人の主張の、現実的な妥協点だと思うが?』
「たしかにな。」

 エヴァンジェリンは首肯する。だが言葉とは裏腹に、声音も態度も納得した様子は無い。
 ネギはしばらく考え込んでいたが、顔を上げて言った。

「もしそれでエヴァンジェリンさんが悪い事をやめてくれるなら……僕はかまいません。」
「ちょっとネギ!!」
「兄貴ぃっ!?」

 明日菜とカモは驚き叫ぶ。だがカリスの提案を否定したのは、当のエヴァンジェリンだった。

「ちょっと待て。私は承知したとは一言も言っていないぞ。
 私は悪の魔法使いだ。悪には悪の誇りがある。そんなお情けで恵んでもらうような真似ができるか。
 欲しいものがあれば、戦って勝ち取る。奪い取る。そうして力及ばぬときは潔く滅び去る。それでこそ悪と言う物だろうさ。」
『……若いな。悪ぶっても、得することは無いぞ。』
「なっ!わ、私を若造扱いするなっ!こう見えても600歳余……。」
『それは前に聞いた。それでどうする気だ?』

 エヴァンジェリンはニヤッと笑うと、1歩下がった。彼女は徐に口を開く。

「お前と私が戦う、と言うのはどうだ?
 お前は子供が痛めつけられるのを見るのが嫌なのだろう。だったら貴様が代わりに戦えば良い。お前が勝てば、私は坊やの言ったとおり、授業にも出るし見境無い吸血行為もやめよう。
 だが私が勝てば、坊やの血をいただく。干乾びるまでな。なに殺しはせんさ。
 どうだ?お前と私の主張の、現実的な妥協点ではないか?ん?」

 エヴァンジェリンは先程のカリスの台詞をそのまま返す。カリスは肩を竦めた。仮面?で表情は見えないが、やれやれ仕方あるまい、と言った風情が滲み出している。
 カリスは答える。

『……いいだろう。ネギの代理、引き受けよう。』
「カリスさん!駄目ですよ、これは僕とエヴァンジェリンさんの問題で……」
『いや。前に俺もエヴァンジェリンと少々いざこざを起こしてな。恨まれている。その意趣返しも含めての事だろう。だから、これは俺の問題でもある。任せておけ。それに負けてもお前は死ぬ事は無いと明言されているしな。
 お前等子供だけで解決しようとせずに、大人を頼れ。』
「あ……。」

 ネギは一瞬、カリスと『相川始』の姿が重なって見えた。息を呑んで、彼は引き下がる。

「分かりました、必ず勝ってください。」
『……まかせろ。』

 そう言うと、カリスはエヴァンジェリン達に向かい合った。エヴァンジェリンはネギ達に言う。

「離れていろ。下手すると、橋が落ちるぞ。」

 顔色を青くした明日菜は、ネギを引っ張って、かなり離れた位置まで移動した。カモが短い足を必死に動かして、その後を追う。
 カリスはゆっくりと歩いていた。じわじわ、じわじわと間合いを詰めていく。と、茶々丸が動いた。同時にエヴァンジェリンが詠唱を始める。
 茶々丸が言った。

「申し訳ありません、カリスさん。」
『いいさ。マスターの命令なら仕方なかろう。それより受身をしっかり取れよ。』
「え?」

 カリスは茶々丸の拳を取ると、小手返しに投げ落とす。転んだ茶々丸を引き起こし、弧円落で投げ飛ばす。落ちてくるところを浮身膝蹴りで再度浮かし、散弾裏蹴りを叩き込んで、最後は水車蹴りで遠くへ飛ばした。飛ばした先はエヴァンジェリンである。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。氷……うわっ!」
「すいませんマスター」
「ぬ、茶々丸を子ども扱いの体術か。誰かの従者でもあるまいし……奴が使っていたカードは仮契約用の物とは明らかに違う。……うわっ!?この光線、私の魔法障壁を素通りしてきたぞっ!」
「解析の結果、これは単なる高出力のレーザー光線と思われます。」
「どういう事だっ!?」
「レーザー光線は熱量が高い他は、単なる「光」ですので、光を通すようにできている魔法障壁では防げません。しっかり避けてください。」
「光の速さで飛んでくる物をどーやって!?」

 カリスは醒弓カリスアローを構え、次々と光の矢を射ている。
 茶々丸はそれを防ごうと再び格闘戦を挑む。カリスは下がって茶々丸の拳を避けようとしたが、そこへその腕の肘から先がワイヤーで射出される。これには多少反応が遅れたようで、カリスはなんとか弾くので精一杯だった。
 エヴァンジェリンはその隙を見逃さない。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。氷の精霊17頭。集い来たりて敵を切り裂け。魔法の射手・連弾・氷の17矢!!」

 詠唱が完成した。
 カリスは無視する。前回ネギの「光の魔法の矢」を受けたとき、一撃の威力は達人の一撃レベル、彼にとってはたいした事がなかったからだ。
 しかし、それが彼のミスを呼ぶ。ネギとエヴァンジェリンでは、魔力の量も扱いの技量もまったくレベルが違うのだ。

『ぐおっ!?』

 17本もの魔法の矢――氷柱が直撃し、カリスの身体はあちこち切り裂かれる。ネギの魔法の矢とは比較にならない威力だ。おまけに、足に着弾した物は、彼の足を道路表面に氷漬けにしている。彼がその気になれば、ほんの一瞬で引き剥がせる。引き剥がせるがその一瞬が大きな隙であった。
 茶々丸がブースターを吹かして飛び込んでくる。思わず彼はカリスアローの峰を彼女に向けて、その拳を受ける、この状態では、カリスアローをエヴァンジェリンに射る事はできない。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。来たれ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を……凍る大地!」

 エヴァンジェリンの魔法が炸裂し、カリスは膝から下を氷の中に閉じ込められてしまう。さすがにこれでは動きが取れない。
 エヴァンジェリンは更に追い討ちを掛ける。茶々丸は空中を浮遊して、ロケットパンチで散発的に攻撃を加えてくる。カリスはカリスアローを氷に突きたてて、脱出を試みていた。
 だがエヴァンジェリンは更なる追い討ちをかけようとしていた。彼女は宙に浮かび、カリスを見据える。呪文詠唱が響いた。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。契約に従い、我に従え、氷の女王。来たれ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが。」

 カリスの周囲に何本もの巨大な氷柱が――何十メートルもの高さがある氷柱が突き立っていく。カリスの居る所には、マイナス何十℃、否マイナス200℃以下の冷気が襲い掛かっているだろう。これはブリザードのカードをも超える極々低温だ。カリスは急速に消耗する体力に鞭打って、必死にカードホルダーに手を伸ばす。

「全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也。こおるせかい。」
「……カリスさん。」

 茶々丸が呟いた。気のせいか、悲しげな声音が伺える。その表情はいつもの如く無表情であり、感情が読み取れない。
 カリスの居た場所を中心に、数十mはある巨大な氷の柱が現れる。ついでと言ってはなんだが、橋の一部が氷柱に砕かれてばらけて湖に落ちていく。この呪文は半永久的に氷柱に目標物を閉じ込める魔法である。またこの呪文には、「おわるせかい」のバリエーションがあって、そちらは極低温にて凍結した物体を完膚なきまでに粉砕する。

「ははは、貴様には茶々丸を助けてもらった借りがあるからな。「おわるせかい」で跡形も無く打ち砕くのは勘弁してやろう。あははは」
『そいつはどうも』

『キック』『サンダー』『マッハ』
『ライトニング・ソニック』

 電子音声が響いた。合計AP3800=38tの衝撃が、斜め下からエヴァンジェリンを打ち据える。バリン、と魔法障壁が砕け散る音がした。エヴァンジェリンはクルクルと回りながら吹っ飛ぶ。その身体には雷が纏わり付いていた。

「ぎゃぷろぷわあああぁぁぁっ!?」

 愉快な叫び声を上げつつ吹き飛んでいく主を尻目に、茶々丸の目はカリスを見つめていた。その目には、彼女は気付いていないが洗浄液が滲んでいた。そう、今の必殺キック、「ライトニングソニック」を放ったのはカリスである。カリスは言った。

『いや、油断した。危ない所だった。まさか600歳程度の若者があんな力を持っているとは思わなかった。魔法という物を、もっと注意する必要がありそうだな。』
「お、おのれ……。どうやって助かったのだ。」
『言うと思うか?』

 空中に、あちこち感電による火傷を負ったエヴァンジェリンが浮いていた。その目は怒りに紅く輝いている。
 実はカリスが助かったのは、スペードの10――『タイム・スカラベ』のカードを使って、一時的に時間を停止させていたためである。カリスは『タイム』のカードの効果時間をフルに使って、足を凍り付けた氷を破壊し、なんとか「こおるせかい」の効果範囲から逃れたのである。
 カリスは呟いた。

『……しぶといな。まあ『俺達』も、やられても少なくとも死にはしないんだが……。
やむをえん、切り札を切らせてもらおう。死んでも……消滅しても恨むなよ。』

 カリスは腰のカードホルダーから1枚のカードを引き出す。そのカードはハートのK、エヴォリューション・パラドキサであった。カリスの手が、ベルトのカリスラウザーにカードを近づけていく。
 エヴァンジェリンはカリスから異様な雰囲気を感じて、緊張する。万全の状態で迎え撃つべく、全身に走った感電火傷を早急に回復させていく。やがて彼女の身体は完璧になった。だが本能が叫ぶ。『これでは足りない、これでも足りない』と。先手必勝、とばかりにエヴァンジェリンは呪文詠唱を開始した。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック……。」
「!……いけないマスター!戻って!!」

 その瞬間、橋の主塔の頂点に装備されているライトが明るく輝いた。カリスとエヴァンジェリンの戦いで無残な事になった橋の道路が明るく写し出される。

「な……何!?」
「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!!マスター!!」

 学園都市の電気が、次々と点灯していく……復旧していく。エヴァンジェリンは毒づいて橋の上へ急ぎ戻ろうとする。

「ちっ!ええいっ。いい加減な仕事をしおって!」
『いや、優秀な仕事だと思うぞ』

 カリスの突込みにはかまわず、エヴァンジェリンは全力で橋の上へ急いだ。だがあと一歩と言うところで、チリッと言う感覚が彼女のこめかみに走った。次の瞬間、エヴァンジェリンの全身は、雷に撃たれたかのように、強烈な電撃に包まれる。

「きゃんっ!!」
「マスター!」
「ど、どうしたの!?」

 エヴァンジェリンの急激な異常に、泡を食った明日菜が叫ぶ。いつの間にか、近くまで戻ってきたようだ。好奇心と言う物は怖い。と言うか、彼女が怖いもの知らずなのだろうか。

「停電の復旧で、マスターへの封印が復活したのです。魔力が無くなればマスターはただの子供、このままでは湖へ……。あとマスターは泳げません!」

 茶々丸はブースターを吹かして、主の落ちていくのを追いかける。カリスはハートのKのカードをしまうと、別のカードを2枚取り出す。彼はラウザーをカリスアローにセットすると、1枚目をラウズした。

『フュージョン』

 『フュージョン・ウルフ』のカードは、ラウザーの消耗したAPをチャージする効果がある。だが、そのチャージを行ったため、カリスの動作はワンテンポ遅れる事になった。
 エヴァンジェリンは真っ直ぐ湖に落ちていく。彼女の頭の中では、今までの出来事が走馬灯のように巡っていた。
 魔力を使い果たして崖から落ちたとき、サウザンドマスターに救われたこと。サウザンドマスターの旅にいつまでもくっついて歩いたこと。サウザンドマスターに戦いを挑み、破れて登校地獄をかけられたこと。3年経って彼女が卒業するとき、サウザンドマスターは帰って来て呪いを解いてくれると約束した事。
 エヴァンジェリンの目に涙が浮かぶ。

(……うそつき。)

 その瞬間、誰か――少年の手がエヴァンジェリンの手を掴んだ。ビキっと、その少年の肩が鳴る。どうやら肩を痛めたようだ。だがその少年は、そんな事は気にせずにエヴァンジェリンを抱き上げた。

「エヴァンジェリンさん!!」
「……!」

 少年は、言うまでも無くネギ・スプリングフィールドであった。エヴァンジェリンが落ち始めると同時に、杖に乗って全力で急降下してきたのである。そしてエヴァンジェリンを救い上げたのだ。
 ようやくそこまで降りてきていた茶々丸が呟く。

「マスター、よかった……。……ネギ先生。」

 エヴァンジェリンは問うた。

「何故助けた?」
「え……。だ、だって……。エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか。」
「………………。バカが……。」

 エヴァンジェリンはぽつりと呟いた。なんとなくいい雰囲気である。だが……。

『バイオ』

 電子音声が響く。次の瞬間、エヴァンジェリンは2本の触手によりネギごとぐるぐる巻きになっていた。二人は叫ぶ。

「わわわっ!?な、なんですコレっ!?」
「ま、又かっ!何をするかこのスカタン〜〜〜!!」
『いや、助けようとしたのだが……。ワンテンポ遅れてしまった。』
「ド阿呆〜〜〜!!坊や!何処を触っているかっ!!」
「す、すいませーん!だけど身動きが取れなくて……。よっと。」
「あ、阿呆っ!余計拙い所を触るんじゃないっ!!」

 カリスは騒ぎにも動ぜず、二人をそのまま引っ張り上げた。エヴァンジェリンは、引っ張り上げられて以降、ぎゃーぎゃーと罵声をカリスに投げかけたらしい。無論、カリスはいつも通り何も動じなかったようだが。





 その後、エヴァンジェリンは一応サボらずに授業にも出ているらしい。吸血行為も影を潜めた。但し、ネギが何か魔法関係で頼みごとをするとき、血を貰う取引はやっているらしい。


あとがき

 さて、前編では少年少女達の戦いぶりを書きましたが、後編では仮面ライダーカリスの戦いを書かせていただきました。その辺、どうだったでしょうか。
 なお、ここの始は子供の味方的な表現が数多くあります。なんと言いますか、歳が歳なんで「孫に甘いお爺ちゃん」と言っても違和感が無いような気も(笑)。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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