「第5話」


「長瀬……。また会ったな。」
「おや始殿、奇遇でござるなあ。」

 今日は買い物などに充てるため仕事は休みと決めたその日、商店街を歩いていると始はばったりと楓に出会った。実の所、楓の側では相当驚いたのであるが、さすが甲賀中忍長瀬楓、毛ほどもそれを表に表さない。にんにん、と微笑みながら彼女は始に話しかける。自分から話しかけたのは、内心の動揺を悟られないためもある。

「黒い石板とやらは見つかったでござるか?」
「まだだ。残念ながら、な。そう言うからには、長瀬も見つけていないようだな。」
「んー、残念ながら、見かけてはおらぬでござるよ。」

 おおよそ予想していた事ではあったが、始は内心少々落胆する。だが、彼の側もそれを面に表すほどではない。始は話題を変える。

「長瀬。学校はどうした。」
「先頃から春休みでござるよ。」
「そうか、なら丁度良い。長瀬は今日は暇か?」
「んー、暇と言えばそうでござるが……。」

 始はにっこり笑った……口元だけで。

「なら丁度良い。今日は先日の約束を果そう。」
「約束?」
「飯を奢る約束をしていたろう。」
「あー、あいあい。」
「どこか希望はあるか?」
「食堂棟でいいでござるよ。あそこは安くて美味い。」
「そうか。行くぞ。」

 始は先に立って歩き始めた。楓がその後に続く。その時学園内に放送が響き渡った。

――ピンポンパンポーーーン♪迷子の御案内です。中等部英語科のネギ・スプリングフィールド君。保護者の方が展望台近くでお待ちです。――

「……何をコケている。お前ほどの達人が。」
「あー、いやその。今放送で呼び出されたのがウチの担任なんでござるよ。にんにん。」
「担任教師が迷子か。愉快なクラスだな。」
「いや実はその担任と言うのが……。」

 二人は雑談をしながら歩いていった。





 ここは食堂棟。その一角のテーブルで、二人は昼食を摂っていた。テーブルの上には、二人分とは到底思えない量の料理が並んでいる。楓は溜息をつく。

「頼んだ拙者が言うのも何だが……いいんでござるか?こんなに沢山。」
「気にするな。それに俺も食べる。たまにはこんな大盤振る舞いも良いだろう。」
「あいあい。始殿も健啖家でござるな。」

 そう言いつつ、楓も既に食べ始めている。始も手近な皿に手を伸ばし、食べ始めた。
 そこへ、子供の物と思しき声が掛かる。

「あー楓姉、デート?」
「うわぁ、美形です〜〜〜!」
「あ、だ、だめですよ邪魔したら。」
「いやいや、デートではないでござるよ。この方は相川始殿と申して、『凄腕』の動物写真家。この前野生動物が集まる穴場を教えたので、そのお礼でご馳走してくれてるでござる。」

 楓は始を声の主達に紹介した。強調して言った『凄腕』の台詞が、写真家としての意味で無いのは御愛嬌と言うところか。
 始が声のした方、楓の視線――糸目のため判別しづらいが――の向く方を振り向くと、そこには3人の子供……小学生ぐらいの少女が2人、少年が1人、始の方を興味津々の顔つきで見つめていた。始は楓に尋ねる。

「……弟と妹か?」
「いや、女の子の方は2人とも拙者のクラスメイトでルームメイトでござるよ。姉の鳴滝風香と妹の史伽。」
「……中学生?」

 始は目を見開いた。ちなみに彼が目を見開くと、結構な迫力がある。中学生かと疑われた事で文句を言おうとした少女達は彼の表情を見、ビクッと凍りついた。ちなみに少年も凍り付いている。始は苦笑した。

「ああ、すまん。極々稀な事だがお前達の様な中学生を見た事が無くも無い。極々稀だが。極々。」
「だから強調し過ぎでござるよ始殿。それで男の子の方は、先ほど説明したうちの担任の子供先生ネギ・スプリングフィールドでござるよ。」
「ほう……。」

 始の表情が、やや曇る。それを見て、楓が訝しげに訊ねた。

「……どうしたでござるか?突然悲しそうに。」
「いや、この子はちゃんと授業とか仕事とかを十二分にこなしている、と言っていたな。」
「あいあい。とても数えで10歳とは思えないでござるよ。」
「そうか……。」

 始の表情は、更に曇った。ネギは不審そうに尋ねる。

「あ、あのー。何かそれがまずいんでしょうか?僕は一生懸命頑張っているつもりなんですが。」
「いや……お前がいけないわけじゃない。」

 始は真面目な表情で言う。

「お前がいけないわけじゃない。お前にそれをさせている周りの大人に、少々腹が立っただけだ。」
「!?」
「えー?ネギ先生は先生に相応しいと思うよー!」
「そーです。ネギ先生を先生に選んだ人は、見る眼があるです。」
「拙者も少々その発言の意図がわからんが……。」

 始は優しく笑うと――ここで楓は出会ってから初めて始の目が笑うのを見た――言葉を続ける。

「子供は子供でいられるうちは子供でいるべきだ、と思っただけだ。ただでさえ、子供でいられる時間は短い。子供を無理に大人にするような真似はどうか、と言うのが俺の持論だ。
 状況がそれを許さない、と言うのもあるだろう。例えば、両親や親類縁者が居ない、天涯孤独の子供と言うのも、悲しい事だが存在する。そう言った子供は、どうしても子供である内から『大人』に成らざるを得ない。社会的な重責を背負って、無理矢理にでも成長せざるを得ない。だが、出来る限り子供は『子供』でいるべきだ。無理に『大人』になるのは、悲しい事だ。俺はそう思う。
 そして周囲の大人は、子供が負わされた重責を肩代わりして背負ってやるべきだ。それをやってこそ『大人』なんだから。決して無理に子供を成長させ過ぎるような真似は、やっちゃいけない。
 子供を大事にしない種族など、滅んでしまえばいい。」

 始はそう言うと、コップの水を飲んだ。周りの者達は、始に飲まれて言葉が出ない。特に、最後の台詞に込められた気迫、否、鬼迫には、顔色を青ざめさせた。
 始は笑って言葉を続ける。

「まあ、俺はお前やその周囲の事情を知っているわけではないからな。俺の言葉を全部真正面から取る必要は無い。どうしようもない事情と言うのも、実際あるからな。
 だが一つ、忠告する。無理に背伸びはするな、ネギ先生。無理な事は無理と認めて、そう言う時は周りの大人や年長者に素直に頼れ。甘える事ができるのは、誰にも侵害されるべきでない子供の権利だ。甘えてはいけない、などと言う奴は間違っている。無理に大人になろうとするな。子供でいる事が許されるうちは、子供でいていいんだ。」

 始はそう言いつつ、ネギの頭を撫でる。ネギは黙って撫でられていた。その瞳は、何か迷っているような、考え込んでいるような、そんな色を浮かべていた。楓は難しい顔――糸目なのでよく表情はわからないが――をして考え込んでいる。鳴滝姉妹は目を丸くして、理解しきれない様子だ。

「……せっかく知り合いになったんだ。お前らにも何か奢ってやる。好きなだけ注文しろ。」
「えーーーっ♪じゃ私、新作のマンゴープリンココパルフェーーーっ!」
「あ、私もーーーっ!」
「え、あ、そ、そんな悪いですよ。」

 始の言葉に、子供達は大騒ぎになる。そんな様子を、楓は黙って見つめていた。その瞳には――糸目でよく見えないが――何か決意の色が伺えた。





 始と楓はネギ一行と別れて、人気の少ない街外れを歩いていた。そして周囲に完全に人気が無くなった頃、楓が口を開く。

「始殿、お願いがあるでござる。」
「別にいいぞ、いつでもかかってこい。」
「……気付いていたでござるか!?」
「殺気とまでは言わないまでも、闘気が抑えきれていなかったからな。お前がそう言う性質の人間だと言うのは、前回から気付いていた。断っても無駄そうだしな。
 だが怪我させたりさせられたりするまではやらん。いいな?」

 始の場合、怪我をさせるのはともかく、させられると緑の血が流れてしまうので、非常にまずい。楓は苦笑する。

「どちらかが、まいったするまでで結構でござるよ。では……。」

 楓はいきなり十数体に分身する。十数体の楓が同時に口を開いた。

「「「「「まいるでござる!!」」」」」

 分身した楓が、それぞれバラバラに始に襲い掛かる。苦無が飛んだ。始はそれを半身になって避ける。その避けた所に一体の楓が殴りかかった。始はそれを首を竦めて避けた。別の楓が蹴りかかる。今度は腹に当たった。だがそれは密度の薄い分身だったらしく、その事を見切っていた始は腹筋に少々力を入れただけでその攻撃を弾く。始は楓の嵐の様な攻撃を、全て同じ様に捌いていった。
 楓の攻撃を捌きながら、ひょいと始は小石を拾った。そしてそれをあさっての方向へ投擲する。その小石は、目にも留まらぬ速さで一本の立ち木の方へ飛んでいった。

ゴン。

「ふげっ!?」

 石に当たって木から落ちてきたのは、楓である。どうやら本体の楓らしかった。始は一足飛びに落下地点へ駆けると、落ちてくる楓を抱きかかえ、そのまま背後を取った。そしてそのままキュ、と首を極めて頚動脈を締める。楓は慌ててタップした。

「まいった!まいったでござる!ふう……手も足も出ないとは……。」
「十数本も出してたじゃないか。本当だったら極めた所をそのまま折るんだが、な。」
「し、試合で折らないで欲しいでござるよ……。」
「だから折らなかったろう。」

 楓は大きく溜息をつき、悔しそうに言った。

「しかし全く本気を出させる事ができなかったでござるな……。」
「本気を出していないのは、お前も同じだろう。奥の手の10や20、隠しているはずだ。」
「それはそうでござるが……。出す前に負けたと言うのが正しいでござるよ。」

 始の場合、本気を出すわけにはいかないのではあるが。彼が本気を出すなら、カリスやワイルドカリス、JOKERにならねばいけない。
 楓は不思議そうに訊ねた。

「所で、どうやって拙者の場所を突き止めたでござるか?拙者、前回よりも完璧に気配を消したつもりだったのに……。」
「綺麗に気配を絶ちすぎだ。岩や木、風や水などの気配の中に、『何も気配の無い』場所が、それも『人型』にあれば、そこに居るのがわかる。気配を『消す』のと『絶つ』のでは意味が違うぞ。
 気配をそこそこに消すに留めるか、あるいは完璧を期すのであれば気配を『絶った』後に自然の気配のノイズを『混ぜる』かしないと、完璧には身を隠せないぞ。俗に『木化け』『石化け』と言う奥義だな。気配を『絶つ』のではなく、自然に『溶け込む』んだ。
 達人にもなれば、姿を隠さずとも、目の前に居ても目に写らないほどだ。」
「なんと……。」

 始は、一言も自分がその『達人』だとは言っていないが、実は既にその境地に達している。つい先日も猫を撮影するためにその奥義を使っていたりした。別に戦いのために覚えた技ではなく、野生動物の写真を撮るために身に着けた技だと言うのが何だが。
 楓はしばし呆然としていたが、突然がばっと土下座した。

「……何のつもりだ?」
「始殿、いや相川殿、拙者を弟子にしてくだされ!そしてその隠行術を是非とも……。」
「断る。」
「即答っ!?」

 がびーん、と楓はショックを受ける。始は理由を説明した。

「悪いが、弟子を取っている暇が無い。弟子に取ったとしても、きちんと教えている暇がない。
 俺にはやらなければならない事があるからな。」
「それは例の黒い石板とやらに関わりのある事でござるか!?」
「そうだ。」
「それなら拙者も手伝うでござる!だから何とぞ、何とぞ……。」

 始は苦笑しつつ言った。

「いや、少々込み入った事情があってな。あまり手伝ってもらうわけにもいかん。……暇が出来た時などに、時折で良いなら、手合わせとかには応じる。
 それではいけないか?」
「はあ……仕方ないでござる。今日のところは、それで手を打つでござるよ。」

 楓はやや落胆しつつも、了承する。始は再び苦笑した。彼は楓に手を差し出す。

「寮住まいだったな。今日は送っていくから、もう帰れ。」
「あいあい。そうするでござるよ。」

 楓は始の手を取って、立ち上がった。もう既に、日は西の山にかかるほどに傾いている。二人は街の方へ並んで歩いていった。
 と、始はある致命的な事に気付く。彼は愕然とした。

(予定していた買い物、全くやっていないじゃないか……。フィルムも現像液も印画紙も……。
 明日も予定変更して改めて買い物、か……。)


あとがき

 今回もほのぼの路線、継続です。今日のゲストは長瀬楓、2回目の登場です。あとネギと鳴滝姉妹、顔見世程度。今回はちょっと始の内心が覗く描写を入れてみました。どうだったでしょうか。微妙に優しくて、微妙に非人間的、と言うのを目指したのですが上手く行かなかったかもしれませんね。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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