「第4話」


 始はとりあえずモノリスの捜索を一時中断することにした。これ以上手掛かり無しに動いた所で成果が上がるとは思えない事と、そして『学園』を隠れ蓑にした『魔法使いの組織』についての調査に注力する事にしたためである。もっとも彼は、山中に踏み込んで散策することを止めたわけではない。「本業」である動物写真家の活動を止めたわけではないからだ。
 今も始は、幾許かの写真を撮り終えて山中から街中へと帰って来たところだった。ふと彼は、足を止める。道路の向こう側から一体の少女型ロボットが、老婆の腕をとって横断歩道を渡ってくる所だった。
 彼は当初、特に注意を惹かれなかった。老人の介助用ロボットなど、人類社会に混じって1000年を生きた彼にとって珍しくなかったからである。彼はそのまま通り過ぎようとした。だが、微妙な違和感が彼の頭をよぎる。

(……ロボット?西暦2003年に?それもあんな精巧なモデルが?)

 よくよく見れば、その少女型ロボットは麻帆良学園に属する女子中の制服を着ていた。動きは人間と見紛う程に滑らかで、外観も若干所々に機械的な箇所はあるが、充分に人間らしかった。考えるまでも無く、21世紀初頭の技術レベルをブッちぎっている。
 始がこの世界に現れたばかりであれば、平行世界であるからと納得したかもしれない。しかし彼は既にこの世界の情報を、インターネット等を通じて調べられる限りは調査済であった。当然、2003年現在の平均的な技術水準についても、である。そのレベルは、彼の元の世界での21世紀初頭の技術レベルと大差は無かったのだ。

「どうもありがとうございました、茶々丸さん」
「……。」

 老婆の礼に、そのロボット――茶々丸と言うらしい――は無言でペコリと頭を下げる。そして茶々丸は歩き出した。始はしばらくその後姿を見送っていたが、やがて逆方向へと歩き出す。

(あのような高度なロボット……。『学園』の『魔法使い』が何か関わっているのか?いや決め付けるのは早計だな。何処かの企業か大学か何かの研究機関の実験機かも知れん。未発表の個体であれば、ニュースになっていないのも分からんでもない。
 ……とりあえずは、あのロボットについては様子見だな。全く関係ないかも知れない事に気を取られて、本来の目標から外れる事になっては本末転倒だ。頭の片隅に置いておくだけにしておこう。)

 始はバイクを停めて置いた場所に着くと、ヘルメットを被りバイクに跨った。





 あくる日、始はバイクを手で押して、街角の広場に来ていた。わざわざバイクを手で押すのは、被写体を驚かさないためである。今回の被写体は『猫』であった。彼が撮るのは、野生動物や野鳥ばかりではないのだ。
 始がやってきたこの広場には、よく猫溜まりができるらしい。彼はその話を聞き、たまには文字通り毛色の違った物でも撮ろうとやって来たのだ。彼はバイクの後席に縛り付けてあったカメラバッグからカメラを取り出すと、自分の気配を鎮めてシャッターチャンスを待った。
 始が気配を消すと、彼は見事に風景の一部になりきった。格闘ゲームか何かで背景の一部に人が描かれていても、ゲーマーは自キャラと敵キャラに集中していてそんな所に気を取られない。始はちょうど、そのような感じで背景の一部になりきっていた。
 やがて猫溜まりができ始める。始は次々とシャッターを切った。彼のカメラはシャッター音やその他の動作音の低い高級品である。動物写真家には最適の一台だ。彼は猫達に気付かれずに写真を撮り続ける。転がる猫。中空をじっと見つめる猫。毛繕いをする猫。小鳥にちょっかいをかけようとする猫。猫、猫、猫。
 しばらくすると、午後5時を知らせる鐘が鳴り始める。すると猫たちは、ある方向に一斉に歩き始めた。始はカメラをそちらへ向ける。ファインダーの中に、一人の人影が写った。
 いや、『一人』と言って良いものだろうか。その人影は、先日見た少女型ロボット、茶々丸だったのだ。始は少々意外に思う。ハイテクの塊であるロボットと、猫がどうにも結びつかなかったのだ。だがその疑問はすぐに氷解する。茶々丸は手に持ったレジ袋を開けると、そこから餌皿と猫缶数個を取り出したのだ。

(なるほど。誰かの命令か何かで猫に餌をやりに来たのか。)

 だが始のその勘は、微妙に外れていた。彼はレンズの焦点距離を調節して、茶々丸の顔をアップにする。そこにはかすかではあるが、慈母の様な笑みが浮かんでいたのだ。

(違う。あのロボットには自分の意思がある。自分の感情がある。あそこまで高度な人工知性は俺のいた世界の歴史では、今後しばらくは完成しないはずだ。誰かの命令でやっているのかもしれないが、自分の意思でやっている方が可能性が高い。しかも楽しんでいる。猫に餌を与える事を。
 ……興味深いな。)

 始は思わずシャッターを切っていた。夕日の中、茶々丸が猫に餌をやっている姿は、まるで一枚の名画のような趣きがあったのだ。その瞬間を、カメラは正確に捉えた。と、茶々丸が始の方を向く。どうやら、いくら低い音でも彼女の優秀なセンサーはそのシャッター音を聞き取ったらしい。
 始は徐に立ち上がり、気配を解放して……しかし猫達を驚かさない程度に弱い気配を出して、茶々丸の方へ歩いていった。彼は茶々丸に話しかける。

「すまん。勝手に写真を撮ってしまった。」
「いえ……。」
「猫の写真を撮っていたんだが。随分と絵になっていた物でな。前に街の老人が名前を呼んでいたのを聞いたのだが……たしか茶々丸……だったか?」
「はい。絡繰茶々丸と申します。」
「そうか。絡繰、俺は相川始という。動物写真家だ。すまないが、猫と一緒の所を改めて写真を撮ってもいいか?」
「……はい。どうぞ。」
「感謝する。ああ、これが俺の名刺だ。何か有ったら言ってくれ。」

 始は再び茶々丸と猫達の写真を撮り始めた。茶々丸も、猫達への餌やりを再開する。その姿は、写真を撮られていると言うのに何の気負いもない。ただ純粋に、猫達の面倒を見るのが嬉しいようだった。
 また始も、久々に本当に良い被写体に恵まれたように感じていた。写真を撮るのが楽しいのだ。いや、今までが楽しくなかったわけではないのだが、このような場面を写真として残せるのは写真家として嬉しい出来事なのだ。彼はこの時ばかりはモノリスの事や『魔法使い』達の事を忘れていた。
 やがて餌も無くなり、猫達はひとしきり茶々丸に甘えてから一匹、また一匹と何処かへ去っていった。茶々丸もレジ袋へ餌皿と空き缶を仕舞い込む。
 始は茶々丸に声をかける。

「いつもここで猫に餌をやっているのか?」
「はい。」
「そうか。もし良かったら、現像が出来たら今撮った写真を進呈しよう。」
「あ、いえ。そのような事をしていただくつもりでは……。」
「遠慮するな。」
「はあ。」

 始は口元を笑みの形に歪めると、荷物を纏め始めた。彼はヘルメットを被るとバイクに跨り、エンジンを掛ける。

「じゃあまたな。ここで会おう。」
「あ、はい。」

 始はバイクで走り去った。茶々丸はそれを見送ると、レジ袋を左手に持ち、彼女と彼女のマスターの家へと歩き出した。





「くっ、全く厄介な呪いだ。しち面倒臭い。」

 エヴァンジェリンはご機嫌斜めだった。これからさあ寝ようかと言うときに、学園結界を越えた何者かを感じたのだ。彼女は学園の警備員をやっている。……もとい、やらされている。それ故、そのような事態になった以上、真っ先に飛んでいって少なくとも調査、場合によっては侵入者の捕縛もしくは撃退を行わなければならない。それは彼女にとって非常に面倒臭い事だった。
 彼女は己が従者に抱かれて、全速力で結界が破れた近辺に向かう。今は満月ではないので魔力が心もとなく、空を飛ぶ事はできないのだ。なお結界に穴があけられたときの様子からして侵入者は、そこそこの術者か、あるいはそこそこの術者から呪札なりなんなりを預かってきているそこそこの達人だろう。
 やがて彼女は目標を発見した。隠行にそこそこ長けてはいるが、従者のセンサーからすればそんなもの、物の役に立たない。これが長瀬楓レベルの隠行であったなら、また話は違ってくるのだろうが。彼女は小声で従者に指示を出す。

「茶々丸!やつの注意を引き付けろ。」
「……。」

 そう、エヴァンジェリンの従者は、絡繰茶々丸であった。彼女はエヴァンジェリンに先行すると、侵入者に殴りかかる。侵入者は、からくもその打撃を躱す。
 エヴァンジェリンはその隙に懐から魔法薬のフラスコや試験管を取り出して投擲する。空中でそのフラスコと試験管は砕け散り、混じった魔法薬から魔法が発動する。魔法の射手、氷の3矢が発動し、侵入者に3本とも直撃する。するとその身体から、呪札の光が発せられ、立体映像のように表面に浮き上がった呪札と魔法の矢が相殺した。

「ち、準備万端と言った所か。だが終わりでは無いぞ。茶々丸!」

 エヴァンジェリンの叫びに応えて、茶々丸は高速で侵入者へ殴りかかる。侵入者はそれを躱した。いや、躱したつもりだった。茶々丸の肘から先がケーブルで伸びて、己の胴―—水月を打ち据えるまでは。
 ロケットパンチ。茶々丸の兵装の一つである。どう見ても、製作者の趣味の産物だ。だが実際にこうやって役立っている。侵入者は大きくよろめいた。

「グッ!!」
「終わりだ!……何っ!?」

 エヴァンジェリンが新たな魔法薬を投げようとした時、光の矢がその魔法薬のフラスコを打ち砕いた。彼女は叫ぶ。

「き、貴様あっ!カリスッ!!」

 そう、エヴァンジェリンの魔法を防いだのは、誰あろうカリスであった。カリスは呟く。

『こいつを捕らえられては困る。』
「貴様……こいつの仲間だったのか!」
『いや違う。』
「何?」

 エヴァンジェリンはカリスの言葉の意味が一瞬わからなかった。カリスは続ける。

『エヴァンジェリン、前回お前が素直に質問に答えてくれなかったからな。だから今度はこいつから聞くことにした。
 麻帆良学園に忍び込んでくる輩だ。敵対する相手の最低限の情報は持っているだろう。なおかつ、おそらくお前よりも口は軽い。尋問は楽だ。』

 そう言いつつカリスは侵入者の後に回り込むと、その後頭部を手刀で叩き、昏倒させる。その動きには無駄が無く、瞬動とまではいかないものの、とても躱せるものではなかった。カリスは茶々丸の方を向く。が、それはほんの僅かな間だけで、再びエヴァンジェリンに向き直る。

『ではこいつは貰っていく。』
「させるかっ!」

 エヴァンジェリンは魔法薬のフラスコや試験管を投げつけようとする。その動きは前回の対戦よりも遥かに速い。更に言えば、茶々丸もまた、カリスの動きを制止しようとバーニアを吹かして高速で接近する。
 だが、それでもカリスがラウザーをカリスアローにセットし、スペードの9のカードをラウズする方が若干早かった。ラウザーから電子音声が響く。

『マッハ』

 その瞬間、カリスの身体は高速で移動を開始し、一瞬で彼女らの目の前から消え去った。勿論侵入者の姿も一緒に消えている。なおかつ、それには高速の衝撃波のおまけまで付いていた。移動経路の近くに居たエヴァンジェリンは、衝撃波で弾き飛ばされた。彼女は悔しげに叫ぶ。

「おのれ!次こそは!次こそは奴の息の根を止めてやる。」
「あの……。」
「ん!?何だ!?」
「いえ、何でもありません……。」

 茶々丸は何か言いたげな様子だったが、その言葉を飲み込む。エヴァンジェリンは、上下逆さで木に這う蔦に絡まれた愉快な姿勢のままで、いつまでも毒づいていた。
 なおこれは余談になるが、その侵入者は次の朝、世界樹の枝にぐるぐる巻きで頭を下にして吊るされていたのが、早朝見回りをしていた魔法先生に発見される事になる。





 その日の夕方、今日も茶々丸は猫達に餌を与えていた。そこへ四角い包みを背負った一人の青年が現れた。無論、始である。

「……元気か、絡繰。」
「はい、お陰さまで。」
「そうか。」

 青年は背負っていた荷物を降ろした。茶々丸は不審そうな顔……はしないが、雰囲気でそんな感じを受ける。彼は荷物を解いた。中からは数枚のパネルが出てきた。

「前回撮った写真のうち、出来が良いものをパネルにしてみた。よかったら持っていけ。」
「あ、ですが……」
「遠慮は無しだ。いい写真を撮れた礼だ。」
「はあ……。では……頂きます。」
「ではな。」
「あ……。」

 茶々丸は思わず始を呼び止める。始は不審そうに振り返る。

「なんだ。」
「あの……。猫の餌を……いっしょにやってみませんか?」
「む……。」

 始は考え込んだ。だがすぐに返事をする。

「ああ。」

 彼はその場にしゃがみ込む。茶々丸は彼に猫缶を渡した。彼は猫缶をきこきこと開ける。そんな彼に猫が擦り寄ってくる。

(たまにはこんなのんびりした気分もいい。いつもいつも張り詰めてばかりでは、かえって効率は悪くなるからな。
 しかし関東魔法協会と関西呪術協会、魔法協会理事近衛近右衛門、関西のトップ近衛詠春、近右衛門の孫娘にして詠春の娘の近衛木乃香……ごちゃごちゃ整理されていない情報が大量に入って来たな。もう少し情報を整理しないとな。……と、今はのんびりするんだったろうに。
 この茶々丸と言うロボット、あのエヴァンジェリンの従者か。エヴァンジェリンは怒らせてしまったからな。カリス=相川始と言うことは絶対に隠し通さねばならん。)

「どうしましたか?」
「あ、ああいや、少々考え事をな。ああ、もう餌が無くなったか。」
「そうですね。」

 猫が徐々に帰り始める。始と茶々丸はそれを見送った。

「さて。俺たちも帰るぞ。」
「はい。それでは失礼します。本日は有難うございました。」
「それはこちらの台詞だ。又機会があったら、こう言う場を持とう。ではな。」

 茶々丸と始は、各々逆方向へと歩いていった。始の機嫌は珍しいほどに良い。彼はある意味で自分と同じ、『人間以外の知性体』と接する事で、それも友好的に接する事で若干のシンパシーを茶々丸に覚えていたのだ。だが、それを彼が自覚するのはしばらく後になる。


あとがき

 今回は基本的にほのぼの路線です。相手はネギま!で(私の主観で)1~2位を争う癒しキャラ、絡繰茶々丸嬢です。あとは猫。実は個人的には犬の方が好きなのですが、茶々丸となると猫なので。
 話は変わるのですが、実の所カリス(始)は本気になれば、全スートのカード+ジョーカーの、Q極のワイルドカードを使えます。ただ滅多に使う事は無いでしょうけれども。他にもファイブカードとか、ポイゾン+スモッグとか、凶悪なコンボが色々あります。いつどの様に使うか、悩み所ですね。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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