「第3話」
(昨日も無駄足だったか。既に俺の出現位置を中心に数キロ四方は調査したが、モノリスの気配は無い……。既に誰かに隠匿されていると考えた方が良いのかもしれん。)
始は喫茶店チェーン・スターブックスカフェの麻帆良店でサンドイッチとコーヒーの昼食を取りながら、考え込んでいた。実際の所、モノリスはもう存在していないのだが、始にはそんな事はわかる筈も無い。
そんな始の耳に、同じ店で食事をしていた女生徒達の会話が飛び込んでくる。
「えー、うそっ。」
「ほんと、ほんと。桜通りに出るんだってー。満月の夜に吸血鬼が。」
「何人もやられてるって話だよー。」
「ちょうど今晩満月だしー。」
(ほう……。普通なら馬鹿馬鹿しい噂話と切って捨てる所だが……。天王寺の創ったトライアル・シリーズの様な例もある。まさか、とは思うが。……もしやあのモノリスが関係しているのでは。)
始はサンドイッチの残りを頬張り、飲み込むと立ち上がった。
(それにこの世界には『魔法』があるらしいな。最初の夜、化け物に追い詰められていた少女も『魔法』を使っていた。『修行などによる後天的な超能力技能』と言った所か。元の世界でも1000年の間に超能力者は若干見かけたからな。『魔法』があっても驚く事じゃない。ここが「そう言う」世界であれば、トライアル・シリーズのような物ではなくとも、吸血鬼がいても変ではない。
だが、この世界では『魔法使い』達は高度に組織化されているようだ。あの少女は『学園長の手配した増援か』と言っていた。どうやら少なくとも、『学園長』とやらがある程度の責任者となっている組織があるようだ。『学園長』と言うからには、この麻帆良学園都市と何らかの関わりがあるのはおおよそ間違いないだろうが。
……かつ、その『組織』および『魔法』は秘匿されている。もし秘匿されていないのなら、もっと日常的に『魔法』が見られるはずだ。
その『組織』がモノリスを隠匿している可能性もあるな。『組織』が社会秩序を維持するような立場に立っている場合、なんらかの方法でモノリスの能力を封じている可能性もある。とんでもないまでの危険物だからな、あのモノリスは。そうであれば、『大破壊』が起きていない事も頷ける……。)
そこまで考えて、始は内心苦笑する。己の考えが先走り過ぎている事に気付いたのだ。
だが、断片的な情報からここまで推理を進めることが出来るのは、見事としか言い様が無い。流石は『年の功』とでも言えば良いのだろうか。最初のバトルファイトがいつ始まったのかは定かでないが、最低でも1万歳、そして人間社会の中で既に1000年近く生きているのだ。
(何とかその『魔法使いの組織』について情報を収集する方法を考えなくてはならんな。だが接触を取るのは時期尚早だ。俺自身が『危険物』と見做されてしまう可能性が高い。)
始はヘルメットを被りバイクに跨ると、エンジンを掛け、走り出した。
その日の夜、東の空に月が真円を描いて浮かんでいた。その空を、蝙蝠の羽の様なマントを広げて飛翔している影があった。その影は、桜通りの方へと飛んでいく。
それを地上から見ている者が居た。誰あろう、始である。彼はバイクを走らせ、その影を追う。彼はボソっと呟いた。
「変身。」
彼の腰に、ごついベルトが現れ、そのバックル部分のラウザーに彼は一枚のカード――ハートのAをラウズする。
『チェンジ』
すると、彼と彼の駆るバイクの姿がゆらりと蜃気楼のように歪み、次の瞬間カリスとその愛機、シャドーチェイサーに変身していた。
シャドーチェイサーは空飛ぶ影を追って疾走する。カリスは更に一枚のカードを取り出すと、シャドーチェイサーに搭載されているモビルラウザーにそのカードをラウズする。
電子音声が響く。
『フロート』
シャドーチェイサーの前輪が、虚空を噛んだ。シャドーチェイサーはそのまま空中を「駆け上がって」行く。カリスはギアをオーバートップに入れ、アクセルを全開にした。シャドーチェイサーの動力、シャドージェネレーターが全開で吹け上がる。最高時速410kmを叩き出したシャドーチェイサーは、あっと言う間に空飛ぶ影を追い抜いて、その前に回り込んだ。そしてフルブレーキング……シャドーチェイサーは「空中に」火花を上げて、停車する。
空飛ぶ影は驚いて、空中に止まった。
「うわっ!?」
『……お前が噂に聞く吸血鬼か?』
カリスは影――少女に向けて問いただす。そう、その空飛ぶ影は見た目年端も行かぬ少女であった。少女は問いに問いで返す。
「くっ、学園の回し者か?」
『その台詞は、こちらの質問を認めた物と判断するぞ。それと、俺は学園とは何の関係も無い。』
「何?」
『俺は少々魔法使い達について、お前に訊ねたい事があるだけだ』
カリスの台詞に、少女は目を丸くする。
「お前は魔法使いではないのか?空を飛んでいるじゃないか!」
『飛ぶだけなら飛行機、熱気球、風船でも飛ぶ。それより『学園の回し者』と言ったな。やはりこの『学園』は魔法使い達の組織の隠れ蓑と言う事か。』
「く……。」
『組織の規模や、学園における魔法使いの割合は?』
カリスは少女に重ねて問う。少女は反発した。
「なぜ貴様の問いになど答えねばならん!」
『それもそうだな。だが力ずくで強引に訊くのは趣味ではない。』
「……できると思っているのか?貴様ごときがこの齢600歳の真祖の吸血鬼を……。」
『600歳か、若いな』
「!わ、私を若造扱いするか!」
少女は懐から魔法薬の入ったフラスコを取り出し、投げようとした。カリスはいつの間にか手にしていた醒弓カリスアローにラウザーをセットし、1枚のカードをラウズする。
『バイオ』
カリスアローから二本の触手が伸びる。その触手は少女をぐるぐる巻きに捕らえた。バリンと何かが砕けるような音がする。
「なっ!わ、私の魔法障壁がっ!」
プラントバイオ――ハートの7のカードの消費APは1600、約16tの力で締め上げる事になる。生半な障壁では堪え切れなかったようだ。カリスは触手が少女を潰さないように締め上げる力を手加減する。
少女は悔しげに呟いた。
「く、くそっ。魔力を封じられてさえいなければ……。」
『さて、質問に答えてもらえるか?』
少女はぶすっとした表情であさっての方向を向く。どうやら死んでも言いなりになる気は無いらしい。カリスは肩をすくめた。どうせもっとも訊きたかった事――『学園』が『魔法使い』達の隠れ蓑である事は聞きだしている。彼は質問を改めた。
『なら一つだけ聞かせろ。お前は血を吸ったものを殺しているのか?』
「……何故そんな事を訊く」
『……俺の友が、そう言う事を気にする奴だった。だからだ。』
「ふん。殺しはせん。この辺は女子寮の近くだ。私は女子供を殺しはせん。」
『そうか』
カリスはプラントバイオを解除する。少女はあっけにとられる。
「何故私を放す?」
『吸血鬼に血を吸うなと言うのも酷な話だろう。相手が死んでいないのなら、そう周囲に迷惑でもない。』
カリスはシャドーチェイサーを「空中」でアクセルターンさせると走り出そうとする。その背後に向かって少女は魔法薬のフラスコを投げつけた。数本の「氷の矢」がカリスの背後から迫る。
だがカリスはカリスアローを振るい、その刃状のリムで全ての魔法の矢を叩き切った。全く振り向かずに、魔法の矢の気配だけで、である。
少女はカリスに向かって叫ぶ。
「エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウエルだ!覚えておけ!次会った時は貴様を八つ裂きにしてくれる!」
『……カリス……だ。……仮面ライダー・カリスだ。』
カリスは少々迷った。彼は自分で仮面ライダーを名乗った事も無ければ、「カリス」と言うのもハートのA、マンティス・アンデッドの名前であり、自分の本名では無いからだ。だが「相川始」や「JOKER」を名乗るわけにもいかず、とりあえず「カリス」を名乗る事にする。
カリスはそのままアクセルを開けると、「空中」で急発進し、見る間に少女――エヴァンジェリンの視界から消えていく。エヴァンジェリンは憎々しげに呟いた。
「カリス……か。忘れんぞ、この「闇の福音」「不死の魔法使い」を侮った事を、後悔させてやるぞ。」
エヴァンジェリンはそのまま、やってきた方向へと引き返していく。もはや今夜は血を吸う気にもなれなかったようだ。時折歯軋りの音を立てながら、彼女は自分の家へと飛んでいった。
あとがき
今回はエヴァンジェリンとの初顔合わせでした。あまり良い出会いとは言い難いですが、そのうちにまあ何とか……。ちなみに、「仮面ライダー剣」本編においてはバイクで空を飛ぶシーンは出てきません。「フロートのカードをバイクのモビルラウザーにラウズしたら、飛べるんじゃないかな?」と思ったので、某ゲームに出てくる空飛ぶバイクを参考にして書かせて頂いたモノです。やはりライダーと言うからには、バイクアクションが無いと嘘ですよね。
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