「第2話」


 麻帆良学園都市の外れに位置する深い森の中、始はカメラバッグを下げ、一眼レフのカメラを手に散策していた。ヤクザ屋さんからちょっぱって来た金額が莫大だったためか、カメラはかなりの高級機で、装着されている望遠レンズもとんでもない高級品である。彼は時折そのカメラを覗き込んではモータードライブで写真を高速連写しながら、ある事を考えていた。

(やはりモノリスの捜索が第一だな。平行世界への移動だなどと非常識な力を振るえるのはあのモノリスぐらいしか思い至らない。……俺が最初にこの世界で目覚めた地点を中心にして、しらみつぶしに探してみるしか無いだろう。
 モノリスを発見したらそれに異常がないかどうか調査してみないと。俺一人だけが解放されているのがまずは異常だし、大破壊もバトルファイトも発生していないのは、モノリスに何かあったとしか思えない。あのて……て……天王寺だったか。俺にとっての1000年近く前に、モノリスを隠匿して自分の管理下でのバトルファイトを画策した男……。あのような奴が関係していないとも限らない。)

 始の考えはもっともな物だった。もっともな物ではあった……が、しかし彼は元の世界でバトルファイトを管理していたモノリスが、既に砕け散っている事を知る由も無い。当然この探索は彼にとって全くの無意味であるのだが、その事に気付く事も無く、始は歩を進めていった。

 ガサッ。

 突然繁みを割って、その向うから熊が現れた。熊はそこに始がいる事に驚くが、すかさず襲い掛かろうとする。始は慌てずに、じっと熊の目を見据えた。
 ちなみに野生の熊は、普通は人に無闇に襲い掛かったりはしない。現に、熊の出る所では鈴などを身に着けて「ここに人間がいる」と言う事を教えてやると、熊の方で人間を避けて行く物なのだ。それが山中で突然ばったりと熊と出会ったりすると、熊の方でも驚いて過剰防衛行動に出るのである。
 閑話休題、始に見据えられた熊は、その瞬間動きを止める。いや、止めざるを得なかった、と言うべきであろうか。始――JOKERが姿を借りているヒューマン・アンデッドは、曲がりなりにも一万年前のバトルファイトの勝者である。その能力は他のアンデッドに比べて若干見劣りはすれど、その差は知恵と工夫と努力で埋められるほどでしかない。ぶっちゃけた話、現在の人類のトップクラスよりも強かったりするのだ。増してやその中身は53体目の最強のアンデッド、JOKERである。その放つ威圧感は、単なる一介の野生動物では抗いきれない。
 と、始は徐にカメラのレンズを標準に交換すると、熊の正面から何枚も写真を撮る。いや、それだけではなく彼は斜め前、斜め後、あらゆる角度から熊の写真を撮った。その間、熊は襲い掛かる直前の姿勢のまま、金縛り状態である。いい加減、飽きるほど写真を撮った始は、ちょいと熊の尻を軽く蹴り上げた。すると金縛りが解け、熊は泡を食って四足でダッシュして逃げ出した。始は小さく笑みを浮かべる。
 と、そこへ声がかかった。

「凄い胆力でござるな、熊相手にあのような真似が出来るなどと。」
「お前こそ、随分見事な隠行だ。」
「……気付いておったでござるか?」
「ああ。」

 始は後の木に向き直ると、上の方を見やる。そこには忍び装束の18歳程度に見える背の高い少女が枝の上に立っていた。少女は木から降りて来ると、始に向かい合う。

「せっかく褒めてもらったでござるが、気付かれていては説得力という物が無いでござるよ。」
「そうでもない。相応の達人か、あるいは最新技術を駆使したハイテクでもない限りはお前の隠行は見破れんだろう。」
「自分が相応の達人だと言ってるのと同じでござるよ、それは。」

 少女は苦笑して言う。始は口元だけで笑うと少女に答えた。

「これでも動物写真家の端くれだからな。野生動物や野鳥の気配を捕らえるのは基本だ。
 それにしても日光江○村以外に忍者がいるとは思わなかった。」
「何の話でござるかな。〜〜〜♪」

 少女は鼻歌でごまかす。始もごまかされてやる。ごまかされてやらないと、余計な追求が返って来そうだからと言うこともあるからだ。彼はわざとらしく話を逸らした。

「……それで?」
「は?」
「そっちから声を掛けてきたが、まだ名前を聞いていない。俺は相川始、見ての通り写真家だ。お前は?」
「あ、いや大変失礼をしたでござる。拙者は長瀬楓と申す者でござるよ。見ての通り一介の中学生でござる。」

 少女――楓はのほほんとした笑顔で名乗った。始は少々驚いた顔をする――わざと。

「……年齢詐称は時と場合にもよるが犯罪行為だぞ。」
「な!?」
「冗談だ。極々稀な事だがお前の様な中学生を見た事が無くも無い。極々稀だが。極々。」
「強調し過ぎでござるよ……。」
「すまん。」

 むくれる楓に、始は小さく笑みを浮かべながら軽く謝罪する。楓も本気でむくれていたわけではないので、すぐに笑みを浮かべた。始はその様子を見て、楓に問いかけた。

「ところで長瀬。お前はこの辺に詳しいのか?」
「拙者は毎土日はこの辺の山中で修行をしているでござるよ。だから詳しいと言えば詳しいでござるが。」
「なら高さ2m強の黒い石板を見た事は無いか?もしかしたら中途で捻れた形になっているかも知れない。」
「黒い……石板でござるか?見た事は無いでござるなあ。」
「そうか……。見かけたら教えてくれないか?礼はする。
 ……ああ、そうだ。非常な危険物だから、うかつに触ったり下手に近寄ったりしない方がいい。」

 始はそう言いつつ、写真家としての名刺――つい先日作った――を差し出した。楓はそれを受け取りつつ言う。

「いいでござるよ。けれど動物写真家と言うなら、珍しい動物の溜まり場でも訊く方が『らしい』でござるな。」
「何、動物写真家と言うのも嘘じゃないからな。動物の溜まり場も、教えてもらえるならありがたい。」
「そうでござるか。なら……。」

 楓はこの辺りの動物の分布について始に教える。始もそれを頷きながら聞いた。

「……ふむ、なるほど。いや助かる。ありがとう。礼をしたいが……何がいい?」
「今度会った時でも、ご飯でもご馳走してくれればいいでござるよ。」
「ならそうしよう。麻帆良にはもしかしたら長く居付く事になりそうだしな。
 それじゃあ俺はこの辺で仕事に戻る。」
「拙者も修行の続きをするでござるよ。」
「そうか。それじゃあな。」

 始はそう言うと踵を返す。楓はそれに軽く手を振った。始は後も見ずに手を振り返す。彼の姿は藪の中に消えていった。
 始を見送った楓は、大きく溜息をついた。

「……いやいや、恐い御仁でござったな。興味本位で声を掛けては見たが……危うかったでござるな。友好的な方で助かったでござる。いやいや、下手をうてば命が危うかったかもしれんでござるな……。
 あのような達人が埋もれているとは……世界は広いでござるなあ。」

 楓の背中はびっしょりと汗で濡れている。彼女は、始の目が一度も笑わなかった事に気がついていた。そしてその目が一度も瞬きをしないのにも。
 彼女は頭をぶんぶんと左右に振ると、夕食の材料探しを再開した。


あとがき

 原作主要メンバーとの、初顔合わせの回でした。今回は始は変身しませんでしたが、とりあえず楓の肝は冷やした様です。楓からすれば、「ゆうこうてきなワードナ」にでも出逢った気分だったでしょうか。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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