「プロローグ」


 砂と岩だけの荒野を、一人の男が歩いていた。その男はボロボロに擦り切れた衣服を纏い、これもまたボロボロの布をマントのように身体に巻きつけている。その瞳は虚ろで、何も目に写ってはいないかのようだ。
 だがその時、遠くからエンジンの音が響いてきた。彼は、そのエンジン音の聞こえてくる方を見遣る。はるか彼方に、1台のバイクの影が見えた。
 彼は近場にある岩陰に身を隠す。どうやら彼は他人に見つかりたくは無いらしい。
 だがバイクは彼の近くまで来ると、そこに停車する。バイクから、ライダーが降りてきた。ライダーはヘルメットを脱ぐと、口を開いた。

「剣崎、そこに居るのはアンデッド・サーチャーでわかっている。出て来い。」

 最初の男――剣崎はよろよろと岩陰から出てくると、驚愕の表情をその顔に貼り付けて呟いた。

「始……!!何故ッ!!」

 ライダー――始と呼ばれた男は口の端だけをかすかに吊り上げて、ほんの微かな笑みを浮かべる。彼は剣崎に向かい、再び言葉を紡ぐ。

「久しぶりだな剣崎。そう……1000年には少し足りないぐらいか。」
「始ッ!俺達はもう二度と遭ってはいけないはずだったろうっ!俺達は戦ってはいけないんだ!」

 剣崎の絶叫に、始は今度ははっきりと微笑んだ。その視線は剣崎に注がれたまま、瞬き一つしない。始は諭すように言った。

「いいんだ剣崎。いまこの地球上には『人間』はいない。」
「な、何っ!?」
「人類が活動の中心を宇宙に移してから既に100年近く……。そして最後の『人間』がこの地上を離れてからもう10年ほど経っている。地球は今は重要自然回復地域に指定されていて、人類の立ち入りは禁じられているんだ。……やっぱり知らなかったか。お前はずっと『人間』達から距離を置いて生きてきたんだな。
 俺は最後の『人間』が地球を離れてからずっと、お前を探して地球上をあちこち彷徨っていたんだ。アンデッド・サーチャーは走査範囲がそれほど広くないからな。苦労したぞ。」

 剣崎は、始の言葉に驚きを隠せない。彼は始に向かって問いを発した。

「お前は、お前は宇宙には出なかったのか?」
「一度試してみたんだが……身体に変調を来たしてな。すぐに地球に舞い戻って来てしまった。
 俺達アンデッドは、どうやら地球に縛られているらしい。地球からは離れられないんだろう。」
「そうか……。」
「剣崎、お前のおかげで俺はこれまで『人間』の中で生きて来る事ができた。……楽しい、本当に楽しい1000年だった。」

 始は晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。

「だが、それも終わりだ。俺たちはもう休んでもいいはずだ」
「休む?」

 剣崎は不審そうな顔をする。

「ああ、そうだ。お互いにお互いを同時に封印し合う。上手くやればバトルファイトの決着はつかずに終る。もし失敗して片方だけが残って、『大破壊』が起こっても、既に人類は地球上にはいない。誰にも迷惑はかからない。
 ……もう闘争本能を無理やりに抑えなくてもいいんだ剣崎。」
「そうか……。」

 剣崎はしばらく俯いて考え込んでいた。だが、ふっと顔を上げる。
 その顔には、決意の色が浮かんでいた。

「よし、やろう始!全部……全部終りにしよう。」
「ああ。……剣崎、お前は黒のスートを使え。俺は赤のスートを使う。」

 始の腰に、非常に厳ついベルトが実体化する。彼はそのベルトの脇に付いたホルダーを開き、26枚のカード……スペードとクラブのカードを取り出して剣崎に渡した。
 剣崎の腰にも、同じ形のベルトが実体化する。彼は始から受け取ったカードを腰のホルダーに収めると、その中から1枚だけ――スペードのAを抜き出して右手で構えた。始もホルダーからハートのAを抜き出して構える。そして二人は同時に叫んだ。

「「変身!」」

 彼らはベルトのバックル部分に付いたスリットにカードを通す――ラウズする。電子音声が響いた。

『『チェンジ』』

 彼らの姿は瞬時に変わっていった。始の姿はマンティス・アンデッド……カリスの姿に。そして剣崎の姿はビートル・アンデッド……仮にこの姿をブレイドとする……の姿に。
 カリスとブレイドは飛び退る。ブレイドはその手に盾と醒剣オールオーバーを、カリスはその手に醒弓カリスアローを構える。
 先手を取ったのはカリスだ。カリスアローから光の矢が放たれる。ブレイドはそれを盾で受け切ると、オールオーバーで斬りかかった。カリスは軽々と躱す。再び二人は互いに飛び退った。
 ブレイドはベルトのバックル――ラウザーを取り外し、オールオーバーの鍔基にセットする。そして腰のホルダーからカードを3枚取り出して、ラウズした。電子音声が響く。

『キック』『サンダー』『マッハ』
『ライトニングソニック』

 カリスもラウザーをカリスアローにセットすると、カードホルダーから3枚のカードを取り出してラウズした。電子音声が響く。

『フロート』『ドリル』『トルネード』
『スピニングダンス』

 ブレイドはカリスに向かい、一気にダッシュする。その速度は残像が見えるほどだった。
 一方カリスの周囲には竜巻が発生し、カリスはぐるぐると高速回転を始める。更にその身体は宙に浮き、まるで舞う様に虚空を漂い始めた。
 だがブレイドはその動きに惑わされる事無く、高々とジャンプするとカリスへと向けて必殺のキックを放つ。そのキックには雷が纏っていた。
 カリスも高速回転をしながら、ブレイドに向けて回転キックを放つ。高速で回転するドリルの様に、カリスはブレイドに向けて突っ込んで行った。
 二人は空中で激しく衝突する。ブレイドもカリスも、互いにバランスを崩し、無様に地上へ落下した。
 だが二人とも即座に転がって立ち上がる。カリスはラウザーをカリスアローからベルトへと戻した。ブレイドもそれに倣う。そして二人は同時にホルダーからカードを取り出した。そのカードはスペードのKとハートのK。彼らは同時にベルトのラウザーにそれをラウズする。電子音声が響いた。

『『エヴォリューション』』

 カリスの周りに、ハートのスートのカードが乱舞し、その身体に纏わり付いていく。ブレイドの周りには同様に、スペードのスートのカードが乱舞しつつ、その身に転写されていく。彼らは同時に二段変身を完了した。その姿を、ワイルドカリス、ワイルドブレイドと呼称する。
 ワイルドカリスは、赤の地に金色のアクセントの身体、ワイルドブレイドは群青の地に金色のアクセントの身体をしていた。共に、王者の風格を漂わせている。二人の最強の戦士は向き合った。
 ワイルドブレイドが二振りのオールオーバーを連結しながら、言葉を発する。

『いくぞ、始!』

 ワイルドカリスは、カリスアローに醒鎌ワイルドクラッシャーを合体させ、ただ頷いた。
 ワイルドブレイドの前に、13枚のスペードのスートのカードが並んで宙に浮かぶ。そのカードが合体して、1枚のカードとなりワイルドブレイドの手に収まる。
 ワイルドカリスの前にも13枚のハートのスートのカードが浮かび、合体してその手に収まった。
 二人の戦士は、同時に各々の武器にカードを――ワイルドのカードをラウズする。電子音声が響き渡った。

『『ワイルド』』

 二人は互いに互いの武器を向けて、必殺の光弾を放った。必殺の技――ワイルドサイクロンとワイルドサンダーボルトは空中ですれ違い、互いの胸に着弾する。二人は同時に吹き飛んだ。





 砂と岩だけの荒野に、二つの陰が横たわっていた。その姿は、人の様でもあり、昆虫のようでもあった。これが二人の本当の姿……JOKERである。片方のJOKERが弱々しく声を上げた。

『始……起きてるか。』
『ああ……。』

 もう一体のJOKERが声を返す。その手は、腰のカードホルダーに伸びている。

『あと一仕事だ……。同時にだぞ。』
『わかってる始……いくぞ。』

 最初のJOKERも、腰のカードホルダーに手を伸ばし、中からコモンブランクのカードを取り出した。二体のJOKERは、カードを同時に互いに向かって投げる。二枚のカードはお互いの胸に突き立った。
 するとJOKERの身体が、カードへと吸い込まれ始めた。これがアンデッドの『封印』である。剣崎であったJOKERが呟く。

『ああ……。これで終わりなんだな。』
『そうだ。これで俺たちは休める……。これで終わりだ。
 ……ありがとう剣崎。』

 始であったJOKERが応える。そして二体の――二人のJOKERはカードへと吸い込まれていった。後には54枚のカードが散らばっているだけであった。

 やがて、空間に黒い穴が開き、突然空中に、捻れた漆黒のモノリスが現れる。そのモノリスはしばし宙に浮かんでいたが、やがて大地へと降り立った。そしてモノリスの捻れが徐々に解けていき、直方体に姿を変える。
 すると、大地に散らばっていた54枚のカードが空中に浮かび上がり、次々にモノリスに吸い込まれていった。そして最後のカードがモノリスに吸い込まれたその瞬間、モノリスの表面に蜘蛛の巣のように罅が走った。罅割れは徐々に大きく、広くなっていき、ついにはモノリスが砕け散る。
 この瞬間、地上の支配種族を決めるためのバトルファイトは、永遠の終わりを告げたのである。


あとがき

 そんなわけで、『仮面ライダー剣』世界での物語は終わりを告げました。そして新たな物語が始まります。主人公は始=仮面ライダーカリス!まあ私がカリス好きだからなんですが。
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