月(A) 佐藤惣之助 はじめてこの薮と水との細道で あの月影を發見した人は どんなに深い情怨をおびて はじめて月の光にうたれた娘たちを恐れたであらう 月はその半顏──片面しか見せもせず 何年も怒りつづけてゐる戀人のやうに その光は油も熱も煙もなく かの女を見るものはおのづから發光して 死の色をした透明な愁ひをあび それにふれたものはいつの間にか うす紫の青い世界の人となり つめたい光線の花束で空間にしばりからげられてゐる 靜かな自然の女王の屍と つれ立つて歩くやうになるではないか。