首吊り 佐藤惣之助  星の望遠鏡で見ると 街は螺旋形星雲と電気の川で 家は鎖つなぎの黒枠の如く その中に一個の死骸が振子のやうに動いてゐる  少さい街裏の引窓の下に 空中から垂れさがつた哀れな男は 肉製の死の旗をふり 幻の骸骨の踊り子となつた  かつては彼も健かなる夫であり 巷の星の子供等の父で もゆる多くの生命の運転手となり 肉体と生存の美しい主人であつた  しかし彼は今この世の贈り物を棄て その愛情とカを支払ひつくし 負債の鬼と戦ひつきて 遂にその魂と肉の住宅を死で塗りこめた  黒猫と月光は瞳をかゞやかし この空中の人物に向つて歯と爪をとぎ 絶望の著色写真をひらいて 苦痛と平和の残骸の蔭に来て遊ぶ  かれは今巷の精霊となり 闇と死の兵卒の如く空中に立ち 時の振子に揺れ加はりつゝ 都会の大時計の分秒を分けてゆく 恐しき死の振子、骸骨の踊り子 かれは今蝙蝠と黒猫の友となり 鮮やかなる都会の怨霊となつて 今にも電線の中を飛行するであらう