河上肇博士の共産陣營離脱について 三木清  この獄中獨話は共産主義理論に反對といふ譯ではありませんね。河上さんが書齋に歸るといはれることは、もともと學者肌の人で政治家ではない人だから、不思議でも何でもありません。あそこまで行かれたことが却つて不思議なくらゐです。河上さんの根本的生活感情は人道主義であつてマルクス主義的ではありません。これは河上さんに限らず、年のいつた人は誰でも若い人のやうに單純な唯物論者にはなり得ないからです。過去の教育や生活のためですね。日本人が一般的にいつて思想上動搖性に富むのは、一つは西洋思想の輸入以來の文化的傳統が淺く、思想的訓練を缺くからだらうと思ふ。この問題は大したことはありますまい。(談)