四百八十三 一月十一曰青森県金木町津島文治方より神奈川県足柄下郡下曽我村原大雄山荘太田静子宛  拝復いつも思つてゐます。ナンテ、へんだけど、でも、いつも思つてゐました。正直に言はうと思ひます。  おかあさんが無くなつたさうで、お苦しい事と存じます。  いま日本で、仕合せな人は、誰もありませんが、でも、もう少し、何かなつかしい事が無いものかしら。私は二度罹災といふものを体験しました。三鷹はパクダンで、私は首までうまりました。それから甲府へ行つたら、こんどは焼けました。  青森は寒くて、それに、何だかイヤに窮屈で、困つてゐます。恋愛でも仕様かと思つて、或る人を、ひそかに思つてゐたら、十日ばかり経つうちに、ちつとも恋ひしくなくなつて困りました。  旅行の出来ないのは、いちばん困ります。  僕はタパコを一万円ちかく買つて、一文無しになりました。一ばんおいしいタバコを十個だけ、けふ、押入れの棚にかくしました。  一ばんいいひととして、ひつそり命がけで生きてゐて下さい。 コヒシイ