「義務教育で教へられるべき漢字と、一般社會で行はれるべき漢字とは別に定める」と云ふ国語審議会の方針に基き、定められたものが「当用漢字別表」である。一般に「教育漢字」と呼ばれた所以である。
漢字の別表は、義務教育9年間の学習を目標としてえらばれたものであります。目標をそこにおきましたので、学習者の知能の程度と学習の期間が、選定に対するきびしい制約となってまいりました。負担の過重を避けることも、じゅうぶんに考えなければなりませんでした。
この主査委員長の報告によれば、「当用漢字表」は現在(當時)の一般社會の文字生活を簡易化する爲の制限であり、「当用漢字別表」は將來の社會の文字生活に適應させる爲の教育的基礎づけを圖る爲の制限である、と云ふ事であつた。
さきに、政府は、現代国語を書きあらわすために日常使用する漢字の範囲を定め、昭和21年内閣告示第32号をもって、当用漢字表を告示した。しかしながら、これは、国民生活の上で漢字の制限が無理なく行われることをめやすとしたものであって、国民教育における漢字学習の負担を軽くし、教育内容の向上をはかるためには、わが国の青少年に対して義務教育の期間において読み書きともに必修せしめるべき漢字の範囲を定める必要がある。
よって、政府は、今回国語審議会の決定した当用漢字別表を採択し、本日内閣告示第1号をもって、これを告示した。今後各官庁においては、この表を制定した趣旨を理解し、これに協力することを希望する。
この「別表」の漢字は、以下のやうな理由に基き、撰定された。
- 日常の社会生活に直接の関係を持ち、一般国民に親しみ深いもの。
- 熟語構成の力が強く、それが広い範囲に及んでいるもの。
- 広く世に行われている平明な熟語の構成成分で、対照的意義を表すそれぞれのもの。
一方、以下の理由で「不用」の漢字を除いてゐる。
- 時代の主流から遠ざかっているもの。
- 階層的のもの、局処的のもの。
- 專門用語にしか関係を持たないもの。
實際のところ、知能の程度が高い事と漢字學習の能力が高い事とは關係が無く、寧ろ知能程度が低い子供の方が漢字を良く覺えると云ふ報告がある(石井勲)。また、「澤山漢字を覺えさせれば、より澤山子供の記憶に殘る筈だ」と云ふ意見もあるが、筋は通つてゐる。
「必要最小限の漢字を確實に覺え込ませるべきだ」と云ふ立場から撰定されたこの「教育漢字」には、本質的に無理があつた、と言ふべきである。
もつとも、將來の漢字廢止を意圖してゐた国語審議会が、「確實な諳記」の強用により子供に漢字嫌ひの傾向を生じさせる事や、「漢字制限」により子供を漢字から遠ざける事を狙つてゐたと推測する事も可能である。「教育漢字」が寧ろ、「漢字を教育しない」爲のものであつたと考へる事も出來よう。
もちろん、これらの推測は邪推であるが、結果としてそのやうな方向に「当用漢字別表」が役立つた事は否めない。