- 制作者(webmaster)
- 野嵜健秀(Takehide Nozaki)
- 公開
- 2001-10-19
- 改訂
- 2005-12-14
字音假名遣
平安時代の字書・鎌倉時代の研究
漢字は元々支那の文字であり、日本人の漢字學習の際にも支那の韻書・字典が屡々利用された。
- 玉篇
- 6世紀前半に成立。梁の顧野王の撰による「原本玉篇」が、日本には早く傳はつた。
- 切韻
- 隋の陸法言によつて作られた(601年/隋:仁壽元年)。
- 「大宋重修廣韻」(1008年/宋:大中祥符元年)が通稱「廣韻」として知られてゐる。
これらに基いて、日本でも字書が作られた。
- 篆隷萬象名義
- 空海撰
- 日本で作られた現存最古の辭書。
- 音と義の註があるのみで、和訓は記されてゐない。支那の辭書に倣つたもの。
- 東宮切韻
- 菅原是善
- 秘府略
- 滋野貞主
- 新撰字鏡
- 僧昌住の撰によるとされる、日本最古の和訓を有する漢和辭書。
- 寛平4年/892年に三卷(古寫本なし)が完成し、昌泰年中に増補されて十二卷となつた、と云ふ。序文
- 約21000字を收める。うち、約16000字が部首によつて排列され、「一切經音義」「玉篇」「切韻」に基いて、音と意義が記されてゐる。
- 約3700字の和訓が萬葉假名によつて記されてゐる。
黛 徒載反徒代二反去 屑――青黒色也婦人餝眉黒色也 萬與加支
- 和名類聚抄
- 勤子内親王の令旨により源順が編纂した辭書。
- 承平年間(931-938)の成立か。十卷本と二十卷本とが傳はつてゐる。
- 十卷本には約2600語、二十卷本には約3300語の漢語が收められてゐる。
- 漢語は、意味に基いて分類排列され、出典、發音、漢文による意味の註釋が記載されてゐる。同時に、その漢語に當る和語を「和名」として萬葉假名で記載してゐる。
- 分類は、まづ「部」で分け、その下位に「類」を置く。この方式は、支那の「藝文類聚」等の分類體古辭書(類書)を參考にしたものと考へられてゐる。
雲 説文云雲山川出氣也王分反和名久毛
天部 雲雨類
- 原則として、一つ一つの漢語に和訓が附されてゐる。
- 類聚名義抄
- 原本が十一世紀から十二世紀頃に成立した、日本で最初の本格的な漢和辭書。
- 聲點が附され、平安時代末期の京都語のアクセントを保存してゐる爲、アクセント研究の優れた材料となつてゐる。
- 原本系と、改編本系の二系統の傳本がある。
- 原本系の傳本には、宮内廳書陵部の藏本(圖書寮本)がある。ただし、一帖(全體の約二割程度)が傳はるのみ。主に法相宗の佛典から引用してゐる。3600語が採上げられ、4分の3が熟語、約2000の和訓に出典(訓點本)が明記されてゐる。和訓は片假名または萬葉假名で記されてゐる。それぞれの漢字・熟語には、發音、意味、和訓が記されてゐる。
- 改編本は、平安時代末期から鎌倉時代初期の頃に、拔本的に改編されたもの。觀智院本、高山寺本等の傳本があり、熟語よりも個々の漢字を主に見出し語に選んでゐる。支那古辭書からの引用を除いて、和訓は全て片假名表記となり、原本よりも増補され、約4萬が載せられてゐる。うち、約一萬には聲點が附され、清濁の別を示す。
當時の漢字研究は、飽くまで漢文訓讀の際に必要な知識を得るのが目的であり、漢字そのもの、言語そのものに對する興味に基く研究であつたとは言へない。
佛典讀誦音の研究では、以下のやうなものが作られた。
- 大般涅槃經音義
- 新譯華嚴經音義
- 一字頂輪王儀軌音義
- 大般若經音義
- 妙法蓮華經釋文
- 孔雀經音義
- 金光妙最勝王經音義
- 法華經音義
鎌倉時代のはじめには「韻鏡」「切韻指掌圖」が渡來し、漢字音研究の據り所となつた。
江戸時代の研究
近世になつて、漢呉唐と云ふ漢字の音即ち字音の假名遣が一般に問題としてとりあげられるやうになつた。徳川幕府の文治政策がその後押しをした。
江戸時代の初期までは、引續き、支那の文典に基いた研究が中心だつた。
釋文雄は、從來傳はつた音に基く日本の呉音や漢音が、同時代の支那語とは異る事に氣附き、「韻鏡」は漢字の反切を定めたものではなく、その時の支那語の音韻組織の圖でしかない事を指摘した。
- 磨光韻鏡
- 延享元年/1744年
- 「韻鏡」の再解釋。
- 三音正譌
- 寶暦二年/1752年
- 呉音・漢音・華音の由來を説いたもの。
併し、鎖國によつて支那との交流が絶たれた事、支那の王朝が交替した事もあつて、支那語學習の氣運は衰へ、日本の漢字音である呉音・漢音の研究が再び盛になつた。
その契機となつた研究が、本居宣長の研究であつた。
- 字音假字用格
- 安永5年/1776年
- 主として漢呉二音に就いて、その音を表記する際の規則を論じたもの。
- はじめに總論として「喉音三行辨」で「アイウエオ ヤイユエヨ ワヰウヱヲ」の差別が、次に「おを所屬辨」で從來の五十音圖の「お」「を」の所屬の誤つてゐる事(正しくは「お」が「あ行」に、「を」が「わ行」に屬する事)が論じられる。續いて「字音假字總論」があり、各論に移る。
-
御國言ニ於テモ後世多クハ錯亂シテ善ク是ヲ辨フル人無クシテ數百年ヲ經タリ。然ルニ近世難波ノ契冲僧始メテ是ヲ考ヘ出ダシ和字正濫抄ヲ著セルヨリ古ノ假字再ビ世ニ明カニナリヌルハ比類ナキ大功ナリ。ソノ後古學ノ道イヨイヨ開ケテ古言ノ假字ヅカヒニオキテハ今ハ遺漏無キヲ(近年出來タル古言梯便リヨキ書也)、字音ノ假字ニ至テハ未ダ詳カニ考ヘ定メタルモノナクシテ(以下略)。
- 漢字三音考
- 天明5年/1785年
- 漢呉唐の三音に就いて論じたもの。
字音の研究に於いては宣長以來、假名遣の研究が附隨する。主な研究に太田全齋の「漢呉音圖」、黒川春村の「音韻考證」、白井寛蔭の「音韻假字用例」、岡本保孝の「音韻答問録」、關政方の「傭字例」などがある。これらの研究は、古典に見える實例と古字書に見える反切とを參照して假名遣を定めたものである。
參考
- 国語学史 日本人の言語研究の歴史
- 馬渕和夫・出雲朝子著・笠間書院
- 日本語の歴史
- 佐藤武義編著・朝倉書店
- 日本語概説
- 加藤彰彦・佐治圭三・森田良行著・おうふう
- 資料日本語史
- 沖森卓也編・おうふう