当用漢字字体表や常用漢字表で示された漢字について、印刷字體は標準となる書體が定められてゐた。しかし、表に入つてゐない字、「表外字」については、字體の標準に定めがなかつた。
当用漢字字体表そのものは「漢字制限」を目的としたものであり、「表外字」は建前として「使用されない」ものであつた。だから国語審議会は「表外字」の存在そのものを無視する事が出來た。当用漢字の枠内で、文字の運用に關しては議論してゐれば良かつたのである。だが、現實問題として、「表内」の漢字だけで一般的な用途に足りるものではない。
常用漢字表は、「漢字制限」から「使用の目安」へと性格を變へた。從來から利用される機會が皆無であつた訣ではない「表外字」は、常用漢字表以降、国語審議会としても無視する事が出來なくなつた。常用漢字表の策定時にも、「表外字」に關する規定は考へられた。しかし、當座、「標準」の提示は見送られてゐた。
常用漢字表の策定以來、国語審議会は、戰後の國語政策で定められ、一般に使用されてゐる文字の字體については、既成事實として「基本的に弄らない」方針を固めてゐた。現實に用ゐられてゐる漢字の状況を追認し、現場の混亂を惹起しない爲である。
ところが、1983年に行はれたJIS規格の改正で、原案委員會の獨自の判斷に據り、「表外字」の字體に簡略字體が採用されてしまつた。かうして、国語審議会の方針と、JIS等の方針とに、不一致が生じた。そして、技術革新でJISの規格が急速に普及してしまつた爲、傳統的な字體がワードプロセッサやPCで表示・印字できない、と云ふ事態を生じた。
ここに国語審議会は、「現場の混亂を防ぐ爲、無闇に字體を弄らない」方針を示し、JIS83で行はれた字體變更を否定すべく、「表外漢字字体表」を作成したのである。ただ、JI83以來、17年が經過した爲、やはり「既成事實」として、簡略化された擴張新字體が「簡易慣用字體」として容認されてしまつた。