「当用漢字」の弊害として、根據のない「言換へ語」「書換へ語」を多數生んだ事が擧げられる。
敗戰直後当用漢字が制定されると、新聞はこれを杓子定規に適用して、學術用語でも法律用語でもみな当用漢字千八百五十字のわく内で間にあはせようとし、言ひかへ語・書きかへ語をたくさん作つた。騒擾罪を騒乱罪、名譽毀損を名誉棄損、職權濫用を職権乱用、證據湮滅を証拠隠滅、強姦を婦女暴行もしくは乱暴、のたぐひであるが、「汚職」といふのもその一つである。
ほかに「失踪」を「失跡」、「苛酷」を「過酷」とする類の事を、新聞はやつた、と高島氏は言ふ。
しかし、当用漢字を定めた國語審議會は、自ら「同音の漢字による書きかえ」を奬めてゐるのである。
國語審議會は、当用漢字の適用を円滑にするため、当用漢字表にない漢字を含んで構成されている漢語を処理する方法の一つとして、「同音の漢字による書きかえ」を決定した。これが広く参考として用いられることを希望している。
「愛慾」→「愛欲」、「闇」→「暗」、「安佚」→「安逸」、「暗翳」→「暗影」、「暗誦」→「暗唱」……と云つた「書きかえ」を、國語審議會は推奬してゐる。國語審議會は、從來「誤字」「宛字」と看做された筈の表記を「正書法」としてしまつたのである。