制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
初出
野嵜健秀 (nozakitakehide) は Twitter を利用しています」2013年02月11日
公開
2014-03-09

略式/正式

國語改革の發想は「言葉を簡單にすればみんな言葉を簡單に使えるようになる」と云ふものだつた。ところが言葉を簡單にしても複雜で難しい事が簡單に言へるやうにはならない。なるわけがない。それなのに表記を十把一絡げに全部簡單にしてしまつたから國語改革は問題だ。

「略式の場で使えるかなづかいがあってもいいだろう、だから現代仮名遣はあってもいい」と云ふ意見をよく聞く。しかし、「現代仮名遣」は今、「略式の表記」とされず「正式の表記」とされてしまつてゐる。それが良くない。

「略式の場で用いても構わない略式のかなづかい」として「現代仮名遣」が定義され、一方で、「正式の場で用ゐられるべき正式のかなづかひ」として歴史的かなづかひが定義されてゐれば、筋は通つてゐる。ところが「現代仮名遣」が現在「正式の場で用いるべき正式の表記」となつてゐる。歴史的かなづかひは「趣味の物」と一般に認識され、蔑まれてしまつてゐる。略式のものが「正式のもの」となり、正式のものが「略式のもの」として扱はれる。これではあべこべだ。

正式のものが正式のものとして、略式のものが略式のものとして取扱はれるなら、何の問題もない。ところが現状、略式のものが正式のものとされて尊重されるやうになり、正式のものが略式のもののやうに蔑まれてしまつてゐる。目茶苦茶だと思ふ。