制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2000-06-13
改訂
2005-01-29

「文法」と云ふ用語に就いて

我々が「文法」と言つてゐるのは、屡々「文法論」の事である。目的に依つて、或は研究者の見解に依つて整理・體系化された言語の研究を文法論と呼ぶ。文法は客觀的なものだが、文法論は主觀的なものである。

文法論にも色々の名稱、内容を持つものがある。これらを正確に區別しないと、議論が出來なくなる。

分類

規範文法
言語の正・不正を律する依るべき規範。
學校文法・教科文法
學校教育の場で用ゐられる規範文法。
實用文法
規範文法の實用性を強調した言ひ方。
記述文法
言語現象をあるがままに記述した學問。
説明文法
文法現象に於る發生・變化・消滅の理由や經歴を明かにしようとする學問。
歴史文法
時代的變遷を扱ふ説明文法。
比較文法
同系の言語間の比較を行ふ説明文法。
一般文法
諸言語に於る文法現象の共通性を追求する説明文法。
普遍文法
言語の普遍性を目指す事から言ふ一般文法の別名。
口語文法
近・現代の共通語の文法。書き言葉が主な對象。
文語文法
古典語の文法。文語文が生きてゐた時代には、實用文法としての價値を持つてをり、表現の爲の規範文法として尊重された。平安時代中期の和文の文法が中核になる文法である。現在では短歌などの創作を行ふ際に必要とされるのみ。
話言葉の文法
現代共通語の口語と云つても、話言葉には屡々文法的事實以外の雜多な要素が含まれる。話言葉の研究に就いては口語文法とは區別される。
方言文法
共通語以外の研究。日本語に於ては、京阪地域を除いて歴史的に扱はれる事が少い。話言葉が中心となる。
古典文法
文語文が死絶えて以來、文語文法は表現の爲の實用文法ではなくなつた。現在、文語文法は古典解釋の爲にのみ必要であるとされる。
高等學校で教へられる文語文法は古典解釋の爲に、上代、中世、近世の文法を補つて整理された、平安時代中期の文法である。
表現の爲の實用性を持つてゐた文語文法と區別する爲に、古典解釋の爲の文法を古典文法と呼ぶ場合がある。
解釋文法
古典文法の別名。表現の爲の「表現文法」と對立的に考へる時の呼び方。
紛らはしい語や活用形を辨別し、正しい解釋を導く爲の文法。
平安中期の文法を中核とした文語文法で各時代を體系的・網羅的に解説するのには無理がある爲、現状、源氏物語の解釋文法、平家物語の解釋文法、西鶴・近松の解釋文法など、個別の作品を讀解する爲に役立つ作品別文法の段階に留まる。
讀解文法
個別の作品を讀解する爲に役立つ解釋文法。
表現文法
解釋文法と對立的に考へられる、表現の爲の規範文法。
江戸時代以前にも和歌の創作上の規範として古い歴史を有してゐた。しかしそれらは「てにをは」の用ゐ方や掛り結びの用ゐ方等を扱ふに留り、文章表現全般を扱ふものではなかつた。明治以降も修辭學は盛んであつたが、文語文の文章作法に關するものが多く、口語文法は餘り問題にされなかつた。話言葉の表現文法は、近年に至るまで輕視されてゐた。

言語學者の文法論

提唱した學者の姓が冠せられた文法論がある。

同じ文法的事實も、學者の見解に依つて異る形で體系化され、説明されると、異る文法論と云ふ事になる。

參考文獻

『國語學』
1984年10月第1版第1刷
1991年3月第1版第8刷
宇野義方編
學術圖書出版社
第5章「文法・文章」(pp.124-128)