明治以來の飜譯的言語學が本邦の國語學と國語問題とに與へた影響は、功過共に多大であつたが、今一々こゝに精査する必要もなく、又その餘裕もない。たゞ彼の輸入的な言語學の一部浮淺な學説が、一方には病的な比較言語學説を發生させたこと、他方には輕薄な國字論及び假名遣變革論を激勵したこと、いづれも先進諸家が自他ともにそれぞれ責任を分たなければならぬ所であらう。しかし同じ西洋系統の言語學が、國語の歴史的研究を促がして、在來の國學殊に正統國語學と東洋系統の考證學との精華を採り、以て新國語史學を發展せしめ、また國語問題に於ける新規範の自覺を誘致するに到つた功績は沒すべくもない。……
わたくしの言語学序説が,こんど再版になるについて,著者として感慨が無量であります.一つには喜びの情,一つには憂慮.もともと,この本は,今から10年あまり以前の刊行にかかり,繁間よろしきを得ざるところも多く,よしんば全部に手を入れないまでも、部分部分に添削をほどこしたい念願もおきたのでしたが,第一,出版の都合も迫り,次ぎには自分の健康がゆるさず,やむを得ず,今日の応急のため,わたくしが多年の経験上からわりだして,これならば適当だと信ずる程度にとどめて,改訂をこころみたのでした.主として使用上の時間の点を顧慮しつつ削除したい部分が少なくありません.もちろん,大学および高等学校の学生諸君の参考に資したいとの,発行者からの希望もあり,それやこれやの便宜に供しようとおもった著者の考慮の切なるものがありました.
従って,本書においては,現在の国語法の規定に則ることに我を折ったところが甚だ多いことを,自分はことわっておかなければならないのであります.
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