制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2016-01-28

『近世高士傳』

正漢字正かなづかひ。


高士傳とは題しながら、謂ふところの高士の何者かは、本書中の奈邊にも説明しなかつた。しかし本書を通觀せられたら、その點は自ら明かになるであらう。今わが國は大いなる理想の實現を期して、北に南に振古未曾有の活動を開始してゐる。その時に當つて國民の個々が、小さな物慾の充實にばかり狂奔してゐるやうでは、情ないことといふより外はない。生きむがためには物質を必要とする。しかし物質の奴隷となつて甘んずるか、より高い境地を求めて、そこに安住の地を得ようとするか、その一事に依つて人間の高下が分たれる。本書に傳した人々は、何れも物慾の役するところとならずに、高い理想に生きようとした人々だつた。私は現代にも高子を求める。本書中に傳した如き人々を求める。高士といふを遊食の徒なりとし、社會的に無用の長物なりとし、この非常時にかくの如き書物を拵へることまでも以ての外とするやうな低い見方をして貰ひたくない。私は非常時局下なればこそ、一層過去の高士の言行にも思を馳する必要のあるべきを信ずるのである。本書を公にする微衷もまたその點に存する。

書誌

『近世高士傳』
昭和十七年十月二十八日 初版發行
黄河書院