あれは何年前だつたか、「本居宣長」脱稿後の小林秀雄がホテル・オークラで講演して、宣長について語り出す前に、「日本の哲學者の文章は惡いですねえ」と呟くやうに云つた。聽衆は「保守派」の知識人で、その大半が餘所事のやうに笑つたが、最前列に坐つてゐた田中美知太郎は笑はなかつた。私も笑はなかつた。若い小林秀雄は幼い文章を綴つたのだし、晩年の「本居宣長」は天皇といふ厄介な問題を囘避してゐるから私は高く評價しない。が、「本居宣長」の文章が一流である事に間違ひは無い。所謂天皇制を肯定する文章が全て勝れてゐて、否定ないし囘避する文章の全てが惡い譯ではない。中野重治は共産主義者で、昭和天皇を屡々罵倒したが、勤皇家ではないが共産主義者でもない「保守派」知識人西部邁や西尾幹二の文章よりも遙かに遙かに上質の文章を綴つてゐる。講談社の文庫に入つてゐて簡單に買へる筈だから、讀者はこの際「五勺の酒」といふ短篇だけでも讀むがよい。昭和天皇について語つた「保守派」の如何なる文章よりもあれは美しく、昭和天皇への屈折した中野の愛情が鮮烈に表現されてゐて、「天皇拔きのナショナリズム」の是非なんぞを論ふ紋切型の知識人には逆立ちしても書けない文章である。愛國心は無くてはならないがナショナリズムなら願ひ下げだし、日本から天皇は決して拔けはしない。
だが、「拔けはしない」からとて高を括る譯にもゆかぬ。小林秀雄は天皇について論じなかつたが、その「日本文化論の奧底には確かに天皇が存在」してをり、「恐らくさういふ形でしか天皇といふものは語り得ない」し、「語り得ないからこそ貴い」と、先頃、林勝といふ人が本紙に書いてゐたが、「語り難いもの」を何とか語らうとする身悶えを知らぬ物書きを私は信用しない。無論、小林はさういふ身悶えを知つてゐる。天皇について語らうとして足掻かなかつただけである。モーツアルトが大好きだつたから、その美しさについて語りたがつて、第三十九番シンフォニーの最終樂章の樂譜は夕空に浮ぶ雲のやうな形をしてゐるなどと他愛のない事を書きもした。ハイドンに捧げた弦樂四重奏曲第十九番の第二樂章アンダンテ・カンタービレについて「これは殆ど祈りである」と小林は書いて、それは全くその通りなのだが、泰西の名曲の緩徐樂章は全て祈りなのであり、祈りの對象としての絶對者を有しない我々としては「チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレまで墮落する必要」がどこにあつたかなどと云はれても興醒めする許りである。音樂は言葉が終る處で作られるから、音樂の美しさについて語らうとするのは、所詮、無駄骨なのだが、美しいもの貴いものについて我々は無駄と知りつつも語りたがる。小林が天皇を論はなかつたといふ事は、事によると、モーツアルト程「貴い」存在だと思へなかつたからかも知れないが、共産主義者中野重治が昭和天皇への好感を「五勺の酒」に覺えず吐露するその誠實は、三島由紀夫の尊皇節の不誠實よりも遙かに貴重なのだから、天皇を貴いと思はなかつたとて小林を難ずるのは凡そ馬鹿げてゐる。嘗て福田恆存はかう書いた。
語義の示すとほりの君主といふ觀念は私には全くない。理性的にも感情的にも、また氣質的にも、それはない。私の家庭にもそれはなかつた。なるほど小學校や中學校においては、ある程度まで神權的天皇の教育がおこなはれた。ことに私の中學の校長は心からの皇室中心主義者であつたから、私も二年生ころまではその感化を受け、言はれたとほり毎朝神棚に向つて皇室の繁榮と兩陛下の長命を祈つてゐたものである。私は今でもその校長を稀な教育者として尊敬してゐるが、皇室中心主義の感化は長くはつづかなかつた。といつて、その反動も來なかつた。敗戰の十何年も前に、私のなかには天皇は現人神から人間になつてゐたのであり、その變化はあたかも子供のなかで父母が父母としての權威を失つてゆくやうな全く自然な課程だつたと言へよう。(「象徴を論ず」)
「天皇拔きのナショナリズム」などといふ愚かしい事を福田は夢想だにしなかつたし、昭和天皇の人柄を慕つてゐたものの「皇室中心主義者」ではなかつた。三島は昭和天皇の「人間宣言」に批判的で、昭和天皇が嫌ひで、「自分だけの美しい天皇」なる化物の存在を信じてゐた。兩者の天皇觀は對蹠的である。然るに、福田も三島も正字正假名で文章を綴つてゐる。中野の文章はその殆どが略字新假名である。天皇を貴いと思はなかつたとて小林を難ずる譯にゆかぬやうに、略字新假名で書く奴は人非人だといふ事にはならない。先頃、西部邁は或る對談で「正字正假名を用ゐて亂暴な事を書く者もゐる」と語つたさうだが、愚な事を云ふもので、例へば明治の出齒龜こと池田亀太郎も、女湯を覗いた愉快や人を殺して後の虚脱感について日記に記すとなれば「正字正假名を用ゐ」惡文を綴つた筈で、假名遣と人格もしくは文章の上等下等との間に凡そ何の關聯もありはしない。天皇制や改憲を支持する者が全て善良で、その綴る文章も勝れてゐて、天皇制や改憲を否定する者が全て性惡で、その綴る文章の全てが拙劣である譯ではない。同樣に、所謂「謝罪外交」を難じて略字新假名を用ゐる者もゐる。西部もその一人である。西尾もその一人である。略字新假名を用ゐる「保守派」とは甚だしい形容矛楯だから、その事についてはいづれ詳述するが、略字新假名で書くからではなくて頭腦の働きが鈍重だから、西尾も西部も粗雜な惡文を綴るのである。例へば西部はこんなふうに書く。斷るまでもあるまいが、原文は略字新假名である。
當誌の若手編輯者が、ある評論家の書き散らかしてゐる最近の言説は常軌を逸してゐる、それをきちんと咎められるのはあなただけだ、との口上で原稿依頼をしてきた。私も、その評論家の(漫畫家・小林よしのり氏の)『戰爭論』にたいする批判を讀んでゐて、ひどい代物だと思つた。しかしそれについてはすでに他所で少し書きもし喋りもしてゐたので、その依頼はすぐ斷つた。といふより、他人の不出來の作品にたいして、その人の固有名詞を擧げつつ惡し樣に論ふのは、私の好みでも得手でもないのである。それを眞劍に論じるに値する作品だとあへて見立て、上品めかした論爭を仕立てたとしても、その評論家の場合に限らず、この國の現状にあつて、まともな議論など期待すべくもないと私はとうに諦めてゐる。
文章が駄目なら全て駄目だと私は學生に口癖のやうに云ふが、我がゼミには西部の駄文より上等の文章を綴る者もゐる。駄目な學生は毎囘扱いてゐるが、その駄目學生を扱く流儀で、ここで西部を「惡し樣に」腐す事にする。西尾幹二の文章は西部のそれよりも酷いから、これは後に罵倒する事にならうが、駄目な文章を駄目と云ひ切るのが私の流儀であり、「好み」であり、「得手」なのである。まづ、雜誌「正論」の若い編輯者が「きちんと咎められるのはあなただけだ」と西部に云つたといふのは恐らく事實であらう。が、それをそのまま書くのは甚だ淺はかで頗る端ない行爲である。早い話が、假に「月曜評論」の編輯長が私に「保守とは何か」の續稿を何時になつたら書く積りなのか、「年甲斐も無くコンピューター弄りに淫するのもいい加減にして貰ひたい」と云つたとして、それをそのまま書く事は決して端ない事ではない。「コンピューターおたく」である事は、私にとつて決して誇るべき事ではないからである。が、「この國の現状にあつて、まともな議論など期待すべくもないととうに諦めて」ゐるのかも知れないが、「シンガポール在住の渡邊紘さんもスイス在住の木村貴さんもあなたの原稿を頻りに讀みたがつてゐる」と云はれ、「さうまで云はれては仕方が無い、書く事にした」と假に書いたら、本紙の讀者の全てが私の愚昧に眉を顰めるに相違無い。文章を書くといふ事は倫理的な行爲なのであり、他人に煽てられた事を、いやいや自慢するに値すると密に思つてゐる事すら、それをそのまま露骨に書く奴は大馬鹿野郎の破廉恥漢なのである。