道徳的觀點からなされた天皇論。
政治的なイデオロギーに基いて「天皇制」を批判し、或は擁護する手合は多い。しかし、天皇の存在は單なる政治的なものではない。
天皇の役目は先祖を崇拜する事であり、天皇を戴いてゐる限り日本人は先祖崇拜を失はない。先祖崇拜は利害を超越した價値觀を基にした行爲である。利害を超越した價値觀と云ふものを、人間は失つてはならないのであつて日本人は天皇を失つてはならない。
天皇を失つたら日本人は日本人でなくなる――のみならずその時日本人は最早人間として全うな存在ではあり得ない。
天皇は日本人の道徳的な支柱である。そんな天皇の事を我々日本人は餘りに輕く考へてはゐないか。そもそも天皇の問題を日本人は「自分の内部の問題」として考へてゐないのでないか。淺薄皮相の・言葉と論理による「客觀的な天皇論」が日本では一般に行はれてゐる。が、天皇の事を日本人は決して他人事としては語れない筈だ。
反天皇の立場からの主張のみならず、天皇擁護の立場である保守主義者ですら陷り勝ちな、「天皇を他人事として論ずる」誤を、松原氏は強く非難する。
イデオロギー的に「天皇制」を扱き下ろすのでもなく、かといつて神憑り的に天皇を禮讚するのでもない、文化と道徳と云ふ觀點から天皇の意義を論ずると云ふ、極めて特異な天皇論である。我々は昭和天皇と云ふ名君を持つたが、天皇は人間だから暗君も出現し得る――さう云ふ事を我々は考へなければならない、と著者は指摘する。