制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
初出
「闇黒日記」平成14年7月4日
公開
2005-05-20

「マイナス・エリート」としての匿名發言者

2ちゃんねらーの問題は、自分逹の表現の自由はやたらと主張する癖に、氣に入らない相手の表現の自由はやたらと侵害する事だ。


Yahoo!とか2ちゃんねるとかの匿名掲示板は、匿名ユーザの權利を保護する一方、ユーザでない人間の權利を事實上否定する。ユーザを特別扱ひしてゐる譯だ。もちろん、ユーザがユーザ同士の間で仲良くやつてゐる分には、ユーザの特別扱ひは何等問題はない。

しかし、匿名掲示板のユーザは、コミュニティ外の人間に、ちよつかいを出すのである。その時、サーヴィス提供者がユーザを特別扱ひし、ユーザでない人間を差別するのは、如何なものか。

「匿名發言者のプライヴァシーを守る」「匿名發言者の表現の自由を守る」と、匿名掲示板サーヴィスの提供者は言ふ。しかし、その結果として、匿名掲示板のユーザ以外の、實名の人間のプライヴァシーは侵害され捲り、表現の自由は侵害され捲るのである。


はつきり言ふと、匿名掲示板サーヴィスは、ユーザ以外の人間の權利を侵害する爲に作られたシステムなのである。權利だの何だのとひろゆきやその信奉者らは言ふが、公正を認めない權利の主張等、認められたものではない。それは言はば、特權階級による權利の主張だからである。

2ちゃんねらーやひろゆきの發言には、「マイナス・エリート」としての優越感が露骨に見て取れる。彼らは、匿名主義者と云ふ名の「ネット貴族」であり、自分逹以外の人間を見下してゐる。匿名發言者の權利を守れ、と云ふ主張は、「ネット貴族」の權利を守れ、と云ふ主張と同義である。

匿名掲示板サーヴィスは、インターネットに貴族主義を齎すものであり、インターネットから民主主義を消滅させるものである。その主宰者やユーザの言ひ分がどうであれ、結果としてさうなるのだから、仕方がない。


2ちゃんねるが密告の爲のサーヴィスである事は、サーヴィス提供者側が自分で言つてゐる事である。そして、密告が民主的ならざる國家で奬勵された制度である事は、歴史を見れば明かである。結論として、2ちゃんねるは民主主義社會以外の、物を言ふのに周圍を憚らねばならない嫌な社會を到來せしめる爲のものである、と私は言はざるを得ない。

だが、日本人は、さう云ふ嫌な社會を昔から好むものであるらしい。私の目には嫌な社會としか見えない社會が、或種の人々にはこの上もなく素晴らしい社會に見えるらしいのである。


なほ、「マイナス・エリート」なる用語については、川上稔氏の小説を參照の事。