略字略かなの文献を正字正かなに改めて引用すると、「原文の作者に失禮だ」とか「道義的に許されない改竄だ」とか批判を受けるのですが、さう云ふ感情論で批判をされても困ります。
青空文庫の、表記の變更に關する見解。
原文にあくまで沿いながら最小限の書きあらためをおこなうことには、確かにその作業にたずさわる人の判断がかかわってきます。書き換えは、編集の力量や見識を問われる知的な作業です。ただし著作権法は、この程度の表記の変更に著作権を認めてはいません。
日本の著作権法は、保護の対象となる著作物を冒頭で次のように定義しています。
著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
保護されるのはあくまで作者の創作的な表現であり、誰かが書いたものの表記をあらためることは、この定義に当てはまりません。
著作権法は第二章、第一節で、著作物にあたるものをより細かく示しています。第一二条には、著作物の範囲を広めに規定した、編集著作物に関する次のような定めがあります。
編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。
この規定によって、論文集やアンソロジー、歳時記の構成といったものは、それ自体が著作物として保護されていると考えるべきでしょう。
これらに関しては、たとえ収録されている個々の作品の著作権がすべて切れていたとしても、編集に当たった人の死後50年を経ないうちは、組み合わせや並べ方をなぞることは許されません。
ただし、表記の改変が、ここでいう
素材の選択又は配列によって創作性を有するものに当たらないことは明らかです。
正字正かな表記の文章を略字略かななどの表記に書換へる行爲は素材の選択又は配列によって創作性を有するもの
ではないから違法ではないと云ふ事になります。當然、略字略かな表記の文章を正字正かな表記に書換へる行爲も合法である事になります。
「合法ならばそれで良いのか」と云ふ意見もあるでせうが、違法でも何でもない行爲を反論不可能な感情論で否定する態度こそ、批判されるべきではないでせうか。或は、ビジネス上の言動や商行爲、人附合ひや世渡りと言つたレヴェルの話と、言論と云ふレヴェルの話とは、嚴密に區別すべきではないでせうか。