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にごり酒  灰釉、芙蓉手、色絵食ぐい飲み 赤玉徳利

 木枯らしの吹き残した葉に斜めになった日が当たって、帰り道が遠く思われます。濁り酒の小瓶を、買いました。口の中に、淡い悲しみのように触る濁り酒の濁り。蕎麦など肴にうら寂しい路地の奥で飲んだりすれば、人生の哀感にしみじみ思い至ってしまいそうです。

     島崎藤村の「千曲川旅情の歌」第三節

       暮れ行けば浅間も見えず
       歌悲し佐久の草笛
       いざよう波の
       岸近き宿にのぼりつ
       濁り酒濁れる飲みて
       草枕しばし慰む

寄る辺なさと、ちょっとうらぶれ感は濁り酒に妙に合いますね。濁り酒のやわらかな口ざわりが、哀しみを甘やかしてくれそうで。

     濁酒や酔うて掌をやるぼんのくぼ  石田波郷

この句も、存在の悲しみを一瞬の動作の中に言いとめて、しかも歌わないところが実に現代的だとおもいます。

 十一月の突き抜けた青空、凛冽の風、そんな中でほんのり濁ったものが優しく懐かしく思われます。

     口ごもる「山羊の歌」など濁り酒   おるか

 十月二十二日は中原中也の忌でした。台風、地震、無辜の若い人の死など、暗いニュースが続いて、詩を読むことを忘れていました。(おるか)

2004年11月1日

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