諦めるな。
ジョセフ・フィッツパトリック・クリスマン
あらすじ:
真冬のウエスト・ヴァージニア州サマセットにて、失踪事件が発生した。
失踪者のモニカ・バナンは、帰宅直後、忽然として、消息を絶った。バナンは、FBIの特別捜査官であった。
事件発生の数時間後、FBIの特別捜査班は、切断された左腕を、雪原に発見する。しかしながら、その左腕は、バナンではなく、男性のそれであった。検死解剖の結果、そのDNA型は、バナン宅にて、採取された血痕と、一致する。
特別捜査班を先導したのは、カトリック教会の聖職者・クリスマンであった。突然、FBIを訪問して、捜査協力を申し出たのである。それによれば、失踪事件の一部始終を、霊視したのだという。
特別捜査班のダコタ・ホイットニー主任特別捜査官は、超常現象に通ずる、専門家の必要性を、痛感する。
原題:The X-Files : I Want to Believe
邦題:X‐ファイル:真実を求めて
脚本:Frank Spotnitz & Chris Carter
(フランク・スポトニッツ&クリス・カーター)
監督:Chris Carter(クリス・カーター)
引用:
・It is the glory of God to conceal a thing, but the glory of kings is to search out a matter.
"Proverbs 25:2"
(御心を秘めるのが、神の栄誉である。しかしながら、王の栄誉は、その御心を、捜し出す事にある。
『箴言 第二十五章二節』)
備考:
・原題は、“私は信じたい”の意。邦題は、公募によって、決定された。
・『箴言』は、『旧約聖書』を構成する、二十番目の文書である。古代イスラエルの王・ソロモンに代表される賢人が、それぞれの教訓を、披露する。その書名は、すなわち、“格言”の意である。
本書の格言は、いずれも、生活の知恵を通じて、信仰の重要性を説く。と、同時に、一般信者ばかりでなく、その先頭に立つ、指導者の心得をも、問うている。
・『真実を求めて』においては、本編終了後、“In Memory of Randy Stone(哀悼 ランディ・ストーン)”との字幕が、表示される。
ストーンは、『序章(File No.00)』の配役責任者にあたる。つまり、ストーンなくして、ドゥカヴニー演ずるモルダーも、アンダーソンによるスカリーも、存在し得なかったのである。加えて、『ミレニアム』の『新たなる一千年へ(Y2000)』においても、配役を担当している。その手腕を、カーターが評価していた、何よりの証明であろう。
しかしながら、『真実を求めて』公開前年の二〇〇七年、惜しくも、他界した。
・『真実を求めて』でのカーターは、脚本・監督に加えて、出演も遂げている。スカリーの歩みゆく、“悲しみの聖母病院”の通路において、ベンチに腰かける男性が、それである。手にする白壷は、撮影中に亡くなった、愛犬の遺灰を、納めている。その出演は、亡き愛犬を、悼んでの行為であった。
・失踪当時のバナンは、メディカルIDブレスレットなる装身具を、着用していた。日本語においては、医療識別票とも翻訳されるものである。特殊な血液型や、持病などといった、着用者の体質が、刻印される。
メディカルIDブレスレットは、口頭での意思疎通が、困難となる緊急事態を、想定したものである。たとえ、意識不明に陥っても、メディカルIDブレスレットの情報があれば、着用者は、適切な治療を受けられる。
・今回の事件においては、ライソゾーム病およびサンドホフ病という難病が、重要な役割を、果たす事となる。
ライソゾームは、生物細胞を構成する、器官の一種である。その役割は、脂質などの不要物質を、分解する事にある。不要物質の蓄積は、重大な悪影響を、肉体に及ぼす。これを、ライソゾーム病という。遺伝子異常によって、ライソゾームの分解酵素が、欠損してしまうのである。
欠損する酵素によって、ライソゾーム病は、六十種類にも分類される。その中でも、ヘキソサミニダーゼの欠損によって、発病するのが、サンドホフ病である。主症状としては、精神および運動機能の障害が、挙げられる。若年での発病ほど、重篤化の傾向がある。
ライソゾーム病の根治療法は、二〇二〇年現在もなお、確立されていない。しかしながら、いくつかの病については、造血幹細胞の移植が、有効とされる。
・生物の生育および修復を司るのが、幹細胞である。幹細胞は、分裂を繰り返しながら、宿主の欲する細胞を、供給していく。傷病によって、損傷した細胞や、成長に必要な細胞を、その都度、補充するのである。そうした性質ゆえに、医療目的の研究も、盛んに行われる。
幹細胞は、二種類に大別される。多能性幹細胞と組織幹細胞である。多能性幹細胞は、あらゆる細胞へと、分化可能である点に、特徴がある。最先端医療として、研究・開発の進む、ES細胞およびiPS細胞は、この多能性幹細胞にあたる。一方、特定の細胞にのみ、分化するのが、組織幹細胞である。上記の造血幹細胞は、こちらに属する。これは、血液成分の供給へと、特化した幹細胞である。
私見:
どうやら、『真実(File No.919, 920)』以降のモルダーは、指名手配犯として、潜伏生活を強いられてきたらしい。その様子は、すっかり、尾羽打ち枯らしている。それが、一転、指名手配の取り下げを、交換条件として、FBIの捜査協力要請に、応じる事となる。モルダーの殺人罪は、所詮、濡れ衣に過ぎない。裁判記録さえ、存在しないのである。FBIによる指名手配は、あくまでも、空手形であったのだろう。
たとえ、今回の事件が、発生しなかったとしても、モルダーは、いずれかの時点で、必ずや、潜伏生活への終止符を、打っていたに違いない。二〇一二年十二月二十二日は、もうそこまで、迫っているのである。地球外知的生命体による地球入植が、決行されるその日を、ただ座して、迎えるモルダーではない。しかしながら、一方のスカリーにしてみれば、それは、できうる限り、回避したい事態であった。
FBIの捜査協力要請を、モルダーに仲介したのは、他でもない、スカリーである。モルダーとは、もはや、ただの仕事仲間ではない。寝食を共にする、文字通りの一蓮托生である。だからこそ、長年の潜伏生活によって、疲弊していくモルダーを、見かねたのであった。実際、久しぶりの捜査活動によって、モルダーは、みるみる、生気を取り戻していく。しかしながら、スカリーの本心は、暗中模索の苦闘へと、再び、没頭していくモルダーを、引き止めたくてならなかったのである。
私達の家庭に、闇を持ち込んでほしくない――真実を欲するあまり、泥沼へと陥っていくモルダーに、スカリーは、そう懇願する。モルダーとの同棲は、結局のところ、人目をはばかる、日陰の生活に過ぎない。しかしながら、スカリーにしてみれば、それでもなお、ようやくに得られた、平穏な家庭であった。スカリーは、医師としての再出発を、果たす事で、X‐ファイル課での暗黒時代に、決別を告げた。おそらくは、モルダーにも、第二の人生を、見い出してほしかったに違いない――共に歩んでいける、平穏無事な余生を。スカリーは、X‐ファイルによって、散々、翻弄されてきた。その傷心を踏まえれば、モルダーへの懇願も、無理からぬところであろう。
とはいえ、モルダーにしてみれば、超常現象の調査・解明は、人生そのものである。実際、一旦は、スカリーの懇願を、はねつけている。しかしながら、今回の事件を経て、スカリーが望むのであれば、一切、放棄する覚悟へと至る。その覚悟を、告げられた瞬間、スカリーは、確信したに違いない――たとえ、いかなる悪路であろうとも、自分の人生は、やはり、モルダーと共に、歩んでいく道だ、と。
ひょっとしたら、実際のところは、スカリーもまた、モルダーと同様、自分自身の砦へと、立て篭もっていたに過ぎなかったのかもしれない。傷心ゆえに、過酷な現実よりも、仮初の平穏を、選択してしまった。しかしながら、それは、モルダーばかりでなく、自分自身からの逃避をも、意味する行為である。そうした自己矛盾を、スカリーは、ようやく、直視できたのではないか。実際、今回の事件を経た、その表情は、一転、晴れやかなものであった。
モルダーと共に、歩んでいく以上、その道程は、決して、平坦ではあり得ない。しかしながら、たとえ、暗中模索の苦闘へと、逆戻りしようとも、諦めさえしなければ、必ずや、光明を見い出せる――クリスマンの助言もあって、スカリーは、ようやく、傷心を乗り越えて、その心境へと、至ったのではないだろうか。
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