これからはもう、誰も信用できない。
フォックス・モルダー
あらすじ:
深夜のテネシー州に、突如、UFOが出現した。警察官を含む、複数の目撃証言が、報告された上に、発砲事件まで発生する、一大騒動であった。中でも、トラック運転手・ランハイムによる発砲事件は、UFOとの接近遭遇を、示唆していた。ランハイムによると、その発砲は、UFOと共に、姿を現した、正体不明の生物から、身を守るためだった、という。しかしながら、モルダーとスカリーが、捜査を開始した矢先、謎の圧力で、ランハイムは、釈放されてしまった。
モルダーは、ディープ・スロートの情報提供で、数日前、イラク空軍によって、UFOが、撃墜された事を知る。その墜落地点は、トルコとの国境を監視する、NATO軍の活動区域であった。ランハイムは、NATO軍を介して、米国に持ち込まれた、UFOの残骸を、輸送していたのではないか――モルダーは、そう推理する。
File No.16(#1X16)
原題:E.B.E.
邦題:E.B.E.
邦題(テレビ朝日版):
戦闘機がUFO撃墜 消えた宇宙人の謎!
脚本:Glen Morgan & James Wong
(グレン・モーガン&ジェームズ・ウォン)
監督:William Graham(ウィリアム・グラハム)
備考:
・原題および邦題は、Extraterrestrial Biological Entity――つまり、地球外生命体の略称である。
・今回、モルダーの情報源として、自費発行の新聞で、権力の不正を告発する、私立組織のローン・ガンマンが、登場する。その一員である、メルヴィン・フロハイキを演じる、トム・ブレイドウッドは、実は、専業俳優ではない。そもそもは、『X‐ファイル』の第一助監督こそが、ブレイドウッドの本業なのだ。
ブレイドウッドは、『ザ・ムービー』と『真実を求めて』の劇場版二作にも参加する、熟練の助監督である。
・イラク/トルコ国境にて、墜落したUFOを、米国へと輸送した、と、されるのが、NATO軍である。その正式名称は、North Atlantic Treaty Organization――日本においては、北大西洋条約機構、と、訳される。
NATOとは、米国を中心に、カナダや、西欧諸国が加盟する、軍事同盟である。そもそもは、ソビエト連邦(現・ロシア)に代表される、共産主義勢力に対抗すべく、一九四九年、締結された。しかしながら、一九八九年の冷戦終結後は、テロリズムや、地域紛争を、新たな脅威とみなして、その解決に、尽力している。
・モルダーが、米国政府の隠蔽体質を糾弾する際、ウォーターゲート事件と共に、挙げるのが、イラン・コントラ事件である。これは、一九八六年に発覚した、米国政府の一大醜聞であった。米国政府は、テロリズムを非難する一方で、秘密裡に、その破壊活動を、支援していたのである。
発端は、海外活動中の米兵が、テロ組織・ヒズボラによって、拘束された事件であった。米国政府は、人質解放の交換条件として、イランへの兵器輸出を、提示する。イランは、ヒズボラの支援国だったのである。それもあって、米国議会は、イランへの兵器輸出を、全面禁止していた。にもかかわらず、米国政府は、議会承認を得ずに、密売という形で、イランへの兵器輸出を、開始したのだった。そればかりか、兵器密売の利益を、中米・ニカラグアにて、活動を行うテロ組織・コントラの支援に、あてていたのである。コントラは、共産主義に傾倒する、ニカラグア政府に対して、ゲリラ活動による抵抗を、試みていた。冷戦下において、共産主義を敵視する、米国政府にしてみれば、コントラの興廃は、看過できないものだったのである。
イラン・コントラ事件は、一部の官僚・軍人による、暴走行為として、終結した。しかしながら、その真相は、現在もなお、不明のままである。
私見:
モルダーとスカリーは、UFOの残骸を、追跡する代償として、盗聴・尾行による、何者かの監視下に、置かれる事となる。相手の正体すら、判然としないまま、両者は、ただただ、漠然とした恐怖と、戦わざるを得ない。あるいは、両者にしてみれば、これまでに対峙した、どの超常現象よりも、捉えどころのない、捜査活動であったかもしれない。
確かに、存在するにもかかわらず、核心には、決して、到達できない――それこそが、陰謀の特質と言える。その意味で、陰謀には、超常現象と、相通じるものがある。異なるのは、それが、大多数を欺かんと、一部の権力者によって、人為的に、仕組まれている点だ。二重・三重の煙幕が、張り巡らされた陰謀は、その実体ばかりか、黒幕の正体さえ、覆い隠してしまう。外部から、窺い知る事ができるのは、おぼろな輪郭のみである。
そんな陰謀を、実体を伴う、現実的脅威として、具現化する役割を、担っているのが、ディープ・スロートの情報提供なのだろう。歴史の表舞台に、決して、浮上しようとせぬ、陰謀の黒幕、そして、それを暴かんとする、モルダーとスカリー――ディープ・スロートは、その境界に立つ、いわば、仲介役と言える。しかしながら、それゆえに、灰色の部分もまた、存在する事は、すでに、『堕ちた天使(File No.09)』にて、示唆されているところである。
にもかかわらず、ディープ・スロートを信じるあまり、モルダーは、提供された情報を、警戒する事なく、鵜呑みにしてしまう。それを説得する、スカリーの姿は、『序章(File No.00)』との対照を、なすかのようだ。『序章』では、予想外の事態に、動揺するスカリーが、科学的裏付もないまま、モルダーの仮説を、受け入れようとして、むしろ、諭されたものだった。UFOとの接近遭遇についても、同様である。『序章』においては、あたかも、鼻で笑うような反応であったものの、今回は、率直に、その可能性を、モルダーに尋ねている。
私が、信頼できるのは、あなただけよ――これは、ディープ・スロートを過信する、モルダーに対する、スカリーの告白である。X‐ファイルの調査を通じて、育まれてきた、モルダーとの信頼関係こそが、スカリーの変化を、促したのであろう。その人間性を、尊敬するゆえに、自分もまた、モルダーのように、より誠実でありたい――スカリーは、そんな願いを、抱くに至ったのではなかろうか。だからこそ、モルダーの説得にあたって、その精神的弱点をも、臆せずに、指摘したのであろう。それは、モルダーとの信頼関係を、崩壊させかねない、一種の賭けであった。にもかかわらず、スカリーが、あえて、それをしたのは、逆説的であるものの、モルダーとの信頼関係が、あったればこそに違いない。スカリーにしてみれば、モルダーを、ただただ、盲信する事が、その信頼に、応える術になろうとは、どうしても、思えなかったのであろう。それをすれば、モルダーばかりか、自分自身をも、欺く事になる――スカリーは、そんな危機感を、抱いたのではあるまいか。
結果として、モルダーとスカリーの信頼関係は、以前にも増して、強固なものとなった。しかしながら、裏を返せば、それは、両者が、また一歩、抜き差しならない、孤立無援の窮地へと、踏み込んでしまった事を、物語ってもいる。
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