私の謎は、決して、解答を得られない。
ダナ・スカリー
あらすじ:
フィラデルフィア州西部にて、ジョセフ・カトラーという政府職員が、殺害された。
カトラーの事務所において、発見されたそれは、いわゆる、バラバラ死体であった。しかしながら、刃物によるものではない。断面からすると、どうやら、力任せに、引き裂いたものらしい。そればかりではない。被疑者は、カトラーの頭部を、ごみ箱に遺棄した上、両腕を持ち去っていた。
カトラーは、住宅都市開発省の担当者として、路上生活者の強制退去を、指揮していた。その報復として、殺害された可能性は、否定できない。
モルダーと共に、事件現場へと到着した矢先、スカリーは、急報を受け取る。それは、兄・ビルからの電話連絡であった。なんと、最愛の母・マーガレットが、心臓発作に倒れた、という。
File No.1004(#1AYW02)
原題:Home Again
邦題:バンドエイド・ノーズ・マン
脚本/監督:Glen Morgan(グレン・モーガン)
備考:
・原題は、“再帰”の意。その原題が、公表された当初は、『ホーム(File No.402)』の続編ではないか、とも噂された。
・モルダーは、事件現場での指紋採取にあたって、ポリヴィニル・シロキサンの使用を、提案する。
ポリヴィニル・シロキサンは、シリコーンの一種である。通常は、粘液状であるものの、触媒によって、ゴム状に硬化する。その性質を応用して、歯科においては、歯型の採取に、利用される。
・捜査開始にあたって、モルダーが、まず、着目したのが、事件現場の近隣に描かれた、ステンシル・アートであった。
ステンシルは、“型染”の同義語である。型紙を使用する事で、塗料さえあれば、同一の絵柄を、何度でも、複写できる。主用途としては、版画や、染物への応用が、挙げられる。
・今回の事件捜査は、証拠物件の鑑定にあたって、後方散乱電子像および振動分光法を、採用する。
物質の性質として、電子の照射を受けると、それを反射(後方散乱)する事が、挙げられる。その反射電子を、専用の顕微鏡によって、捉えたものが、後方散乱電子像である。反射電子の数量は、物質によって、変化する。その反射電子量を通じて、鑑定対象物の組成を、分析するのである。
一方の振動分光法は、光線をもって、鑑定にあたる。物質の構成要素・分子は、それぞれの性質に応じて、振動しながら、変化を続ける。その運動を、赤外線などの光線によって、解析する事で、成分分析に代えるのが、振動分光法なのである。
・看病中のスカリーは、ふと、マーガレットへの点滴が、高張液である事に気付く。
細胞の内外にあっては、体液の濃淡に応じて、水分移動が生じる。これは、水分以外を遮断する、細胞膜の性質に、由来する。細胞膜は、細胞内外の体液濃度を、均一化すべく、水分による希釈を、図るのである。こうした作用を、浸透圧という。
その濃度において、浸透圧を上まわるのが、高張液である。高張液の点滴効果としては、細胞内の水分を、全身に循環させる事が、挙げられる。しかしながら、急激な投与は、細胞性の脱水症状を、生じる事にもなりかねない。
私見:
バンドエイド・ノーズ・マンは、廃墟の暗がりにて、生を受けた。その犯行が、夜間および日陰に限定されるのは、おそらく、そうした生い立ちゆえであろう。あるいは、カトラーの殺害にあたって、防犯カメラによる撮影を、妨害したのもまた、他者の視線を、嫌っての事であったのかもしれない。少なくとも、捜査妨害の目的では、なかったはずである。たとえ、その姿形を、撮影されたところで、バンドエイド・ノーズ・マンが、逮捕される事は、決して、あり得ない。バンドエイド・ノーズ・マンの正体は、ただのステンシル・アートに過ぎないのである。
バンドエイド・ノーズ・マンの作者・トラッシュマンは、世間一般にしてみれば、無名の芸術家に過ぎない。しかしながら、その作品は、あらゆる歴史的芸術を、凌駕するものであった。トラッシュマンの創作物は、生命を得て、実体化するのである。とはいえ、あくまでも、一時であるらしい。トラッシュマンによれば、一定時間を経ると、消滅する、という。唯一の例外が、バンドエイド・ノーズ・マンである。ひょっとしたら、それは、生みの親に加えて、路上生活者という育ての親が、存在する事に、起因しているのかもしれない。
バンドエイド・ノーズ・マンは、そもそも、路上生活者対策への問題提起として、創作されたはずであった。にもかかわらず、トラッシュマンの意思は、曲解された。その結果、バンドエイド・ノーズ・マンは、不毛の殺戮者と化してしまう。路上生活者との利害が、一致しない人々を、有無を言わさず、血祭に上げていくのである。にもかかわらず、一方の路上生活者は、バンドエイド・ノーズ・マンによる殺戮を、黙認する。それどころか、行政の横暴に対する、唯一の抵抗者として、英雄視さえしていた節がある。おそらくは、そうした期待に、自分自身の存在理由を、見い出してしまった事が、幸か不幸か、バンドエイド・ノーズ・マンの生命を、長らえたのであろう。
路上生活者の守護神として、役割を果たしたバンドエイド・ノーズ・マンは、跡形もなく、消滅する。しかしながら、路上生活者への圧力が、再び、生じぬ保障は、どこにもない。だとすれば、バンドエイド・ノーズ・マンの再来もまた、否定しきれないのではないか。
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