ロンダルキアへの洞窟は
15才14才のロトの子孫、王子王女が、今まで生きて来た中で最も苦しいと感じ、思い、反射反応した場所。
此処を歩んで行くのは心身共に傷ましい挑戦だった。

終わりの無い道への疑心暗鬼。
それが呪われた無限の道だと悟った後には、来た道をひたすら戻る徒労。
絶対に見えない落とし穴の、落ちた先にある強敵との激闘。
洞窟内の三人の心と体の疲弊は、目に見え音に聞こえそうな程に明らか。

この激しさに任せて、理性もロトの血もラダトームの血も、気力と共に我が身から遠い彼方へ消え去ってしまうのか。
三人は疲れた。それでもまだ終わらない洞窟。

辛い事、苦しい事、己の黒い歴史、走馬灯のようにローレシア王子の心を駆けて行く。
嗚呼、あの時ああしていれば。
物心ついた時から、この洞窟内に至るまで、己の様々な過去が走る。
大体この王子が楽しかった事、幸せに感じた事など、ローレシア国内に如何ばかりあっただろうか。
彼はこの旅を成功させ、ローレシアに戻り王になるのだが
彼のローレシアでの幸せと喜びは、その戴冠以外にあるのか。確かな何かが。
彼の幸せの手触りは、王になる以外にあるのか。

美男で、学問も良く為し、気高き王威と統率力を煌かせ、体も大きく逞しく、心も温か。
それを人に褒められて、ローレシア王子は嬉しかった。
何故ならその全てが、王に相応しいと言われるから。
王になる。
それはローレシア王子のスターに取って、国民全員を伴侶として生きていける道。
この国と生きて行きたい男の、揺ぎ無い幸せ。


そんなスター王子は女性も可愛がった。生きとし生ける女(雌、雌しべ含む)を皆。
しかしその身で可愛がる女は一人だけだった。最初に知った女をずっと。
この王子に性技、性戯を伝えたいとローレシアで準備していた女達は諦め、その一人の女に自らの技を教え引継ぐ有り様。
─王たる者、多くの女性をその身で等しく愛せなければ─
誰が言ったか。女達の諦めと引継ぎを知り得た者の談。
王になれば今後、女性一人だけの体を愛しては障りや滞りを呼ぶ場合もあろう。
何よりも、身を呈して房術の準備していた女が幾人も居たと知った王子は心を痛める。
この王子は人の配慮と心遣いを慈しみ、英雄色を好むで堂々のスケベなのだ。
スケベだが、幾人にも参るスケベではなく一人の女性だけにスケベだった。
─誠実で、女性一人を愛されるお方。そのまま妻を娶ってしまわれては─
すると今、スターを知るあの女だけがその座に収まる事になろう。
しかしあの女は王の妻になるなど拒むだろうし、拒むような仁義に厚い女だからスター王子も寵愛した。
思えば最初から、触れ合う前から別れは約束されていた男女である。
スター王子の黒い歴史、悔いは、今の事態を終わらせたのがその女だった事。
引き継いだ多くの技を王子に伝えた後に、女は結婚する。伴侶と死に別れた者同士、再婚同士だそうな。
自らの仕事を終え、王子の寵愛が醜聞として広がる前に女は消えた。
さすがスター殿下が愛でられた女だと。王子の寵愛を知る者はその女の判断力と素早さを讃える。
女は王子の乳母だった。王子は少ししか彼女の乳を飲まず、王家の作法や学問こそを教わった若い乳母の一人。
ローレシア城の臣だった夫と死に別れ、乳飲み子抱えて乳母となった、王子の教育係。
スター王子もラダトーム流の慣習と性教育のままに、最初は乳母の体から歩み出している。
まずは乳母達を総ナメにして行くかと思いきや、ずっと彼女だけ。
そんな彼女は、この身をスケベに愛してくれた王子と別れ、ローレシア城から遠く離れた新しい夫の居所へ嫁ぐそうな。
世話になった乳母が馬車に乗り嫁いで行くので、ロトの血を引く王家はそれらしく兵士の列で見送った。
その並ぶ列の中に居たのだ。鎧の王子が。
彼と同じくらい背の高い兵士を両隣にして、彼女を見送る。
瞼甲を上げて、目だけが見えている一兵卒の鎧姿。
両隣の兵士と、見送られる乳母以外は誰も王子だと気付いていない。
逞しい鎧姿の列は城門から庭園を経て、城下町に面する城壁まで続き、城壁を過ぎてから嫁ぎ先までは数人の兵士が乳母の従者に加わり供をする。
その兵士達の動かぬ壮観を、城下の子供が木に登り見詰めて居たのだが
「あっ、王子様だ!」
わあ、と。一人の子が城壁を越えて王子の隣に立った。乳母の馬車が、王子の目前を過ぎて間もない頃である。
「さあ、そなた様も並んで。一緒に見送ろう」
「はい!」
このやり取りを見ていた兵士達は、若い兵士の毅然とした、そして子供にも見送られる者にも思い遣りある行動態度にグッと来て、その子と若者に何も言わず直立不動。
馬車が遠く離れ城壁からも見えなくなり、兵士の列が役割を終えると、町の子供達がワラワラと城壁近くに溢れた。
人気の若い兵士と両隣の兵は最初から別働で、ついに若い兵士は一人で城下へ向かい、子供達と過ごしている。
「本当に王太子様だ」
子供から若者まで、この兵士は王子だと騒いでいるが、町の大人達は“まさか”と思い寄って来ない。
「兵士様ごっこ?」
「あぁ、似合うか」
と、若い国民と戯れている若い鎧王子。「似合うー」「戦うの?」子供達は問い続ける。
「御世話になった御人をな、見送った」
そう言って王子が兜を取ったものだから、その黄金短髪に町民達が騒然。
すぐには兜を装着しない王子。誰に見られても構わない風情で、悠然とした動きと眼差しの男。

この乳母への鎧姿は。お前の為に、俺は戦う準備があったと言いたかったのだろうか。
それとも形だけのご挨拶か。
本気を伝えたのか、ご挨拶か、それも全て終わった事。
ただ女の目に映った確かな王子の横顔は、兜の中で城下の子供を見詰める、鎧姿の優しい笑みだった。


間もなく15歳となる王子がこうしてただ一人の女を見送り、王太子戴冠のリハーサルが動き始めた頃、
「私との褥を、準備していた女子が居るとな」
これは失礼をと、王子はその女達のところへ行く。
その大切な女達、乳母やら召使いやらを一人一人訪ねた王子は、こう言われた。
「殿下、それはもう4年も前の事」
「私が心に決めて、ご準備致しましたあの頃の殿下は」
「恐れながら、少年ではなくなったばかりの初々しさで」
「貴方はもはや」
そう、男としてご立派になり過ぎなのだ。
これでは話が違う。抱かれたら違って来る。
「本当にご立派になられて」
そう涙ぐむ乳母も居るのだが、しかしそこは、一度はこの王子に抱かれようと決めた女達。
そして自分の立場や生活環境、性活心境の変わった女も居ない。
何しろ王子との関係を考えた時が、一番古い者は4年前、新しい者なら半年前だった。
ともかく王子は挨拶に(エロくも)来てくれたのだし、女達は嬉しそう。
更に彼はご立派な男だ。パッと見、外見、お体から。
そう、お体と言えば。
「私の体の事も、お考え下さいまし」
「あの時の様に、殿下をお迎え出来るよう清められては居りません」
そんなたくさんの女達の、時に生々しい、時に嬉しそうな言葉の数々を
「何を申すか」
の一言で蹴散らして行く(嬉しそうな女に対しては、これから始まるお楽しみの挨拶とする)スケベ美しい王子さま。

いけません、
そのような、
あーれー

と。王子は本当に、色々な女性の深いところまで戴冠前に挨拶に行った。
美女から醜女。どっしりした貫禄から枝のような軽量。
3歳上のお姉さんから30歳上の熟女さん。
怜悧、温和、端然、好色。女達は様々だったが、全員に共通点があった。
王子に敏感で、女の果てまで鮮やかに伝えた事。
(おぉ、そう来るか)
と驚きの経験や
(やぁ、女の人は凄いな)
とエロ感心と感動を経て、やっぱりスケベのレベルを上げる王子様だった。

そして戴冠リハーサルの最中、王になる直前に旅立つ王子。
ローレシア王太子に旅立ちを即決させたのは瀕死の男、ムーンブルクの兵士であった。
兵士による報告の後、王太子が臣を集めて即刻会議。
「最強の兵力を持って、邪神官を討つ」
最強の兵力とは。我が身とサマルトリアの王子だと王太子は言う。
ロトの血族と共に戦えば古の力は蘇ると。
スター王子旅立ちの挨拶は一度切り。国民を集めて、その逞しい腕を上げ宣言する。
「平和な世を、約束する」
そして歓声の轟音が鳴り止まぬまま出発。
今上の父や、ローレシア結界主である母など、御一人に対しての挨拶は数える程の御人とのみ交わし、急いで行く王太子。
国防の命を出しながら、城内から城下町を通り国境まで兵士達と歩いて行く次期大王。
それを見送る城の人々、町の人々。その中で、息を切らしながら王太子に近付く一人の女。
あの時、王子は身分を越えて自分を見送ってくれた。だから身分を越えて彼女も言う。
「スター王子、行ってしまわれるのですね。私は切のうございます」
この元乳母が王子に向かって、別れが切ないと初めて言った。
涙を見せたのも初めて。明るい往来のこれほど近い距離で、彼女の顔を見たのも初めてだった。
今までで一番魅力ある彼女だったが、これがかえって二人の、男女としての別れになった。
そして、この旅は身命を賭した旅なのだと王子は改めて姿勢を正し
「来てくれたか。行って参る」
そう言い、王者として旅立つ。
民から富と権力を与えられている男は、民の危機に真っ先に命を賭し旅に出る。
ローレシアの民に取って彼は最早、男でも少年でも青年でも王子でもなく、旅を成功させて帰還する予定の大王だった。

この旅立ち後に、王太子スターは変わる。
自分の敵は邪神官では無く、悪霊の神なのだと知って感じて、人間女を妻にする未来を消した。
ちなみに人間ではない“曾孫”には何度か求婚しているスター王子。
その都度「わしは女じゃないわい」と嫌がられ、こっ酷くフラれている。
配偶者があってもなくても産卵する身であり、自分は女では無いと言ってきかないその曾孫。まだ産気付いた事もない若い竜王である。
こうして竜に傷心しつつも、待つ人間女を作らず良かったと思う旅の王太子。
神を斬る旅を成功させ、王になって、その上人間と結ばれたいとは思えない王子であった。
破壊神を破壊出来る男は一人で王座に座る。栄光もそれによる苦労も、旅した仲間以外とは分け合うまい。人間の正妻も、血を分けた子も育むまい。
ただ王にはなりたい。残って欲しいこの道わが旅。
太陽のように温かく、月のように静かに、ローレシアへの帰路を想う次期大王だった。


旅立ったローレシア王子はムーンブルクの王女に出会うとすぐに、サマルトリア王子と共に三人で帰国している。
ムーンブルク王女と兵士の再会の為。
そして牢屋の鍵入手後も帰国し、ローレシア牢獄で地獄の使いと戦い、三人で勝利してもいる。
役目を果たせば、またすぐに旅立つスター王太子。
これらの折、サマルトリア王子とムーンブルク王女はこの国で優しい音色を耳にしている。
ローレシアから流れる旋律。曲名「王城」、作者知らず。
城で生れたとも町で生れたとも言われている、王子の曲だった。
「この国に生まれた私達は、王子様に愛されています」
「王太子の愛の優しさ、温かさは」
切ない程だと。この曲は王子に出会ったローレシアの民と、音楽家達の感想なのだと。
サマルトリア王子とムーンブルク王女の、ローレシア王子に対する思いと余情さえこの曲は表して、夕暮れの大国を風と共に穏やかに流れて行く。
この曲はローレシア王子に、国から愛されている自信を与えた。
音色は王子と国の、優しい愛の証。
勝利後の王子をも王として温かく迎えてくれるこの国とこの音に対し、王子は即位後も、王として力を尽くし応えて行く。


ロンダルキアへの洞窟内でも、ローレシア王子はその曲を贈られるに相応しい優しさと包容力を一度も失って居ない。
その迷い無い厚く広い背で、力強い王太子は何を背負っているのか。
どんなに苦しくても最後まで頼りになる御背中。その大きさに確かに付いて行くサマルトリア王子とムーンブルクの王女。
この背に比べ、私は何と…軽忽で模糊。
洞窟内ではサマルトリア王子の愕然も続く。自分がこんなに弱かった事を思い出したくなかった。
そして人生の恥ずかしい頃を思い起こすのは必定。
妹の方が王に向いていると、家臣からも国民からも判断され思われて来た2才上の兄貴が、どのような少年期を送って来たか。
「おにいちゃんのイジワル〜」
あぁん、と妹をよく泣かせた。
妹を思ってした意地悪だったろうか。本当の意地悪だったか。
「妹を虐めるな。思い遣りから辛くあたる事もあるだろうが」
父王からそう言われてしまう王子。
「強く言い過ぎました。しかしクインは私より強いそうで」
父の座る王座の前、グレているのかヒネているのか拗ねているのか、大人っぽい声で静かに、そして素早く言う幼い王子。
「王女は強いが王子より強いと言う事はない。何より自由が無い。虐めるな」
「自由…」
「そろそろ王子に言っちゃうか。サマルトリアの国防について」
サマルトリアの王オクトは息子のダイ王子に宣う、彼の妹クインの強さは神懸りだと。
父親である王自身、生れたばかりのクインを腕に抱いた時からそれを知っていた。
「サマルトリアにもしもの戦乱が訪れた時、遠征するのは私か王子だ。
 王女が残る。国内の戦闘力として」
やっぱり妹は凄かった。
「そんなクインより私の方が強いなんて、父上」
「だから王子は別働の強兵要員だっつーの。それに私からその答えを聞きたいか。
 己で見付けよ。ところで王子は将来何になりたいの?」
「魔法使いです」
「なんだ、王子はもう答えを知っていたか。
 ムーンブルク王を呼ぼう。まず魔法世界の第一歩を魔法大王から学ぶと良い」
サマルトリア王はのんき者でファニーをいつだって失わなかったが、炎のように猛烈な行動力で熱く事を進める時がある。
「父上、あの」
妹虐めが少しだけ香る幼い兄だが、さっきの話は妹が可哀想で、熱い父に流される事はなかった。
赤ちゃんのようなあの妹が、閉じ込められた兵器の如き身の上になって行くとは。
「可哀想と思ってくれるか。さすがに兄上だ。
 我が高祖父、勇者サンが3才で魔法使いの父上と共に戦場に赴いたのは知っているな。
 幼い子が戦場へ征く姿を断腸の思いで見送り、帰る家を守ったのが剣士の母上だ。
 戦乱時に家を守り、帰る場所となるのは女だと定めたロトに、このサマルトリアも倣う」
家を守る女性、最初はロトの武闘家から始まっていると王は言う。
ロトを壮年勇者オルテガと定めた場合、その妻に当たる女性である。
その武勇たるや。ロトの妻はロトの父と共に、ロトの故郷に出張って来た大魔王と戦い、その故郷を守ったと伝わる。
大魔王と戦った唯一の女性とも言わるが、“ロトは女勇者説”また“ロトと共に大魔王の城で戦った女勇者居る説”を加味して、大概は大魔王と戦った最初の女性と呼ばれる武闘家。
魔法を使えぬ神懸りの強さ、クインと似たタイプの戦闘員。オルテガの子を産んだ母。
「外へ行く自由は無いが、女の戦いがそこにある。誰もが戦いに備えて行く。
 我等は国を守る王族であり、ロトの子であるぞ」
この父王の言葉と、ムーンブルク王の授業、そして王妃を亡くし嘆き悲しむ父王を最も慰め労わった妹の姿を見た後、サマルトリア王子が妹を泣かせる事はなくなった。
サマルトリア王オクトはスライム二匹に苦戦する非戦闘員である。
それでも遠征要員になってる王。出掛けてもただ死んじゃうだけではないか。
そう、実際に強さは物を言って、邪神官討伐時にお留守番になってしまう王。
明るいファニーだからこその戦えぬ可哀想さはヒリ付く程で、父へ反抗するとか仲違いが起こるとかは無いダイ王子。
しかしこの父、「くっすん」とした時だけ強かった。
王妃の喪中の日々は、オクト王によって嵐が起こりそうで(バギクロスである)、落雷が起こりそうで(ギガデインである)。
この荒れ狂う王の悲しい魂ごと、落胆と共に滅んじゃいそうだったサマルトリアを優しく救ったのは、娘のクイン王女であった。
謎めく嵐と落雷の予兆と言う悩みが増えつつも、悲しみ苦しみは内に秘め、耐えて、国防を考え亡き妻を想う王。
そんな座る父王にクインはちょこちょこ近付き、高祖父勇者サンに良く似た王の赤い髪や、大きな背や、厚い手を撫で撫でして、
「ちち上はお強いです。泣かないで」
と慰め、悲しい嵐と落雷を未然に防いでいる。
この父娘による…国防と愛と超人勇者振りを見た時、ダイ王子に未来が訪れた。
“嵐と落雷は王の深すぎる悲しみが原因であり、王が明るく未来を見出せた瞬間に収まるのではないか”
それを発見、王本人に報告したのはダイ王子。
王子はこの時まだ幼名のスケサンだったが、初めて国の政策に関わる発言をし、幼名のままで名を上げた。
この報告を受けた王の下命により幼い兄スケサンは幼い妹クインと共に出世し、父王は最強兵力になっちゃうのである。
だがサマルトリア王。運もあったのか、これ以降ずっと弱い。
自在に力を出せない非戦闘員であり続けて…
ハーゴンと破壊神が倒されて王子達の旅が終わった後、ローレシア王子より強くなる。
サマルトリア王の新しい儘ならなさ“要らん時に強い”が発動するのだ。
これによって即位後のローレシア王スターは「私より強い御人が居る」と、心強くも妬けてワクワクするのだ。
このアホ臭いほど弱くバカバカしいほど強い父と、千の兵力に勝る戦闘力より精神と勘と労わりの方が強靭な妹を見た時に、自分の道が見えたダイ王子。
妹は兄の事が好きだから、兄のちょっとした意地悪で泣いちゃう事も知った。
意地悪に悲しんだのではなく、お兄ちゃんが意地悪するから悲しがっていたのだ。
今までをごめんする兄。涙を忘れてもじもじする妹。
「わたしも、いっぱい言う事きかなくてごめんなさい。おにいちゃん」
「良い子だ。でもクインが謝らなくても良いんだよ。生意気だぞ」
「あぁん」
でももう、妹は泣きません。
この官能的サマルトリアの三勇者は、ロトの明るい部分と色香を受け継ぎ、勇者サンに似てオクト王とクイン王女は体が大きかった。
兄ダイは妹クインに身長を抜かれ、抜かれた幼少期以降、妹が兄より大きいまま。
これも短躯の兄の心に影を落としていたろう。15才の兄が見上げる13才の妹となる。
13才の王女は処女のままロトのセックスシンボルと呼ばれ、吸い付きたいムチムチプリンプリンだと老若男女に騒がれる成長を見せる。
オクト王の人生の中、爽やかな朝に最もゴクリとさせられたのは我が娘であるとか、
ダイ王子が人生最初に性的興奮を覚えたのは我が妹であるとか、
父と兄の二人の男に、墓まで抱いて行く恥ずかしい秘密を持たせてしまう王女クイン。
これがいつまでも赤ちゃんのような雰囲気を失わず、忘れかけた頃におはようのチューを父と兄に繰り出して来るので、男達(父兄)はヒーハー。
オクト王はスライム三匹にコテコテに負ける可哀想を備えているが、ザ・王様の貫禄があり、ローレシア王子の隣に立って見劣りしない雄々しい王でもある。
体躯、風貌、挙動も堂々として、赤髪や赤髭は勇者サンの生き写しと呼ばれる男。
サンとオクトの両者は野性味あるセクシーを持ちつつ迫力の容貌顔貌だが、サンよりオクトの方が顔は男前で、体はズングリしている。
同じガチムチでも9頭身かつ均整の取れた体のサンに比べると、オクトはまさにズングリムックリ。
そして生涯王に成らなかった勇者サンに比べて、王子生活と王生活の長いオクトはそれだけでも足元が重い印象のある男だった。
ひょうきんなら、オクトはサンに勝っているのに。
だが竜王の曾孫にひょうきんで勝てるか、サマルトリアの王。
将来、その竜王の曾孫に「アーサー」のあだ名を付けられ「カックイイのう」と言われるので、オクト王はかっくいい男なのかも知れない。
曾孫からのあだ名、ローレシア王子は「もょもと」で、サマルトリア王子は「トンヌラ」なのだから。
もょもとにカックイイなんて言うと、すぐ求婚して来よるから言わん竜王。
そしてトンヌラはカックイイとかカックイクナイとか、そんなじゃない。トンちゃんはトンちゃん。
だがそのトンちゃんたら、思春期を迎えたらモテてモテて。
飄々とした知性と逞しさ力強さがあり、恋に積極的な王子様だからか。
セクシーな父、オクト王が震える程モテまくり。
王はセクシーな割にモテようと頑張らないのだが。死んだ王妃に基本ほっこりしてるし。可愛ゆい奥手の王でもある。
奥手の王だが急に教育熱心で、ムーンブルク王を呼び寄せて息子と娘に勉強させたりはする。
そして代々サマルトリア王子もラダトーム流の慣習と性教育のままに、最初は乳母の体から歩み出すものなり。だから
「うむ、王子はどの様な教育を受けるものぞ」
と、でっかい王様が乳母達の教育内容を確認し出した。どんな確認かは、それはそれは。
乳母達は張り切り、少年時代へ還った王が「うむ、今風になるものだな」と素晴らしく清々しく納得。
王子にその乳母達のお仕事を絶賛施行しようとしたところ、ダイと名を改め成人した王子は乳母以外の体で既に歩み出していたそうな。
「え!?」
びっくり王に、テヘペロ王子。
「私はほっつき歩いて、いけませんね。
 父上の思し召しに背く事になるとは、お心遣いを存じ上げなかったとは言え申し訳も」
「私の苦労を、お前、王子!」
果たして、あの日々は苦労だったのか王。お顔がポッとしてる。
王子のお相手は乳母の子とか。つまり乳兄妹。一才年下の女の子。
「妹…」
王は何だろう、何か言いたいのだろうか。「妹属性なんだね」かしら。
「ギクー。陛下、我が乳兄妹ゆえ」
「ギクーとはなんだね王子。うむ、深い意味はないのだ」
「娘は」
王子は何だろう、何を言っているのだろうか。「陛下は娘属
「ギクー」
「ギクーとは父上。私はその様な」
つまり、エロお話をグイグイする親子であった。今日のお話は近親の、それはそれは
「お二人で、ひそひそお話をしています」
とクインが楽しそうに父兄の秘密王室にやって来ると、その父兄はコント撤収の如き大騒ぎ。
この肉体的歩き始めのずっと以前から、無論その後も、女の子にモテ続けるダイ(以前のスケサン・後のトンちゃん)と言う男。
色香やモテは、美しさや長身が最後の決め手では無い事を見せ付けたまま一人旅立つ憎い王子となるのだった。
「お兄ちゃん、わたしも連れてって」
「駄目だよクインは」
「お兄ちゃんのイジワルぅ」
王女は旅に出たいからイヤイヤしているのではない。兄に会えなくなるからイヤイヤしているのだ。
彼女は自分でそれを解っている。それを口に出してはいけない事も。
自分達は妹と兄。だからこそ言えない想いがある。
「元気で、帰って来て下さいね」
言いながら妹クインはちょっと泣きそう。でも頑張る妹です。
大柄な妹の瞳と胸元が眩しくてしかたない兄。それを態度にすら出してはいけないと知っている兄。
「うん、帰るよ。クインのもとに」
スレスレの色気を見せるモテ兄貴。それにびっくりする妹。
「イヤ。お兄ちゃん色っぽいです」
「旅の挨拶だよ。イヤならクインのところにだけ帰らないぞ」
「あぁん」
なんだかいつも通りで、最後には明るくバカバカしく別れる兄妹。
そして旅行く兄貴はのん気もんなのだ。
(広い世界を旅する事になるだろう。クインより眩しいと感じる女性にも会えるさ)
果たしてそんな女性に会えるのだろうか。
待つ女を妹以外に作らず、さくさく遺書を残し、さらりと命懸けの、希望に溢れたサマルトリア王子の旅立ちだった。


魔法授業をしてくれたムーンブルクのフォース王も、幼少のサマルトリア王子に言ったものだ。
「妹御は可愛いでしょう」
その魔法大王の言葉に、コクリと頷いたサマルトリア王子。
意地悪して妹を泣かせていた事が…この王に知られていたとしたら、王子はもの凄く恥ずかしかった。
少年ながらに、他国の憧れの王を前にして悔改めたい心持ちで沈んだ。
「彼女達を守る為、ロト王族の男子はいつでも旅立てるようにしなければね。
 私にも娘が居ます。可愛く思うものですね」
恥ずかしそうに爽やかに笑うフォース王を見た時に、サマルトリア王子は思った。
(陛下の王女も、戦乱時に力を? お城をお守りするのですか?)

そうである。ムーンブルクのミスリー王女もそうだった。
旅立つ父フォース王を待ち、しっかりと城を守る王女勇者になる筈だった。
しかし父王がハーゴン戦により城内で倒れ、その城が落ちた時、女勇者はどうして行ったのか。
そう、彼女こそがハーゴンに挑むムーンブルクの急先鋒。最強の尖兵となった。
犬の身だろうと最前線で、生き抜いてワンワンワンワン。
諦めず、世を捨てずに居たら、王子二人に出会いクーンキューン。
体が大きくゆったりとしたローレシア王子に、国へと招かれた王女。
そのローレシア国で叶った、ムーンブルク王女とムーンブルク兵士の再会。
「生きていたの……」
王女は両手で顔を覆い泣いた。
彼は悪魔神官に喉を斬られ声を失っていた。
ハーゴンも悪魔神官も元人間。人間だったモンスターの攻撃は呪文で傷が癒えないと言う。
ムーンブルク壊滅を伝える言葉が、彼の最後の声となった。
ハーゴンと戦っていた戦場での父を思い出す王女。
父の傷も、ハーゴンから受けたものは一切回復していなかったのだ。
戦場で父の手当てをして、あれだけ側に居たのに気付けなかった。
父と、目の前の兵士。ムーンブルクの強さを王女は思った。
「貴方の働き、父王も誇りに思っておいででしょう」
兵士に伝えた王女。
その王女への返事を紙に記す兵士。その内容はムーンブルクの未来を謳っていた。
ムーンブルクは滅んで居なかったのだと、王女は最初にローレシアで知った。

憎きハーゴン。
しかし王家の人間は政治を、バランスを忘れてならないと王女は心している。
ハーゴンは敵と定めた。しかし人間ハーゴンの縁者は罪無しと。
憎むだけでは無く、許しと未来への歩みをどうしても持ちたかった。
ハーゴンの縁者に…自責による苦しみや、遺恨から新しい戦意を抱かせない為に。
そして誇りあるムーンブルクの為に。
そんな心のミスリー王女が旅路で出会った、一人の男。
灰茶色の瞳と長い黒髪の異人、デルコンダルの王。
ムーンブルクを襲撃したハーゴンの事を、ムーンブルク王女が宥めたい程に怒っている王。
王は邪神官ハーゴンと最初に戦った存在。その戦場で死に掛けの傷を負っていた隙にムーンブルクへ行かれた。
この血だるまデルコンダル大帝こそが、ハーゴン襲撃後のムーンブルク国に取って最初の援軍であり、血生臭い体で飛んで来ては邪教の魔物を国から追い払った、現在のムーンブルク結界主。
魔法と武力の元血塗れ王は逞しい体でベッドに座り、今は血みどろではないその亜麻色の肌を見せながら王女に言う。
「この体も若さも偽り。何百年も生きて、欺きが上手くなりました。
 私は盗賊だったのです。最初はその犯罪の為に声色を使って、演技をして。
 しかし、貴女には暴かれてしまう宿命だったでしょう。
 王の振りをしても無駄で、逃げ足を使ったところで」
「追い掛けますわよ」
と、同じく裸のミスリー王女はシーツに包まって、座る大王にコロコロぶつかって来る。
「貴女の手の平の中だ。逃げ切れない」
と、不世出の美しさながらその美貌すら凌駕する鋭さ凛々しさの大王カンダタが、王女に妖しく笑みを見せる。
カンダタは盗みの為に、人を欺いたり、騙したり、嘘を吐いたり、攻撃して来たと言うが。
「どうして、陛下がその様な」
王との肌の振れ合い、擦れ合いで、魂ごと舞い上がりそうになる心地良さに堪えながら息苦しそうに王女は言った。
「人間の事が知りたかったのでしょう。もう昔過ぎて、それと定かではありません。
 人の事、今でも未知があるのに。若い身空で無理をしました」
人であり、長く生きた仙人であるカンダタがそう言う。
「貴女はどうしてここに」
と、裸の王は裸の王女にまた笑顔。
「どうしても」
そう問い答える笑顔同士の、気持ち良さそうな男女だが。
男は、破壊神の生贄第一位筆頭デルコンダル王。常時ハーゴンから遠隔で狙われている。
このヌクヌクの交わりを遠隔からハーゴンに感じ取られても、二人は恥ずかしくないのだろうか。
否、これは確実なお楽しみでありつつ、淡い牽制でもある。
滅びと破壊に向かうハーゴンに、温もり合う良さなんて感じて貰えたら。
しかし男女と言えども、ずっとくっ付いてばかりも居られない。それぞれの場所へ、戻らなければ。
デルコンダル王はムーンブルク王女のラーの鏡を手に取り、素肌の自分を映して見せた。
鏡に息衝くカンダタは一匹のドラゴン。ドラゴンの歴史上、最大の龍。
ただ、人間の姿もカンダタの本性なのだろう。鏡に映るのは龍だが、鏡の外のカンダタは人のまま。
王女がラーの鏡に照らされた時の様に犬から人へ…つまり人から龍へ戻る事はなかった。
「俺の鱗が見えますか」
「はい」
ベッドに座る王の逞しい肩に背後から指で触れ、包まっていたシーツも落とし、緊張の面持ちで鏡を覗く王女。
「私はロトの旅をドラゴンクエストと名付けています。
 すると子孫の勇者サンも旅をして。
 ロトはヒドラの王と戦い、サンは竜王と戦った。
 だがこの鱗を見るに、私は自身の旅も意識下にあってそう名付けてしまったのでしょう。
 いつまで経っても、自意識過剰の嫌われもんです。お恥ずかしい。
 貴女はどのような旅をなさるのでしょうか」
「陛下はまた、ご自分を意識下に置かれました」
「なぜ?」
「私の旅が、陛下無くして語れましょうか」
「そうか。私はハーゴンを育んだ老師、遠い昔の父親」
「それだけではありません。そうでもありますけれど」
もっと抱いて下さい、離さないで。と、王女は王に言った。
こうしてムーンブルクとデルコンダルの国交は、王女と王の深い交わりから始まっている。
ロトの好敵手だったカンダタが国を建て王になり何百年も生きた後、最後に触れる人間女性がロトの血を引く王女であった事は宿命だろう。
生れも育ちもデルコンダルのハーゴンと、ムーンブルク王女が処女の体で交わった点が、ハーゴンより何世代も遡ったデルコンダル高祖の体であった事もまた。

思えば、恥の多い旅である。
ハーゴンに犬にされた身で、落ちた我が城を後にし。
辿り着いたムーンペタで、父の面影にクンクン。
城は壊滅したが、父王は相打ちでハーゴンを倒したのだ。
しかしムーンブルク落城後に、邪悪に呪われたモンスターが世に出現し始めた。
(ハーゴンは滅んでいないのか)
犬の王女はキュンキュン考える。
父のメガンテでハーゴンが灰燼に帰した後、ムーンブルク城内のモンスターは邪教の力を失ったように見えた。
ハーゴンの力で犬になりかけていたこの身も、父のメガンテで一度変身の進行が止まった。
だが今こうして、犬で居る。それはハーゴンが滅んで居ないからか、邪教が継がれたからか。
結界主の黒王(デルコンダル帝。怒りの黒い影)が一匹残らず追い出したモンスターのその後は確認して居ないが、他のモンスターと同様に邪教の力を取り戻したのか。
この恐ろしい世で、霞の様に消えた黒王はご無事だろうか。
あぁ、父を守り切れず、黒王には助けられただけで、ハーゴンの息の根を止める事も出来なかった自分かと。
犬型王女の猛烈な自責の念。この物想う毛並みの前に、二人の王子は現れたのだ。
ラーの鏡で人間に戻り、戦える身に戻して貰ったのは嬉しかったが
みっともなく痩せた、みすぼらしい女体を二人の王子とムーンペタに居た兵士に晒し。
そしてローレシア国に手厚く介抱され生き残っていた兵士と再会し、二人の王子の前で隠さず泣きじゃくり。
黒王の正体も、ハーゴンの呪いの所為でデルコンダルに縛られていた人間だと知った。
復活に時のかかる亡骸となりハーゴンは死んだが、フォース王のメガンテ直後に魂だけは蘇らせ、カンダタはムーンブルクから霞の様に消えて強制帰国させられた。
カンダタがデルコンダルから出られない時は、ハーゴンに生命力がある証。
ハーゴンは破壊神召喚とその増強の為、デルコンダル王を生贄にしようと画策している。
しかし黒王カンダタは生きて実在し、初戦から今現在も遠隔魔法でハーゴンと戦っていた。
これを犬の王女は知らずにいた。ここにあった無知の恥。
デルコンダル王と再会の抱擁を交わし、王子達の前でまた泣きじゃくった王女。
その後にもっと抱擁し合ったデルコンダル王との密か事も、王女自身の表情からすぐ二人の王子にバレて。
こうした取り取りの恥ずかし達。これ以上の恥はこの洞窟で絶対に避けたい王女。
辛くて「旅をやめたい」とか。
この洞窟から逃げ出しても安楽に暮らせるように「都合の悪い記憶だけ消したい」とか。
心や体に反し、意思や意志に反して、呪われた様に叫んでしまったらどうしようと、王女は恐れていた。
嗚呼、今までずっと恥を披露し続けてしまったお相手、王子お二人は巨大だとこの洞窟でもミスリー王女は痛感している。
国の為、世界の為、即座に旅立てるよう心して生きて来た王子勇者の迫力。
守る地を無くした王女勇者の進む道を精一杯援護してくれ、滅びの傷を庇い思ってくれて。
ただただ、男の人って強いのねと思う時も。一人の王女は二人の王子に圧倒されて来た。
今は恥を避けるだけの意地でも良い、この洞窟を出るまでは持続して欲しいと思う王女。
出来る事なら、私がお二人をお助けしたい。流石に、この洞窟では無理かしら。
ただ、ムーンブルクの王勇者フォースの息女として恥じぬよう二人に付いて行こう。何としても。
苦しい時はデルコンダル王を思い出し(嬉しゅうございます。ポッ…)と頬を染め、生の喜びと実感を取り戻したりする王女。
男性を知った時の、あの驚きも思い返し「ポッ」。
あの余韻の深さと御名残り。嬉し恥ずかしの、この体の奥も表面もまだ抱かれているような。
遠く離れても、旅を始めても
(貴方、私とお出掛けしますの?)
と。自らの女体に問いかけたい様な、可笑しい幸せ。孤独と正反対の手触り。
勇者サンとの死別がどうにもこうにもピンと来なかった若いローラ王女が、そのピンと来なかった想いの謎が解けた時発した、心の声に似ていた。
(貴方、いらっしゃるのね)
勇者の死後に、勇者に似た人が自分の内に生きて居ると判明した時の、声にならなかった言葉。
生きて会っていた時間は数日の夫婦だったが、サンとローラは結局長い付き合いになる。
何しろサンは3才から戦士でありつつ、ロトの洞窟の大部分を砂から蘇らせ発表し、更なる探求を続けていた歴史博士であり彫刻師。
さらに彫刻モデルも兼ねていた為、25歳の誕生日に終わった人生でありながら彼に纏わる知的財産と芸術遺産は厖大だった。
ローラはそれらの管理・発表・更なる成長と発展・普及に心血を注ぐ。
子の父親になったり、大王になったり、子の母親になったりしながら。
女の身で父親。そう、ローラの配偶者が産卵したならローラは父だと、ローラ自身がそう思っていた。
私は父親でもあると、ずっと忘れていなかった。
(お父様、私、父親になりたいとも思っていますの)
ムーンブルクのミスリー王女も、亡くなった父へ心でそう報告する。
恥ずかしい思考の果て、思い出エロスの果てに、高祖ローラの言葉達をも蘇らせつつ、どう言うクールダウンなのか王女。
実はムーンブルク王女も、竜王の曾孫に求婚していた。
「わしは男でもないのじゃ」と、王女も曾孫に優しくフラれている。
女性に対する謎めきと緊迫と気遣いから、曾孫は男の要素が多いと思っている王女。
「わしは色々とな、人の男の様に出来ん。まず、女に子を産ませる男ではないのじゃ」
「良いのです。私達の御子は竜ちゃん様が産んで下さいます。私父親になります」
守る場所を壊され、旅から帰る筈だった父の出迎えも出来なくなった王女勇者が、結婚したい竜王の曾孫。
竜王の曾孫はさびしい彼女を父親にし。
曾孫に取って兄のような存在のデルコンダルの龍は彼女を母親にさせて。
彼女を嬉し恥ずかしと喜ばせながら、急に忙しくさせるのだろうか。



そう、急に忙しく。
いにしえの照明呪文レミーラの効果が切れた洞窟内で、術者サマルトリア王子が再度暗闇を照らそうとしていた時である。
訪れたそれを、王女がこの洞窟で初めて口にした。
「光り」
王女からはローレシア王子の大きな肩越しに、サマルトリア王子の赤毛に憩う様子でそれが見えた。
この明るさは王子のレミーラ、その発動前。
つまりロンダルキアを、三人は同時に見た。
出口としての衝撃を凌駕して余り在る、入り口の光を。




光の先で、駆けるだけの白銀が風を押している。



洞窟から最初に歩んだローレシアの体へ、その高速の白魔がぶつかる。
サマルトリアとムーンブルクはローレシアの厚い背に守られつつ、次第に同じ風へ向かう。
風立ちぬ。するとここは明るい。
暗い洞窟から出ただけが理由ではない。ロンダルキアは太陽と共に、その光を反射する白が其処彼処に明るく在った。
これは雪なるもの。




この勇者達の到達を、ロンダルキアに居ながら悟った神官が居る。
ハーゴンが、ムーンブルク王のメガンテから完全復活を遂げて神殿に立つ。
アトラス、ベリアル、バズズの三柱の神を召喚したその時、三人の勇者がロンダルキアに来た。
さすがロトの血を引き者達。そう敵を賞賛し、
(間に合った)
と、ギリギリの瀬戸際を征したハーゴンは笑う。勝つのはこの神殿だと。
ハーゴンが勝利すれば全てが滅ぶ。生きとし生けるもの全て、何もかもが終わる。
(滅びこそ)
その為のハーゴンである。






(ハーゴンめ!)
何と言う地で神殿を構え、我等を待つものか。
ローレシア王子はロンダルキアに到着して思う。そして
(陛下)
父を
この景色を見れぬ父を、哀れと思ってはならぬ。
ローレシア王子の頭上を、冷たい白が粉塵となり横薙ぎに駆けった。



戦いをその身から奪われた辛さ、私には解りません。
そんな鈍感な私でさえ、震える程の大地です。
それは最強の洞窟、その上に広がる戦いの大地。
陛下、この震えが届きますか。
初めて見ました。出会いました。私の戦いの大地です。



戦えぬ父を哀れと思う……15才の、父への愛。
戦えぬ人を見聞きしただけで心動かすローレシアの王子と、自分が戦えぬ事を嘆くローレシア王。
二人は王位にありながら戦士。
この親子はいずれも賢帝、明王。しかし彼等は戦場でこそ。
戦場でこそ。


「哀れです。私も貴方も」


そうかも知れぬ。
ローレシア王子は、我が国に繋がれている虜囚、地獄の使いの言葉にそう答えた。


ロンダルキア。これより上は私に



そう言えば私は、乳母の一人も抱かなかったサマルトリア王子にこう言ったものだ。
「貴方はラダトームの慣習から抜け出た。さすがだ」
ローレシア王子は心と技の込められた据え膳を、幸せに美味しく残さず頂いた男だ。
苦い思いをした事もあったけれど。
サマルトリア王子と来たら自分で好きな所へ出て、自分で選んで、自分で捕らえてモリモリ。
これは美味そう。またお出掛けしてモグモグ。
こうしてスターとダイはどちらも男らしいスケベ出発をし、それが普段の男振りにも表れたから、ムーンブルク王女はくらくら。
「いえ、乳母は何だか、私には母親の如く感じられたのです。
 殿下、貴方は乳母からもしっかり男性として見られていたのでしょう。
 乳母とて貴方に対しては女性になる。だったらもうその世界ですよ。
 “母親のようだから嫌だ”と自分で選んでいる気になっても、
 実は私の方が“子のようだ”と先に選ばれていたのかも。お恥ずかしい。
 殿下と殿下の乳母達を実際に見た時、益々そう思いました」
「貴方の物の見方よ」
爽やかに、短躯の王子を褒め讃える巨躯の王子。
サマルトリア王子の本質を見抜こうとする力。そして本物・真実だと判断して行ける力。
既成概念を何度も疑って、何度も真実を掴んで世界を広げる、無限の自由。
故に詭弁にも長けてしまうのはご愛嬌。
思考と心の冒険者たるサマルトリア王子に、拍手喝采を送る事が多々あるローレシア王子。
時に看破へ臨む大人の男、時に空論と遊ぶ少年、そのサマルトリア王子が
「ロトは一人ではなく、その一人を助けた者や助ける準備のあった全員の名だ」
そう言った時の衝撃は、今でもローレシア王子に響いて止まないのだから。

最初はダイ王子、トンヌラ王子、貴方だけを目指してこの旅を始めた私だった。
それだけで、私の旅は成功と言える。
それだけでも、私はこの旅を誇れるのだ。


そう思っていると、その目指した得難い仲間の後ろに予想外だった得難い仲間が見えた。
(あぁ、あぁ、姫よ。香美しい御方。初めてお会いした時から)
ローレシア王子がムーンブルク王女に初めてお会いした時とは、勿論彼女が犬の時だ。
あの出会いは最良だったのか最悪だったのか。
「どちらも」と答えるローレシア王子とサマルトリア王子ではないか。
こんなにも清く正しく美しく賢く強く慎ましく可愛ゆく大胆でちょいエロお犬嬢から性質そのままの淑女を、お仲間にして旅立てた最良。
そして自分の女にはならないのだと決った最悪。
犬ころの彼女はローレシアかサマルトリアに行くなら、どちらかに行くのなら、ムーンブルクを選んだ女の子であった。
それなのにデルコンダルや竜王の膝元には、ムーンブルクを背負って飛んで行けるとさ。
この時、大決闘をしたローレシア王子とサマルトリア王子。
(何故、貴方の懐に行かれぬのか)
と。ローレシアとサマルトリアがハンデまで決めて、お互い本気の鍔迫り合いした青春の浜辺であった。
この様に、スター王子はミスリー王女にも傷心し儚くなっていたのだが。果敢なくとも。

姫、姫、貴女を。
守りたいと思う時、守れると感じた時、私は旅の中、あの洞窟の中でも、幸せだったのです。
貴女に弱い。私はどこまでも男です。
さあ、お手をどうぞ。参りましょう。



そうして雪の中でローレシア王子に手を引かれるムーンブルク王女。
この男女はよく、音も無く手を振れ合い握り合い、見詰め合う。
言葉も無く通じ合う事が、男と女にもあるのだから。



ローレシアの厚い手に身を任せながら、王女は雪景色を進み。
手の主の王子と、父と、竜王と、兵士と家臣と、デルコンダル王と、不意にサマルトリア王を思う。
(まぁ)
自分は雪の中でどの様な浮かれ方をするものかしらと、不思議な気持ちで急いでサマルトリア王子を見る王女。
サマルトリア王子は点のような目を更に点にして、父王オクトのいきなりの面影に戸惑う王女の、不思議な気持ちを見詰める。



ムーンブルク王女の瞳に今映っているのは、サマルトリア王子の赤毛。
だが王女の瞳を見詰め返すサマルトリア王子と来たら、彼も父の赤毛を思い出した次第。
サマルトリア王子に取って、ムーンブルク王女は懐かしい人。見詰め合うと家族を思い出す。
ローレシア王子は……ムーンブルク王女に懐かしさあり、緊張もあり。
二種類の男女だが“魔法が使えるか否か”の別は大きい。
ローレシア王子はサマルトリア王子にさえ、いつも、毎日、緊張している。
サマルトリア王子がボーッとしている時でも、ガースカ寝ている時でも、緊張している。
もじもじムズムズと精神が強張って来る。次第に笑えて来るスター王太子。
ミスリー王女への緊張は魅了されたスケベ凛々しさが多分に含まれてもいるが、ダイ王子への緊張は言わば警戒だ。
親和性はありつつも、スター王子に取ってダイ王子とミスリー王女は、ピリッとする違和感なのだ。
ダイ王子から見るに、スター王子は男らしさが過ぎる。孤独も壮快で御見事。
「私は敵ではないですよ」とダイが声以外で伝えれば「そう言われても」と音も無く困ってるスター。言葉も無く語る時も多い男達だった。
現にサマルトリア王子も、ローレシア王子の肉体やら逞しさを見ると死にたくなる。
敗北感が行き過ぎるのか、この死にたい瞬間はいつも絶望の香りがして笑えて来る。
スター王子の男らしさを借りて、自分も雄の毛皮をもじゃもじゃ着て行けるんじゃないかと、次第に可笑しくなって来る慶福と違和感もあり。
この男の中の男、スター殿下(後の大王陛下)の孤独を、強さで緩和する唯一の人間男が未来のオクト王とは。
“私より強い男には容赦致しません”と笑顔のトンヌラ君が声以外で父に伝えれば
“あ、王子が今までと違うよ…”と静かにムズムズ緊張するアーサー君となろう。
父王とはいつか幸せ好敵手になるだろうと、ダイ王子は幼い頃から感じていたのかも知れない。
サマルトリアの、あの火の様な紅褐色を想う。
妹も含めて我等三赤毛。妹クインの激しいセクシーを表す短い金髪、あれはカツラなのだ。
あの下にヌルヌルモフモフの長い赤毛が息衝いているのだ。赤も激しいセクシーなのだ。
赤毛の勇者は今一人、雪原に立ってみる。
また始まりそうな風に、身を任せてみる。
(何て場所だ)
サマルトリアでも三勇者。旅に出てからも三勇者の男はそう思う。
三人の一人で幸せだ。なぜなら、他の二人に私を捧げたい。
(父上、クイン)
あのお二人もいつか必ず、ここへ連れて来よう。私のルーラを完成させて。
(あの高い山へ登りましょう。
 きっと、父上もクインも大丈夫。寒くはないでしょう。
 何故なら我等、ロトの子です。
 ロトの子なんですよ)
大魔王の氷を一切寄せ付けず、苦にせず、勝利した伝説の勇者ロト。
ロンダルキアでこそ、この血が沸騰、復活する。
(こんな所にまで、到達したんだ)
旅ではローレシア王子とムーンブルク王女の二人に、
家では父と妹の二人に、
自分を踏み台にして高く飛んで欲しいと思っていた男は嬉しかった。
このロンダルキアに到達した事で、自分はやっと二人の踏み台になれそうだと。
踏んで貰えるほどの力を付けたと。これほど自分を高く評価したのは初めての王子。
(合計四人だ。高く飛んで下さい。
 貴方達の旅と、貴方達のサマルトリアには私が居ますから、
 安心してどこまでも高く)
赤く燃える髪の誇り高き男、その敬愛と自信が鮮やかに吹雪いて舞うロンダルキア。
ロトの剣で戦う赤髪の男が、長い時を越えてその剣に風を復活させる事もあろう。




(恐い。お願いです、手を)
と、ムーンブルク王女はローレシア王子の手だけではなくサマルトリア王子の手も求めた。
多くの悲しみと苦難を歩んで、それでも逞しく生きて来た強い王女が、ロンダルキアは恐れている。
あの洞窟内より恐れを感じている上に、王子達の前で格好付けたいと思う余裕も無い。
けれど、彼女の手から溢れて男達を包むホイミっぽさ。
恐怖も増しているが、彼女自身の強度も増している。男二人を癒しているのだった。
思えばロンダルキア入口で見たあの光は、犬の身で感じたラーの鏡の光に似てはいなかったか。

雪景色の中、大きな風の音がする。大きな雷鳴も轟く。

何かに見られている感覚も王女に付き纏う。
その視線を二人の王子に伝えると「私も感じる」「私も」と。王子達は平然と言うのだ。
王女はまた人知れず思う、男の人って強いのね。






三人を見ている何者かが思う。
雪中をムギュムギュ進んでいるなと。
先頭はデカイ。重いのだろう、雪も嬉しいのか苦しいのかムギュムギュ鳴る。
お前達、人間三人、防寒はどうした。
そう、防寒を気にしていない三勇者。それでいて寒くなさそう。
自身の覚醒を確かめているのか、三人は被り物を取ってその髪を冷たい風に晒している。
ここロンダルキアで、全裸でかき氷を食べられる三人である。
氷の世界で生れたとの伝説もあるロトの血を引く者として、勇者達は目覚めていた。
先頭の大きいのを見てみる。
空色の瞳。頭に苔の如く生えている短い金色は髪だ。
頭の形が丸く整い、それで居て短いうねり毛なので、頭部は金色毬藻の様相。
髪は金だわ、肌は真っ白だわ、衣類も白色だったなら雪の中で存在が消えそうな男。
だが白皙にしっかりと在る天色の威厳ある眼光、意志の強そうな口元、冷静で賢そうな鼻筋。
そんな端正で屈強な容姿、肉体、精神を。誠実さと温かさと優しい高貴で包んでいる若い男。
なんだお前は。漫画か。
漫画みたいな巨人に話しかけてみた。
「先頭の、大きいの」
そう話かけられた気がして、その声のようなものを探す巨人ローレシア王子。
「家に帰ったら何する」
それは声ではなく心だった。だからスター王子も心で応えてみる。
「王になりたいと」
「漫画か」
身の上も漫画のような男だなと応えたそれは、近くの赤い男を見る。
唇の薄い大きな口。小麦色の肌に紅緋色の髪。瞳の色は……?
ここからでは色が判別出来ない小ささ。それで世の中が見えているのか。
「一番小さいのは瞳だ」
目も鼻も体も小さいが、大きな口も含め全てカッシリしていて、男らしい印象のサマルトリア王子。
ローレシア王子の隣に居てさえ、他人から一目ニ目置かれる陽気な迫力と気品と知性が見えるダイと言う勇者。
少年になったり、体の小さい大人の男になったり自由な男、お年頃トンちゃん。
謎の声、いや心にも、当てずっぽうで勝手に応えてみるトンちゃん王子。声は賢者風の心。
「あなたの瞳も、人の事は言えませんよ」
「そうか。そうかもな」
トンちゃんの心にすぐ納得している、なんだか素直なそれ。
素直なままに、紫の姫君にも語り掛けた。
「何故ここに来ている」
ミスリー王女はこの地に不自然。そう言う雰囲気だ。
声を、聞こえる心を恐れて王子二人の手を握り、顔も上げられない王女だったが、やっとそのかんばせを凛々しく声へ向け、心で言う。
「帰れと言うの」
ラダトームのローラは青く光る黒髪の王女であったが、彼女の髪色より随分明るくなって、ムーンブルクは紫と言えた。
フォース王はローラの色に似つつも青が強く紫に煌く髪色、ミスリー王女は光る灰に落ち着いた紫の差す髪色で、紫銀に輝いていた父娘。
輝いていた。そう、今は昔。父は亡く、守る城も再建中。
「私が守るべきだった城は落とされ。
 待って迎える筈だった父王は戦い抜いて倒れ。
 敵だけが残っているのです。呪いの力を研ぎ澄まし、更に成長して。
 この地に相応しくないのは、ハーゴンもそうなのでしょう。私の敵です。
 戦いたい。戦う方達と力を合わせたい。私の力が最も活かせる方法と場所で」
瑞々しい、抜けるような肌の若い女ミスリー。犬の時はキュンキュンモフモフのアイリン。
美しい覚悟だが、彼女はここに相応しくないのか。場違いだとしたら恐がりもしよう。
消去方でここへ来た女。残った道だと判断して。
ロンダルキアはそんな場所ではないのか。
謎の心からの返事は無く、ともすると自分だけが聞こえないのかと、益々恐がっている王女に追い討ちをかける様に、現れたギガンテス。
山かと思ったが、太い足で歩いて来る。
だが三人はすぐに解った。声の主ではない。
ギガンテスはハーゴンに呪われた、いつものモンスターだとわかる。

「私はロンダルキアに着いたら、今までのたがを外して戦おうと思います」
スター王子は以前、ダイ王子とミスリー王女にそう言い、二人の了承を得た事がある。
今こそ、その時。
山のようなギガンテスは三人を踏み付けようとする。
その足を一人で受けとめるスター王子。
動かない足を咄嗟に離して、殴り付けようと振り落とされる山のような拳も王子は一人で受けとめる。
「行けますか」
「行けます」
サマルトリア王子の問いと、ローレシア王子の返事。
ムーンブルク王女は彼等の二人旅時代の再現を、今初めて見た気がした。
ガイアの鎧のスター王子、光の剣を抜く。
「呪われたままで構わないから、戦い果てたいのか」
「それとも呪いから抜けて、己が道を行くか」
斬る剣でこそ尋ね、受ける剣と斬られる互いの傷でこそ、その答えを聞く王子。
今までもそうだった。そしてその返事に合わせた戦いの終わりを、今日も示して行く王子。
黄金色の短髪に雪を絡ませて、空色の瞳が青天にとける、ローレシア王子の勝利だった。

また風の音がする。雷鳴も轟く。
これが魔法力による音だと、もう気付いている三人の勇者。
それが今一度鳴り響いた時、ブリザードと戦っているバーサーカーを発見した。
仲間割れか。いや、バーサーカーはハーゴンに呪われている存在ではない。
ロンダルキアで自由の無いバーサーカーなど、一匹も居ない。
「ゴッ」
と喉を鳴らし、風でブリザードを切り裂くバーサーカー。バギクロスである。
未知の強力魔法出現にショックを受けるムーンブルク王女とサマルトリア王子。唖然としつつ自分も切られたような激しい表情の二人。
魔法力を持たないローレシア王子はショックが過ぎて逆に健やか。穏やかにキョトンとしている。
「ゴッ、ゴワッ」
と勝利のバギクロスバーサーカーは逆立つ銀色の髪を靡かせて、ムーンブルク王女にピョンピョン近付いて来る。
接近する狂おしい懐かしさに動けない王女は、手に持つ不思議な帽子をその懐かしいバーサーカーに盗られてしまう。
王女が「あっ」と言う間に、「ゴゴッ」と紫の髪に被せられた。ピョンピョン飛んで行く楽しそうなバーサーカー。
女を脱がせるより、女に着せる方が興奮する変態バーサーカー推参。そして去って行く。
「待って下さい!」
叫んでバーサーカーを追いかけるサマルトリア王子。バーサーカー逃げる。速い速い。
勇者達は三人共に、声の主はあの走る銀色バギクロスかと思ったが、違ったと解る。
現れたからだ。
それは落雷に大地が震える、電撃魔法ギガデインの術者。
術者の側らにある灰は敵だったのか、電撃は攻撃だったのかさえ定かではない。
もう何者だったかも解らないが、敵の亡骸だったとしたら山のような灰の量からモンスターのサイクロプスかギガンテスと思われる。
今まで重かった筈の灰が、ギガデイン術者に纏わりながら高く飛んで風と共に去りぬ。
術者は人型男性の姿。ドッシリガッシリとした体格でありながら逞しい足が長い。
靡かせると恐らく膝も包んで揺れる長い髪を黒々と電撃で逆立てている。
人にはない漆黒の肌。肌と同じ色の逆立てた長髪を含めると3mより4mに近い大男。
男だと解る。バーサーカーである事も。心の主である事も。
サマルトリア王子、黒バーサーカーには近付かない。その遠方の勇姿をただ見ている。
ギガデインバーサーカーも三人に近付いては来ない。ただこちらを見ている様子。
ムーンブルク王女にも相変わらず、何か言ってくれる様子はない。
ただ王子達に目を向けたまま、彼方を指差していた。
その指し示す先を望む背の高いローレシア王子、その目線が祠を確認した。
祠発見に喜び、目的地と定めた三人が振り向くとギガデイン男は吹雪の中に消えてもう見えなくなって居た。




バーサーカー達は、いったい何だ。
銀と黒の逆立つ髪が天を突くあの魔物で心がいっぱいの三人だが、まず生き残る為に祠を目指す。
祠に張られた結界は、王子達を受け入れてくれた。到着。生き残った。
三人を迎えてくれる祠の神官は自分達を休ませてくれ、復活の呪文までくれる。
培った強さも凍土に到達した記憶も、体から失わずに済んだ。
サマルトリア王子のルーラが降り立つ場所はもう、この凍れる白亜の祠。
王子達に尽くしてくれる祠の神官は紛う事なき人間だったが…こんなところに人が。
「そなた達が来るのを、待っておった」
凍てつく祠を包み込み、聴く者の胸に深く響く美しい声の神官。
美声の他には、寝所と旅の扉しかない祠である。
神官は恐らく睡眠と水分を取るだけで生きて行けるのだろう。
寝床と健康を保てる力を持ち、水が豊富な地に居れば生きられる人。食事の一切をせずに。
王子達と同じ。そう、三人は神官に問う。
「そうとも、私もそうだ。伝説の勇者ロトの子孫達に、光あれ」
ムーンブルク王女がよよと神官の腕に触れた。王子二人は跪いて礼を見せる。
神官がくれる輝き…つまり懐かしさと、体力魔法力全回復の強さに、その場にただ立って居られなかった勇者達。
「失礼致しました」
と王女は感謝を伝えつつ腕に触れた非礼を詫びると、神官は笑顔で首を振る。
法衣の中しっとりと年齢を重ねて見えるが、人としての感動を忘れていない様子の男性。
今この祠に居るもう一人の、ロトの血を受け継ぐ者。

ロンダルキアはハーゴンに呪われたモンスターと、遥か昔から自由に戦っているバーサーカーの地となっていた。
人が生きられる場所ではない。
ハーゴン出現により、神官以外の人間はこの祠の旅の扉でベラヌールへ発ったと言う。
神官は自分が知り得、感じ得たロンダルキアを、ロトの伝説を、ロトの賢者を、ハーゴンを、王子達に教えてくれる。
破壊神シドーを召喚させない為に、また召喚がなされてしまった場合に備えた重要事項だけを語る神官。
バーサーカーについては、私よりも本物に尋ねた方が深く知れるだろうとも。
こんな所まで独力、独学で到達し一人で生きている人間男。即位を控えた大王が来ようと、王家の身分や権威に恐れ入る雰囲気は無い。
ただ出会った眼前の人や命や存在への尊敬があるだけ。
「ハーゴンは一度ここへ来た。
 この結界、この祠に入れぬままに、屋外から声があったよ。
 滅びは喜び、滅びは救いだと。
 ハーゴンは破壊神を召喚し、全生命を滅ぼそうとしている。
 人もモンスターも、命の全て。勿論ハーゴン自身も含めてだ。
 私は生きたかったが、ハーゴンに抗いこの結界から出て戦う事は出来なかった。
 一人で戦っては負けると解っていたからだ。
 ハーゴンの目的を挫く為に、自分に出来る事を考えた。
 今解った。今日の為、これからの為だと。
 あの時、早々にハーゴンに敗れ死にたくなかったのは勿論だが、
 死んではならない。ここで死ぬなんてとんでもない。と、馴染みの声も感じていて。
 答えは出た。ロトの勇者が一度に三人、ここに来たからな。
 私の結界はロンダルキアにおいて、あなた達の中継地点、
 休める場所となったのだから」
明るい言葉であった。この神官には王子達の勝利が感じられるのだろう。
神官から貰う数々の言葉は、復活の呪文から始まるまさに金言だった。
「そして、私も結界を持つが、ハーゴンも結界を持つ」
ハーゴンの神殿、ハーゴンの結界は、来る者に安らぎを与える。
三勇者も、旅の中でそう聞き及んでいた。
ハーゴンも神官。その本領発揮である。
しかしその安らぎは幻で、心を奪われたら殺されるのだとも聞く。
“まやかしでも嘘でも呪いでも、良いではないか。心が健やかなれば。命が穏やかなれば”
これがハーゴン神官の初心だ。全生命を滅ぼそうとするハーゴンの出発点。
命は生きても救われない。滅びにのみ安らぎがあるのだと。
「私も神官と呼ばれるが、下手で」
そう微笑んでしまう神官の祠は質素で、頻繁に雪が吹き込んで来る厳しい雰囲気。
その雰囲気に、勇者達も明るく笑みを見せる。
「ハーゴンの結界、それを破る為に必要な」
と、その神官の言葉の途中で物音がした。
カサー、カサー、
その音に神官が、少し吹き出して笑う。
バーサーカーは扉をノックすると言う挨拶を知らない。
そんな挨拶はロンダルキアに必要ないので、神官が教えないでいたら毎度違う合図をして来るバーサーカー達なのだ。
つまりこのカサー、カサーは、祠の扉を外から撫でている音。
あの銀髪バーサーカーが扉を撫でている。その姿はとても変態だ。
撫でると言う選択肢も実に変態。そしてついに
「ゴッ」
と外から声を聞かせた。
神官が扉を開けると、元気溌剌な魔物がピョンピョン。
「ぺぺ」
「ゴワッ」
美声神官は、銀髪の変態にぺぺと名付けていた。
「来たのか」
神官がペペに尋ねるとバーサーカー達が来るわ来るわ。
神官が作った祠の結界へ入る時、わずかな刺激が心地良いらしく、結界内と外界の狭間でずっと遊んでるバーサーカーも居る。
「ユウ帝、ミヤ王、キム皇」
まだまだ。バーサーカーはどんどん来る。
神官はバーサーカー皆に名前を付けている様子。
祠周辺でついに群れとなった。単独行動のこの魔物達が。
強いゆえに集団で行動する必要が無く、寂しがる情もちょっとしかないこの者達が。
「集まるのは珍しい。恐らく、あなた達が来たからだ。
 何者かがロンダルキアに到達すると最初に見に来るようだな。きっと御前も来る」
御前。つまりあのバーサーカーも祠へやって来た。これで一堂に会する狂戦士達。
一度期にバーサーカー全員に会うのは、神官も初めてだと。
バーサーカー達はバギクロスだけ使える者と、ライデインギガデインだけ使える者の二種類に分けられると神官は言う。
この3つの技を全て備えているのは御前だけだとも。それは肌も衣も髪も黒く、大きい雄。
「そうか、あなた達も話をしたか。
 はっきりと意思疎通の出来る唯一のバーサーカーだ」
バーサーカーについては本物に尋ねた方が深く知れるだろうと、神官が言っていたのはこうした理由だった。
王子達が初めて聞く呪文“バギクロス”は、男勇者と聖職者だけが操る風の呪文。
ライデインとギガデインは勇者だけが唱える雷撃の呪文で、王子達も名を知っている。
神官はギガデイン術者の黒バーサーカー御前に、それらの呪文の名を教えて貰ったと。
意思疎通が可能な黒いバーサーカーは、その大きな体で遠くから歩いて来る。
他のバーサーカーは祠近くで木登りしたり、飛んだり跳ねたり、雪山に座ったりしてゴワゴワ。
「お名前は、ありませんの?」
緊張を隠せない様子のムーンブルク王女は、黒バーサーカーの名前を神官に尋ねる。
「なんとなく、名付けられなかった。
 御前は私より先にロンダルキアに到達して居たからか。
 名前の概念がバーサーカーに無いらしい事も教えて貰ったよ。
 だから他のバーサーカー皆には、私が勝手に名付けて」
神官は先輩と確定している狂戦士に名を付けられないまま、ギガデイン黒バーサーカーは無名だった。
神官がロンダルキアに到達した時、最初に見たバーサーカーであり、王子達と同様に心で会話した無名だ。
他のバーサーカー達には、神官がこの祠に落ち着いてから出会ったので、元々居たのか自分より後に来たのか謎だから名付けて行った。
「たぶん、皆私より先……元々居たのだろうがな。無名の御前はここに200年居るとか」
「200年…」
ロトの血を引く者は誰もが皆、その数字に身を引き締める。
100年前は、勇者サンと竜王が激闘した年。
200年前は、異世界から大勢のロトの子孫がアレフガルドへやって来た年だ。
100年前に戦死した勇者サンの遺児をロトの王族とし、新しい三国を建てようと活動していたローラ大王の前に現れた、ロトのスキャンダルがある。
それは異世界から出現したロトの子孫の中に、戦いを求め過ぎて魔物になった人間達がいるらしいとの醜聞。
ただ、その醜聞を事実だと確認した者は居ない。
しかし謎めくほど高名。バーサーカーと言うモンスターが。
眼前でバーサーカーを確かめた者だけが知り得たのだろう。ロトの子孫だと。
そして見た者は皆、自身もバーサーカーになってしまったのか。
醜聞は確証としては語り継がれず、今こうして。
王子達と神官の前に存在しているバーサーカーの群れ。
それは寒さを感じない風神雷神。
生きながらその身にいにしえの強さを留め残し、王子達より勇者サンよりロトに近き者。
極寒の地に辿り着き200年前の鮮やかさを保ったまま、その身に流れるロトの血を凍結させて来た。
勇者の冠と旅人の服のバーサーカー。
声ある者は喉からバギクロスを発し、ゴワゴワと風の音を聞かせる。
黒バーサーカーは、どのような声か。
歩く黒は祠に到達し、王子達と神官の至近距離へやって来た。
勇者の冠を装着していないのにバーサーカーだと王子達に感じさせるこの男、実は初登場からずっと上半身裸である。旅人の服も纏っていない。
黒い肌に、大きな黒いマントと黒髪を適当に靡かせたり左肩だけに絡めたりして、黒く焦げたような衣を穿いて、近距離で見ても巨大な影のようだ。
下半身だけちゃんと穿いている所が、初登場から彼の男性を思わせた。
「…………」
喋らない。
長い黒髪は逆立っておらず、顔面の全てを覆い隠しながらボッサリモッフリと膝まで靡いている。
「……」
喋らない。
王子達は戸惑うが、神官は穏やかに三人に頷く。
黒髪ボッサリのバーサーカーは髪をモフンと揺らし、左手で持つ氷に、右手に握る石を使ってカリカリと傷を付け出した。
「寝たか」
氷に、そんな文字が白く刻まれている。
意思疎通は筆談で叶えられるらしい。
黒は人間の言葉を理解し、自身は声を持たないそうだ。
しかし王子達は何よりその文字に驚く。
総毛立つ美しさ。そして見覚えがあるような。もっと書いて欲しい。
「寝てはいませんが、その必要もなく。回復を」
ローレシア王子がそう筆者に声で伝え、次の刻印を待つ。
「戻れ」
やった。また刻んでくれた。
しかし内容よ。
その刻まれた文字を見た三人が、チラリと神官を見る。また穏やかに頷いている。
「あの洞窟へ戻れと!?」
トンちゃんの叫びに、神官は言う。
「武器、防具でしょう」
そう、洞窟に強力な武器防具があるのだろうと。
「私が昔あの洞窟へ入った理由も、ロトの鎧と稲妻の剣を求めての事だった」
バーサーカー達はそれを取れと言いたいのか。神官の意もこうだ。
「ハーゴンによって悪霊の神々が召喚されてしまった場合の備えなら、
 まさにその武器防具」
失敗の出来ないこの旅。
急いて事を仕損じるか、万全の為に時を割いて遅きに失するか。
ロンダルキア神殿のただならぬ発気に、今の自分達が絶対に勝てるのか。
三人の勇者は戻る決断に達した。決ったら出発の勇者達。
「ルビスの守りはお持ちですね」
神官の途切れていた言葉へ、話題は戻った。
「ハーゴンの結界、それを破る為に必要な」アイテム“ルビスの守り”をお持ちですねと。
神官に頷くローレシア王子とサマルトリア王子。
破壊を目指すハーゴンに取って最強の敵が三勇者ならば、最大の敵は愛と豊穣の女神ルビス。
将来その女神とシケ込むのが、臣下に下るサマルトリア外相トンヌラ。
女神に微笑みかけながらもしゃんと足を止め、一人王座に座るのが大王もょもとである。
「“ハーゴンを倒しておくれ” と “倒すのならば五つの紋章を集め、精霊の守りを得よ”
 此は竜王様の御言葉です。私達は王陛下に、ハーゴンを倒すと約束致しました」
そのローレシア王子の爽やかな声と表情に、神官も喜びの声と表情を返す。
「竜王様……なんと。その様な約束を」
「はい、私などトンヌラトンちゃんと名付けられ!」
「私は、もゅ」
「恐れながら、ここに御座す殿下はもょもと!」
自分のあだ名を発音出来ないもょもとを、爽やか顔で助けるトンちゃん。
そして「ありがとう王子」とつくづく安堵の表情でトンちゃんに感謝するもょもと。いつもこう。
「トンヌラトンちゃん、もょもと…然様で。
 私にはその天衣無縫の名付け、出来そうにありません」
そう言いつつも、素晴らしい美声で完璧にもょもとを発音する神官。
勇者達に取って、時に神官の能力は眩し過ぎる。
「神司は、バギクロスを使われる」
祠の話の中で、ローレシア王子はそう驚いたものだ。
神官に息衝くロトの血は依然研ぎ澄まされており、我等のロトの血は衰えたのかと。
ロトの剣も強力な魔法も使えぬのは……ラダトームと交わったからかと。
王家の権威を浴び、戦士として劣化したのか。
この祠の神官は、ラダトーム王家の血は受け継いでいないからだ。
勇者サンの血筋でも無いがロトの子孫で、サンと同じ幼くして戦場で功を得たラダトーム幼戦士の血統だそうである。
サンの年頃は幼戦士世代と呼ばれ、実際に戦場に出た本物の幼戦士達は後の社会に多大な影響を与えた。
世に憚り、時には支配力を獲得し振り翳した。
幼戦士の青年期は…竜王が救世主として戦乱を終わらせ、世に平和が訪れた時期である。
幼少から殺しに明け暮れた少年達は手の付けられない巨大なアウトローになるか、深く神職に進むかに大きく二分された。
ロンダルキアの神官は、この幼戦士神官の血を継いでいる。
落ち着きつつしみったれた青年期を歩み、芸術世界と歴史研究に進んだサン博士は珍しいタイプの元幼戦士と呼ばれた。
幼くして殺しを知った戦士から普通の大人に成り得た者こそ、人として一番強いタイプだとも呼ばれた。
「この私が強いと言われるか。
 私のバギクロスは、ここに居るバーサーカー達から学んだのです」
ここに来て私は変わった、あなた達とて変わった筈です。と、神官はサンの子孫達に言った。

王子達二人、生き地獄の洞窟へと戻って行く。
勿論ムーンブルク王女も続くのだが、今少し神官と語った。
私と神官様が交代した方が、旅は有益かも知れないと本気で思った王女だったが
「いえ。それは私にも言えるのです」
そう旅支度の王子達二人に言われ、王女は自分が旅を続けようと思えた。
バギクロスは物を言うが、役割こそ。
祠の結界ならばサマルトリア王子とムーンブルク王女、いずれかの魔法力で維持出来るだろうが、
神官が祠を離れては新しい復活の呪文と、光の回復力が得られないのである。
その神官が、ミスリー王女に言う。
「あなた達こそお強い」
「どうしてかしら」
「竜王様の子孫と仲睦まじいとか」
言うと、神官は感動している。
竜王ともサンとも血族ではないが、勇者サンと初代竜王の相克は知っている。
お互いに血塗られて殺し合った先祖を持ちながら、睦まじく出来ましたかと。
「竜王様がお優しいのです。
 私、男性の御姿で卵をお産みになる竜王様と結婚したいと思っておりました。
 しかし男でも女でもないからとお断りされ。挫けてしまいましたの」
“そんな、ひどい”復活ならずか。いずれ覚醒し無限の求婚を見せるかローラの子孫よ。
「卵をお産みになるならと、スター様も竜王様に求婚されている御様子。
 だからスター様と私は恋敵なのですわ」
テヘと笑う王女の爽やかと愛らしさ、その言葉に、神官は一生感動して行けると思った。
(恋敗れた恋敵同士で、仲睦まじくなる事もありましょう)
おっと、喉から出そうな軽口を引っ込める神官。
王子達と生き地獄へ旅立つ王女が振り向くと、神官は一人で見送ってくれる。
いや、バーサーカー達が彼の側らにワラワラ居る。
「ハーゴンが敗れたら、神官様はどちらへ」
「ここに居りましょう」
「人と暮らしませんの」
「そうですね、考えて居ません」
どうして。私達に会って、感動して下さったのでしょう。だったら。
「美しいお声ですわ。神官様の一言、発する一文字で、女は恋に落ちましょう」
神官は笑った。では私に恋しそうな女性は何処、そう楽しそうに美声は言う。
「あら、いやですわ。私は女ではないのね」
「これはこれは」
と、男女は何やら遊んでいる。
遊び過ぎて、王子二人を走って追い掛けなくてはならなくなった王女。
何体かバーサーカーが旅に付いて来る。否、何名かとお呼びしなければと王女。

謎めくほどに高名なのだ。バーサーカーと言うモンスターが。
目の前でバーサーカーを確かめた者だけが、知り得たのだろう。ロトの子孫だと。
そして見た者は、自身もバーサーカーになってしまったのか。
だから。確証としては語り継がれなかったものの、今こうして。
美しい声を失くしても凍土に生き、バーサーカーとなる神官が居たとしても。




「戻れ」
そう刻んだ巨大なバーサーカーは消えてしまった。
何故か。ほっつき歩いているだけである。
200年過ごしたロンダルキアで迷いバーサーカーにはならないが、団体からはぐれた様子。
王子達に取って道案内のように感じるバーサーカーはぺぺである。元気である。
王子達の敵はちょうど自分の敵でもあるらしく、ぺぺは戦い全勝している。
洞窟に辿り着くまで、いや、洞窟に戻った後も、戦っているのはバーサーカー達だけ。
かと言って王子達を真剣に守っている訳でもなさそう。戦い好きの嗅覚と思い付きで行動している。
バーサーカーはどうやら、ロトの鎧と稲妻の剣を身に付けたロトの姿が見たいだけの様。
見た後は解らない。戦いを挑んで来るかも知れない。王子達、そこは心している。
「挑んで来たなら、私のリレミトで飛びましょう」
「私達、この洞窟で一度も戦わずに居ますわ。置いて行くのは何だか申し訳ないわ」
可哀想な感じもするではないか。人間達が消えてゴワゴワ戸惑うか驚くだろうし。
「殺されそうになったなら、仕方ありますまい」
それはそうだが。
あの神官の声に耳が攫われてしまったが、ローレシア王子もサマルトリア王子も、かなり良い声だ。
なんて、思っていたのは王女かバーサーカー達か。ともかくロトの鎧を発見。
その時、黒バーサーカーがやっと現れた。
勇者の冠を付け、髪を後ろへ流し、顔を見せている。
暗い洞窟の中、サマルトリア王子のレミーラの中にその男はやって来た。
(あ、本当に目が小さい)
と、サマルトリア王子が感嘆した。バーサーカーとは思えない小ささ。
真っ黒の中にポツと小さい。小さいが白っぽいので目立つ。朝の太陽色だ。向日葵色の瞳。
しかしこの御顔、見た事がある。
目と目の間が離れている恐相。目蓋が腫れぼったく爆弾岩を思わせつつ。
どこで、あ。
先ほど刻まれた美しい文字もそう、見たのはロトの洞窟だ。
体型も雰囲気もそう、良く似ている。全て繋がった。あの石像だ。
「二層目のサイモン」
神官も気付いていたのだ。だから名前を付けられなかった。
おっかない顔だが。
戦う男を表現した人類の最高傑作と言われる彫刻である。
それは女勇者バリー作、ロトの至宝、二層目のサイモン。
このサイモンが何者なのかも諸説ある。
100年前。勇者サンはこの石像を発見し、何者かの考察を組み立てている最中に竜王討伐の旅へと徴兵されて行った。
そしてサンは25歳の誕生日に竜王を斬り、その日の内に没する。
つまり、サイモンについてはサンの答えを聞かず終いなのである。
ロトの遺物についてはサン博士の説が一番有力だとされている上に、サイモン像に至ってはサンが最初の発見者なので、サイモンは一応ロト王家に取って謎の男だ。
ムーンブルク王家の説ではサイモンは勇者ロトの子、オルテガの嫡子とされている。
彼の戦いや行動もロト伝説に大いに組み込まれている筈だと。
大魔王に勝利したその時、50歳代のオルテガより…体格は一回り大きく年齢は二回り若いであろうサイモンがロト伝説の中枢を担っていたのではないかとも。
そう思われない為に、サイモンの妹勇者バリーはサイモン像がオルテガ像を支えるように作って一番見付かり辛く細工したのに。
(兄さん、恥ずかしがるからね)
と。ロトと呼ばれるどころか、勇者とさえ呼ばれる事も恥ずかしがった兄の照れ隠しに、妹は協力したのに。
(あぁ、兄さんが、バレちゃう)
と焦るバリーかも知れないが、格好良く彫り過ぎなのだ。
戦う男としては空前絶後、類い無い迫力だ。
勇者バリーとしては(兄さんおはよう)(今日の天気はあれだよ)とか思いながら(わぁい)と彫っただけなのに。
サイモン自身の妹が、サイモン像をせっせと彫ったと、ロトの王子達は知らずに居る。
もうすぐ、その真相を知るけれど。
ロトの洞窟に入りサイモン像を見れば、ミスリーの如くお淑やかな少女だろうと、自分は戦人なのだと感じずには居れない。
サイモンに乗り移られてしまうのだろうか。だからか、王女はあのバーサーカーが恐ろしい。
見ていると正体を失くす感覚が、サイモン像に似ている。
(神官様、無名の御前はあの方に名付けて貰うのはどうかしら。200歳より年上の方なの)
ムーンブルクの王女はデルコンダル王を、カンダタを思って心を取り戻そうとしている。
そしてサマルトリア王子はサイモン像を思い出しつつ、自分がなりたい将来を思っていた。
思えば憧れていたのかも知れない。
オルテガ像を支えながらずっと発見されなかったサイモン像を、カッコイクナイと思った時など一度も無い。
実は同じ兄である。父と妹への愛で張り裂けそうな、明るい兄だった。
三勇者の一人として父親ロトと妹ロトを高く飛ばした長男ロトが、長い時を越えて凍土に復活する事もあろう。
「剣はそのまま」
と、また氷に字を刻みサマルトリア王子に見せるバーサーカー。
刻まれたままに、ロトの剣を装備していた王子はそのままで居た。
そしてローレシア王子がロトの鎧を検める前に、バギクロスの刃。
サマルトリア王子は、まさに首の皮一枚で繋がる人間を眼前で見た。
滝のように出血し首の殆どを切り離されながら、ローレシア王子はサマルトリア王子を見た。まだ戦える合図の表情。
サマルトリア王子のベホイミを待つ。呪文の時を逸すれば、死ぬだけの王太子。
畏れ多くも、世界一美しい生首として語り継がれそうな15歳王太子の戦意ある生きた表情に応えて、ダイ王子は即座にベホイミ。
そしてそのままバギクロス術者の黒バーサーカーへ走り込み、腕を伸ばしてその太い首にロトの剣を構えた。
構えただけだ。何故なら王子の手から、剣から、バギクロスが起きそうだから。
ロトの剣は甦ったのだ。それもその筈、黒バーサーカーがロトの剣の柄に触れていた。
(いいや、私も風を!)
確かにダイ王子も甦らせた。王子だけの力ならバギの風が起こっただろう。
だが風の前にロトの剣から手を離し手刀で痛恨の一撃。サマルトリア王子の胴を裂き上半身と下半身を切り離すバーサーカー。
だが即座にミスリー王女のベホマ。復活し起き上がろうとしているローレシア王子へも王女のベホマ。
そして王女はバーサーカーに一歩も近付かず、イオナズンを撃とうと。
すると、王女の呪文の間合いも呼吸も吹き飛ばしバーサーカーの方から王女に近付いて来た。王子達は渾身の力で立ち上がり走り
「姫!」
「王女ー!」
と絶叫。仲間の王子二人が自分を叫び呼ぶのを、ミスリー王女は初めて聞いた。
それだけで、私はここに来てはいけなかった、ここに居てはいけないのだと、今一度感じて
バーサーカーはそんな王女の頭を撫でる。紫の髪を撫で撫で。
「どうして」
「思い出」
王女の問いに対し、氷に刻んで答えるバーサーカー。
思い出せない程の遠い昔、彼は女の髪を撫でたのか。
「私とは、戦わないの?」
その時洞窟の向こう側、そうロンダルキア凍土とは逆の、洞窟南側から声が響いて来た。
「ギーーイーー!」
来た。また銀髪のバーサーカーが来た。ナナことポッポ、ポパカマズレディ・ネオ。
激しい戦場を嗅ぎ付け、見付けて、転がるように走って来た。
ペペがポッポを見ながらぴょんと一度飛び跳ねる。
ポッポもぺぺを見ながらひょいと一回飛んだ。知り合いらしい。
ぺぺは女好きか。思えばぺぺもミスリー王女に柔和な対応を示していた。
そして新たに発生した男あり。いや発情した男か。踊るような女好きが急に元気を取り戻した。
「やったー!」
と。それは両手を広げてナナを迎え、抱き締めるサマルトリア王子。
「私は貴女を永遠に離さないぞ!」
「ギイギイ、ギイ!」
抱かれたまま、王子に振り回されるように共に踊り、ナナも楽しそう。
「貴女は……誰の事がお好きなのです」
呆れたように、悔しそうに、モンスター娘に優しく声をかける美男ローレシア王子。
スターは美男。ナナはおどろおどろしくも可愛いらしい、人間女には無い醜さと鋭さのお顔と、息を飲むFOXYな魅力爆発のお体。
硬質の口元が常時ニパッと笑う、スライムの様な顔。大きな目と大きな口…しかない顔。
いつもびっくりしている表情。この世に興味津々で、好奇心が旺盛過ぎる瞳の輝き、雰囲気、身のこなし。
「おっと、殿下、これはこれは」
「ギーイ」
ローレシア王子にそう声を聞かせるナナことポッポは、
ローレシア王子が自分で見付けて、その手で捕らえて、テパで一人占めにした。彼の女。
それがダイ王子の腕に抱かれて穏やかに幸せそう、楽しそうなのだから。
そして、育ての親のデルコンダル王もいっぱい愛していそうなレディである事よ。
「我等はこのような僻地に居るのです。
 彼女の何処へも飛べる自由自在のルーラは素敵でしょう。だからですよ」
「呪文愛しさか。怪しからん、抱き締める事はなかろう王子」
スター殿下は重々しく凛々しい。しかし決してご機嫌麗しくない御様子。
(余りに恐ろしくて、私は死にたいですよ殿下)
恐がるサマルトリア王子の体調を具体的に説明すると、ローレシア王子に睨まれて失禁しそう。
死地から帰って来てさっそく元気な二人の男が、自分達をその地に送った…つまり殺しかけた男を見ると、ポパカマズレディ・ネオと出会っていた。
最初は距離を保ち、徐々に近付くこの緊迫と緊張は、初めて出会う男女であると見る者に伝えてくれる。
ムーンブルク王女は自分の体験や、今まで見て来た人達や、色々と思い出されてこの出会いにキュンと胸をときめかせている。
バーサーカー男女は手を伸ばしお互いの髪を触り合い出した。
男は大きく、女は人間女性とそう変わらないので、身長差がマンドリルとキングコブラくらい違うのだが、男の髪が長いので女は容易に触っている。
「ギイ」
と、女が男に挨拶した。そして彼の黒髪に三つ編みを施し出す。
男は黙ってされるがままにしている。女はせっせっと三つ編み。
大木のような男に攀じ登り、男の腰を両足で挟み高みへ行って、広い背に乗りせっせと。
出来た。「ギイ」と男から飛び降り、黒髪を雨露の糸で結ぶ女。溌剌と一仕事終える。
あのもっふりした髪を良くぞここまで纏めた。
勇者の冠を外し、先っぽのおたまじゃくしの如き黒を男は自分で掴むと、女の顔を擽り…いや、撫でるのか、し出した。
「ギイギイギイ」
黒きキューティクル。それは女の髭か鼻毛か。そう見えない事もない。女の口の上で男は遊ぶ。
この男女に鼻は無いのだが。バーサーカーはその鼻孔すら存在しないモンスターだ。
男は一本のおさげ姿になり、益々サイモンに似た。
石像サイモンとの印象の違いは、黒はサイモン程には手足が長くない事。
あの石像の、大きな鷲鼻と厚い唇も無い。
なんだ。結構違うではないか。
200歳のロトの子孫ならば、一説にはロトの息子と呼ばれるサイモンに似る事もあろう。
そして彼の人間への攻撃はベホイミ、ベホマで瞬時に癒えた。
彼はもうすっかり“元人間”ですらない、年の功バーサーカーと言えるだろう。
サイモンに似たバーサーカーは200歳で、女勇者ロトに似た竜王の娘バーサーカーは100歳。
女は人間で言うと16、7歳だそうだから、男は32、3歳だろうか。
体型だけでなく、その戦闘力と包容力もドッシリと落ち着いて見える男。
彼の魔法と彼の手で、死ぬしかなかった少年達は、この油の乗った男をどう見るものか。
女バーサーカーはぴょんぴょん跳ねてムーンブルク王女の髪も触り
「きゃっ」
「ギイ」
と遊ぶ。ミスリーとポッポは身長がほぼ変わらないので三つ編みが作り易そう。
しかし彼女の指から彼女の髪は離れて行く。
バーサーカー女の手はバーサーカー男の手に攫われて行った。
男の手も少しムーンブルク王女の髪に触れ、男と人間女の顔も近付き。
(女だからでは、ないのね。戦えない理由が)
このバーサーカー男はこのバーサーカー女とは戦えるのだと、戦闘が始まるのだと王女は感じた。
バーサーカー男女はどちらからと言う事もなくチョップの応酬をし出した。
女バーサーカーは食らう度に「ギイ」と言ってる。
黒バーサーカーに取って、女とは戦いたくない場合が多いだけだ。
彼は戦いの為の戦いが出来る者とだけ戦う。
女は大体これが出来ない。男は大体これが出来る。だからレディは珍しい女だ。
女勇者ロトもロトの女武闘家も、こうでは無い。二人に出会えたとしても黒は戦わない。
この点では、ポッポは女勇者ロトを超えた。
黒バーサーカー、200年生きて来たが女とは初めて戦う。
戦おうと思える女に出会ったのも、バーサーカーの女に出会ったのも初めて。
バーサーカーに女は居ない。従って男も居なかったのである。性もエロスも無かった。
ポッポが登場した事で、ロンダルキアのバーサーカーは皆男になる事が出来た。
流れるような戦闘。
男が待っていて女が後から現れるなんて、バーサーカーは逆だなと思う賢者が居そうではないか。
ロトの賢者でありサタンの、ラジャタの語にある。
雌雄あるものは、雄が後に出現している。破壊と再構築の為に後からやって来た性だと。
男は子宮を持たず、破壊の為に生まれた。破壊する事で救い主となる者。
存在の根底にある破壊から派生して喧嘩人、戦人、維新や変革の人、暴力による罪人も出るのだと。
子宮を持つ命は母性を持ち女となった。それは破壊されて命を増やす者。
自身の持ち味を男に壊され、我が身から自分ではない新しい命を産み出す。
この賢者ラジャタの人間に遠慮ない言葉は、人として生きたサタン味の箴言として、ロトの血を引く大人は大概知っている。
人聞きの悪い、明け透けな言葉ほど多く伝わっちゃって。
男バーサーカーもまだ人間だった時に聞いたであろう。200年前は人間だったろうから。
賢者ラジャタはイシスでサイモンに熱中して彼を研究し、そこから人間研究もした、サイモンの三賢者の一人(一匹)。
サイモンが言うところの“僕の子猫ちゃん”である。サイモンは自分のファンを子猫ちゃんと呼ぶ。
ロトの嫡子であるサイモンを研究した事で賢者となり“人間とは・雌雄とは”たくさん答えを出したサタンが、破壊神に挑むロトの末裔を見たら何を思うであろうか。
男のライデインにびっくりしているレディ。
いつもよりクワッと目を見開いているのでびっくりしている感じだ。
こうやってやるんだよ
「ギギ!」
と、たまに相談しながら、男が女を教育しながら、男女は闘っている。
ローレシア王子とサマルトリア王子は、その男女の戦闘をただ見ていた。
あと一回のベホイミ、この一回のベホマが無いと死ぬ敗北を、初めて体験したばかり。
男達は二人で、棺桶に指が触れる世界を見た。
それは今後のハーゴン戦に大いに役立つ経験だったが。
それよりも二人に取って衝撃だったのは。この旅を根底から見直さなければならない程に衝撃を受けたのは。
自分の死の世界を仲間に見られた事。そして仲間の死の世界を見た事だ。
これは負けられない戦い。それがこうして、秒以下で終わってしまう様を見た。
ハーゴンに勝つ為にプライドも名誉も意地も捨てて、今動き出すか。男二人。
自分を殺しに来た男を、仲間に引き入れる道も考えなければと。
「しかし仲間は、難しい」
このダイ王子の声に頷くスター王子。
旅は共に出来ないだろう。何故ならあの強さで、ハーゴンを倒しに行って居ない。
彼だけに留まらない。バーサーカーは何れもハーゴンと戦わない構えだ。
レディもカキカキとハーゴンの顔を描ける顔見知りだが、戦っていない様子。
彼らはハーゴンの仲間とは言わないまでも、戦えない、戦わない、何かがあるのだろう。
あの男バーサーカーとは意志疎通が出来るのだ、今度そこのところ聞いてみようか。
こうやってやるんだよ
「ギーイ!」
と、ポッポは黒バーサーカーからギガデインも習得。嬉しそう。
そして男女のバーサーカーはまた戦い合う。
「ポッポ様…強くなり過ぎなのでは…」
サマルトリア王子は点のような目を、眼球がチマッと飛び出そうな程に見開き驚いている。
「であれば、私達も」
スター王子も美しい瞳を見開き言った。ハーゴンと戦わずとも、我等を教育はしてくれる器だろうと。
「殺戮御前に、師事すると」
殺戮御前と言うあだ名を付け出したサマルトリア王子。
あのバーサーカーに、我等強くして貰おうではないか。破壊神をも、破壊出来る程に。
「殿下」
後の外相の前で、後の大王は決めた。
この先何があったとしても、強くなる為に殺戮御前に師事を。
殺戮御前黒バーサーカー、今も上半身が裸でセクシーである。
祠の神官も、バーサーカーと言うモンスターに男らしさを、本日初めて感じたそうだ。
ミスリー王女がロンダルキアに登場した事によるバーサーカーの高揚で解ったと。
性別もエロスも、バーサーカーには無いと神官は思っていたらしい。
その黒セクシー、今はマントを装着していない。
一糸纏わぬ上半身だったが、鮮やかな朱色のマントが彼の胸を、逞しさを隠した。
ぺぺのマントである。ぺぺは男にも衣を着せて興奮する変態であったのか。いや。
ぺぺはマントを纏う黒を引っ張り、ポッポにもマントを掛け、自分はマントから脱出して男女の様子を見ている。
「結婚の薦め、結婚式かな」
言ってしまったサマルトリア王子は、ローレシア王子に勘弁のテヘペロ。
ぺぺの深い愛と好奇心と嗜好と大人しくも粘り強いドスケベが…サマルトリア王子には解るのだろうか。
そして黒のぺぺに対する「ご祝儀なのか」的、穏やかな感じ。
ポッポはぺぺのマントと黒の上半身をくんくん嗅いでいる。鼻無いのに。
「まさか王子」
「あれ、当たっちゃったんでしょうか」
ローレシア王子はサマルトリア王子に感心すると共に、これは悪い予感でもあるのだ。
「ナナは、私の女です」と、彼女の育ての親でありセクシーダイナマイトのデルコンダル王にまで宣言しているスター王太子。
誰が二人切りで、マントに包ませてなるものか。
しかし鮮やかな色のマントに包まって見えなくなる男女。
ただ包まった途端に、洞窟内でバタリと倒れた。
腹這いの男、仰向けの女。
地べたに倒れたびっくり顔の男女が、マントの中から王子達とぺぺを見ている。
「これは、お似合いの“こっち見んな”」
「戯言を」
ローレシア王子はサマルトリア王子のお似合い発言に怒りつつ、倒れた男女に近付く。
「私も失礼致しましたが。殿下、ここは穏やかに」
「何を言われる。私はあの方を取り返す」
取り返してこの腕に、この胸に抱こう。「全く、貴女は誰の事が好きなのですか」と言って。
その時、マントの中で小さな蠢きがあった。
モゾモゾ。
「キー…」「キ」「キイ」そんな…可愛い可愛い小さな声も聞こえる。
その声の主達は、マントからモゾモゾ、ピョンピョンと出て来た。
勇者の冠を装着し旅人の服を纏った、小さな小さなバーサーカー。三人居る。
「キキ」
「キイ」
「キ」
と、まず黒く大きなバーサーカーの腕やら肩に攀じ登って、体全部で遊んでいる様子。
座る黒は黙って見守っている。穏やかだ、この男は信用出来る風だ。
ナナことポッポは、デルコンダル王にまで宣言したローレシア王子の
(私の)
その御方が自分ではない男の、子を産んだ。
自分を完膚無きまでに負かした男の。
「キキ…」
「キィ…キィ…」
「キ…」
と、子供達はローレシア王子にも近付いて行くが、産後のポッポはやはり何か草臥れているのか、我が子の歩みを見られず倒れている。
見られなくとも、本能で大丈夫だと解るのだろう。子の歩んで行く先はローレシア王子。
草臥れ母親ポッポは目を閉じて平和そうな顔で「ギーイ…」と一声。
(平和!? 平和なのかっ)
と、目を見開くローレシア王子に向かって小さな子供達は…彼と遊びたがっているのか、彼に甘えてみたいのか、
ちま…ちま…、と四肢を動かし、近付いて
「キイ…」
「キキ」
「キーイ」
三つの幼い声を聞かせ、迫る子達に対し座るローレシア王子の、逞しい手指に纏わり付く。
「おぉ……お……私の、私の子か?」
「殿下、そうではありますまい」
返す言葉のサマルトリア王子も辛そうだ。しかし、言わねばならぬと凛々しかった。
まるで血の出るような痛恨のギャグ(ボケ)に対する、止血の如き渾身の突っ込みとも言える。
「違うのか」
ナナことポッポは、
ローレシア王子が自分で見付けて、その手で捕らえて、テパで一人占めにした
己の主動で見初めて、心こそ燃やして、いつかまたきっと一緒に
「なぜ」
と。空色の目をいっぱいに開いて、まさにその天色が青天に溶け込んで行くだろうローレシア王子の瞳。
しかし彼が仰いだ真上に、天は無い。
ここは世界最強の閉塞。生き地獄と呼ばれるロンダルキア洞窟5階。空は無かった。







(静かだ)
何のストレスも感じない。
悪霊の神々として呼び出したアトラス、ベリアル、バズズを擁する冷たく穏やかな神殿で、破壊神シドー召喚に真っ直ぐ努めているハーゴンは、そうポツリと思った。
そしてシドーへの生贄はもう……入り組んだ戦略を用いてデルコンダル王に何度も挑戦せずとも、
素直に。
力を抜いて、流れに逆らわず、このまま。
ロトの王家三勇者を供え捧げるかと、考えていた。







「ギイ、ギイ」
洞窟で母親ポッポが起き上がった。子供達を呼んでいる。
呼ばれた子らはパタパタと走って、ローレシア王子から母のもとへ。
母はちょっと疲れた様子ながらも逞しく立ち上がり
「ギイ、ギ、ィ」
と、子供達を扇動し、共に歩こうと導く。
子らは素直に付いて行きたい風だ。でも
「キー…」
と黒バーサーカーを見ている。つまり父親を心配している。
一緒に行かないの? と言う風である。
あまりに父が動かないので、1人がパタパタッと父へ走って行った。
子は地面から高く跳躍、黒バーサーカーの手の平に飛び乗る。
「キ…キ…」
父を旅路へ誘う、小さな声と体。
子は父の手と同じくらいの身長だ。彼の長い中指と手の平を合わせた長さより、少し小さいくらい。
中指に纏わり付く子を、優しくヌルヌルと解く父。
「キー」
父は静かだが、困惑する子に愛情を寄せている様子。
なんとなく楽しそうに、子に呼吸を合わせるよう促しながら父は、その子を母の胸元へひょいと投げた。
子供は少し、遊んでいる気分。母の手と胸に、吸い込まれる様に収まった。
他の二人の子は、父へ走り向かう途中に兄弟の一人が飛んで帰って来たので、母と父の中間地点で止まり、その母親と父親を交互に見ている。
「ギイギイギイ」
「キ」
「キキ」
「キイ」
子らは皆、父が心配そうだったが“お父さんはお仕事だよ”風のバーサーカー母と共に行く。
ポッポはローレシア王子の前で、他の男と幸せそうに去っては行かなかった。
小さい子供達と共に、母の凛々しさとバーサーカーの逞しさだけで去って行く。
ぺぺを始め、他のバーサーカーもゴワゴワと去る。
(私の、貴女)
ローレシア王子はナナに、この瞬間だけはそうだと思いたかった。
傷心したばかりの自分の前で男とは歩まず、しかし生れたばかりの子とは歩んで行く姿は、彼女らしい胸がすく様な凛々しさと爽やかさに満ちていた。
そして大勢のバーサーカー退去は、バーサーカー皆の自分に向けた思い遣りであり、これからの戦場の協力である事は、疑わない。
なぜなら黒バーサーカーだけが残り、こう刻んだからだ
「何か用があるな」
王太子は頷く。
「ご享受を」
スターはまた、戦いを教えて欲しいと頼んだ。誇り高い男が。
これは何の為の戦いだったか。今こそ、時だと。
自分一人が、個人がしっかりと見詰めて行きたい人生掛かった恋も、愛も、傷心も、置く。
もう二度と取り返せなくても、置く。
スターは、戦う王としてこの節制。
ナナは、他の男との家庭的な幸せをローレシア王子には見せない節制。
黒は、男が人生懸けて自分に頼み事して来た時に妻子と遊ばない節制。
節度ある三者。それぞれに耐えるべき大切なものを、耐えた先にある大事を見詰めている。
大人の事情と真剣の前に、子供達は可哀想な感じだったが。
大人達だけの不穏と緊張が解って、そわそわして、いじらしい、それでも明るく凛々しい、良い勇者になりそうな子達でもあった。


男ローレシアの鋭い、美しい、精悍な依頼を見てサマルトリア王子は、自分の旅立ちとスターに出会った頃を思い出した。
サマルトリア王子ダイはローレシア王子スターと同じ年(スターの半年後)に生まれ、
半年の差は縮まらないものの成長の速度はほぼ同じで、二人は同じ年に成人となったが、
スターの“立太子”の如き、社会へ向けた自身の大イベント(大出世)がダイには無かったので、
彼に取ってはこの旅、この旅立ちこそが名実共に、国内外へ向け自身が社会人として起った証となっていた。
まさにその頃。大人じゃーんと、ウキウキして、スターと出会ってすぐの頃ダイは彼に言ったのだ。
「男は社会に出ると、七人の敵に出会うと言いますね」
それを聞いたスターは「敵ですか」と、自分の指で敵を数え出したのだ。
三人目くらいでチラッとダイ王子を見ながら数え続けたスターである。
(なんと言う麗しき“こっち見んな”)
眼光爽やかな麗し大男。美丈夫ローレシア王子の視線を(いや、恐れながら、本当の意味で恐れながら)敵視を思い出した。
結局その数えた時、ローレシア王太子には敵が七人以上居た。味方も多い人だろうが。
ローレシア王子に取ってサマルトリア王子は、敵と味方を兼ねる人。
笑っちゃうほど緊張する敵であり、長い付き合いになる最良の味方。
サマルトリア王子に取ってローレシア王子は敵とはどうにも言えないけれど、殿下がそれで身を保てるなら私は笑っちゃう敵になるぞと、最上の味方に約束したい心持ち。
今は旅を続けて、信じられないしんどい洞窟にまで至って、ここでサマルトリア王子は
(殿下。新しき敵が、増えましたか)
そう心でスター殿下に問いかけながら、同時に殺戮御前も見る。
(思えば、そう言う事だったのかな)
御前の攻撃は。
“野郎共、目を醒ましやがれ”と覚醒させる程にぶっ殺しに来て“起っきしたか、嵐と雷覚えやがれ”と。
最高に奪い、最高に与える。両方を兼ねて。
「私にも」
と、ダイ王子も御前に凛々しく頼んでいた。活路は見えて、余りあるものだったから。


ミスリー王女はこのバーサーカーに教えを請い、洞窟での特訓については
「スター様。貴方がバーサーカーを見込まれたように、
 私も感じ取れるのです。彼は私に教えないと。私を相手にしないと。
 だから私、お願いするものですか」
私の大切な仲間の首を刎ねたわ。胴を千切ったわ。
「私はあなたの攻撃を、絶対に認めない」
そう黒に言うとミスリーは駆けて、子連れでとことこ歩いていたポパカマズレディ・ネオに追い付き、その手を取った。
「ムイ!」
ミスリー王女のすべすべの手が心地良くて、変な声を出すポッポ。
「私はレディ御前と参ります。そして神官様にも戦いを教えて頂けるわ。
 御師匠様はたくさん、いらっしゃるのよ」
「ギ〜?」
「キイ」
「キキ」
「キッ」
「可愛い方々、私も連れて洞窟の外へ、ね」
と自分を棚に上げ、この母子に奮える程ときめいている王女が先頭になり、可愛いのばっかりで洞窟の外へと、とことこ行ってしまった。
(わわっ、貴女を永遠に離さないとお約束したのに!)
実は目立ぬ様にきっちりしっかりとポッポに惚れているサマルトリア王子が焦る。
あぁ、自分のリレミトとルーラが、男三匹の命綱か。
ザオリクならば、ロンダルキア神官様の技の方が鋭くもソフトだろうし。と。
だがともかくも、これから始まる修験の中でスターとダイは旅行く女達の面影にホッとした。
ナナ(ポッポ)のリレミトやルーラで飛んで行く可愛い者達や、
ミスリーの回復呪文で癒えて行く可愛い者達を想像しては、男二人で萌えときめいた。
母国で優しい精力王太子だった、母国で優しい艶福お兄ちゃんだったそれぞれを、この洞窟でも失わずに保った偉大な力であった。
王子二人はミスリー王女と約束をしている。
我等三人、ハーゴンの神殿へ向かう強さの準備が整ったなら、神官の祠に集結しようと。

偉大な戦闘力と世界随一の高貴な王威を持ちながら、自分個人の誇りや愛を置き、自力を見定めて戦いに備える“覚悟”のローレシア王子。
小さき体と、呪文と剣の巧みなれど器用貧乏の不安定な体を抱えながら、ローレシア王子と同じ高みで戦って行ける“勇気”のサマルトリア王子。
優しく守られつつも、本来の戦場は奪われたまま、憎い敵への最前線からは疎外の憂き目に遭い。その名は落城した姫君。“怒り”のムーンブルク王女。



ロンダルキアの雪原で今、三人の勇者が燃え盛っている。
その灼熱の覚悟と勇気と怒りを、静かに正面から受けて立つハーゴン。
命が燃えているようだが、破壊神は召喚されよう。
邪教へ走り、走り、走り込んで、まだ行く道の途中だけれども、彼生来の、彼らしい柔和を取り戻しつつあるハーゴン。
彼も自身の最高点に達した時、三人の勇者と出会うだろう。
(活力、生命力では世界は救えまい。
 だがその命を破壊神の糧とし、救世の礎となれ。
 我が破壊神シドーよ。間もなく熱き生贄を捧ぐ)
身命を賭してぶつかり合う大神官と勇者達の対決が、凍土の神殿で始まろうとしている。









15.07.11
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