藪漕ぎの楽しみ

近江舞子〜雄松山荘道〜釈迦岳〜金糞峠〜イン谷口

【アクセス】

 JR湖西線を利用なら、近江舞子駅で下車してR161号を横切り、南小松の集落を縫うように進む。八幡神社を廻りこむように道は続く。自家用車なら神社の脇にある公園の駐車場を利用するのがいいだろう。道は別荘地を奥へと続くが、古い地図の登山道は送電線を越えた辺りで左方(西)へと向いている。・・・と書くのは、現在では未確認だからである。

 

雄松山荘道〜金糞峠〜イン谷口】(2002年12月15日)

 雄松山荘道は、転勤後初めて登った折に“大津ワンゲル道”で出逢った路だった。もっとも、古い地図やエアリアマップでは、仔細は不明なのだが、出合いまでは1時間半ぐらいと予想していた。「昭文社のエアリアマップ」に載っているルートは、破線で記されている。二万五千図には全く書かれていないので、少々不安でもある。とにかく、湖西道路を比良まで走りR161号へ降りて、八幡神社を探す。狭い道を奥へと進むと、神社の参道脇に駐車場があった。「公園の駐車場みたいだなァ!」と、ここへ車を置き出発だ。

登山口は神社の脇の道路を過ぎて、送電線を越えた辺りを左へと入るみたいだ。しかし、蛇に守られた鳥居の脇の登山口らしい踏み跡の場所には何の表示も無い。“エアリアマップ”によると間違いは無いみたいだ。とにかく踏み跡を辿ってみる事とした。薄暗い雑木の中を少し進むと、小尾根へと踏み跡が続いていて、そこには山歩きの人たちが付ける印がここかしこにあった。“路の方向といい、尾根の進路といい間違いないだろう”と進むが、路は相変わらずの踏み跡程度である。

 

 “大津ワンゲル道”との出合いの路は、しっかりとしていたのに・・との思いを、頭の片隅に閉じ込めて、雑木に覆われた踏み跡を辿る。高度計は、まだ300m前後の標高を示しているが、鹿の糞が目に付くようになった。暫らくの歩行で雪が現れてきた。雪の路には猪の棲み処と思われる場所にも出会い、やがて尾根が、左手へと降りている顕著な尾根へと合わさり続いていた。ここら辺りで小休止である。「この路は人は通っているが、正規の路じゃないな!」と、地図(二万五千図)とエアリアマップの路とを照らし合わせながら、出発である。

 

 

 兎に角、尾根を行けばワンゲル道に出合う筈である。歩き始めて二度目の下りで、“林道跡”らしい広い道に当たった。どうも尾根を横切る鞍部に沿った道のようだ。私達はその道を左へととった。しばらくの横掛け道は、谷へと消えていた。どうも“赤ハゲ”と呼ばれる谷のようだ。谷を挟んで見える、眼前の尾根が“大津ワンゲル道”の尾根だろう。今までの登路にも鉈目やテープがあったから、上へと路をとれば間違いはないだろうと、潅木に掴まりながらの登行である。滑りやすい路を少し登ると、テープと落ち葉に積もった雪に隠れた踏み跡が、右へとトラバースしていた。

 

 

 

 少しのトラバースで、進入禁止の印と“近江舞子へ”の案内がある立派な道に出合った。今まで辿った路とは違って立派な道が別にある、「おかしいなあ!この道は何処へ降りているんかなァ〜」と、相棒と首をひねりながら進む。雪の量も多くなり、慎重に歩を進める。と暫らくで“大津ワンゲル道”の出合いに着いた。雪の上に腰を降ろして小休止である。

 ワンゲル道の踏み跡は、昨日のもののようだ。しかし、今日私達が辿ったルートは、今冬は獣以外は歩いていないようなので、ジャングルから都会へと来たようなものだ。兎に角、ワンゲル道から近江舞子へと降りる分岐からの道は、今日の登路とは別にある筈で、今後の命題としておこう。(後日、インターネットでこの「雄松山荘道」を検索すると、登りに使った2件は登路はあやふやなままに登っていた。しかし、下山路に使った場合「林道の登山口」に無事降りていた。つまり、近江舞子からの登山口が不明瞭(?)である事が判明した)

 テルモスの紅茶を飲んでいると、50歳前後の男性が女性二人を従えて、ワンゲル道を登ってきた。この先には、ロープが架かっている岩場の箇所があるので、登行には気を引き締めて掛からなければ・・で出発である。今までと違い、雪の中にしっかりとトレースが付いた道を黙々と登って行くと、先ほどの三人組みが休んでいた。「お先に!」と、言葉を交わして古いトレースを辿って行く。痩せた尾根が崩れかかった箇所にさしかかる、ここは足下が空洞となり木の根に落ち葉や雪に隠されていて、十分な注意が必要である。

 

 

 さて、しばらくでロープの架かった箇所に着く。今夏登った折は、暑い中での登行だったが今日は雪で隠されている。岩も雪で隠されて、夏より雪に覆われている今の時期の方が登り易く感じる。今日は、ピッケルを持参しなかったし、簡易アイゼンだけをザックに入れてきた。しかし、ザクザクの雪の状態では取り出す必要は無い。二つ目のロープの箇所を上がり、濡れた手袋を脱ぎ、堅く絞りながら相棒を待つ。左手からのリフト下からの道と合わさり、少しで誰もいない釈迦岳に着いた。ここで少々長い休憩とする。直ぐに三人グループが上がってきた。

 

 

 休憩後、出発である。三人グループは下山ルートは未定だそうだが、私達は「金糞峠を降りる」という相棒の、当初からの言葉どうりで縦走路を行く。相棒の狙いは金糞峠にあるのでは無くて、この先にある比良ロッジのビールだった。

 

 トレースの付いている縦走路を淡々と歩いて行く、何故か足早となっている。「比良ロッジまで、こんなに遠かったかなぁ〜」との相棒の声を背中で聞きながら、“八淵の滝からの合流点”に近づくと、前方からガヤガヤ・ワイワイと団体さんが降りてきた。

 「どちらから?」に「『お・まつやま・そうどう』を上がって釈迦岳から・・」『お・まつやま・そうどう?(雄松山荘道)』が通じなかった!「それは『おまつ・さんそう・どう』でっしゃろ!」と通じなかったのは読み方が違っているせいだった。相棒の「まつやま、と読むわなあ!」の言い訳は、しごくごもっとも、でもここは滋賀県でした・・・そして、ひと踏ん張りで比良ロッジへ着いた。

 ロッジには『臨時休業』の張り紙と、部屋の布団を干している最中で、開店準備の真っ最中だった。「仕方ないなあ!ケーブルカー乗り場で休もう!」と、あくまでも目的は缶ビールにあった。自販機でビールを買い、待合所で持参の弁当を広げて昼食である。

 

 

 昼休の後、縦走路を金糞峠へと道をとった。今夏は、ダケ道を利用しての下山だった、又堂満岳へはヤクモの道をを利用したので、ここは初めてだった。「トレースが無かったら、堂満東稜道から降りようか?」の私の提案にも、相棒は「ええ〜」と怪訝そうに返事を濁す。数人の人と行き違うが、縦走路では10本爪アイゼンの痕もあるが、我々は今は必要としない!

 

 金糞峠には5人程の登山者が休んでいた。「念のためにアイゼンを付けて降りようか?」と、簡易アイゼンを付ける。単独の男性がアイゼン無しで降りていった。続いての男女ペアは、アイゼンを付けて「お先に!」と言い残して降りて行く。この正面谷は「崩壊が激しい為、通行はしないように!」と、ハイカーへの注意書きがある。しかし、“エアリアマップ”では一般コースの紹介で案内されている。

 

 

 さて出発である。トレースの付いた道を降りていくと、道はしっかりとしており沢沿いに降っているみたいだ。やがて水が流れている沢となり、しばらく降りると谷を巻いて道が降っていた。「ここが金糞滝だろうか?」との言葉は、堂満岳のルンゼを今冬は見てみたい!からで、取り付きの確認も兼ねての、今回の下山路の選択だったのだ。

 やがて“青ガレ”と呼ばれている箇所に差しかかる。この辺りは、岩の崩落が激しいらしい。大岩のガラガラの処を下り谷を横切ると、大山口まではしばらくの降りだった。ここでアイゼンを外してイン谷口へと歩く。今回は近江舞子に車をデポしているので、しばらく道路を歩かなくては帰れない。「“いち・ろく・いち”まで歩いたほうが、判りやすいよ!」の“おじさん”の言葉どうり、車道の横を通って八幡神社へと歩く。

 

 

 車で走れば10分足らずの距離なのだが、ずいぶん遠く感じる。R161で、今日の登路が見える箇所で「登山道はどのルートなんだろうか?」と写真に収めて、「林道の何処かへ降りている道がある筈」との今回の課題は、「あそこを下山すればわかる筈!」と深くは追求しないのが、私達の良いところなんだろうか?

 

 

【後日談】近江舞子からの登山口が知りたくて、後日、志賀町役場へ「エアリアマップの道では、送電線を過ぎた辺りで西へと向かい、尾根を通るように道が付いているが・・ひょっとしたら、林道が延びて新しい道になっているかも知れませんが?」と問い合わすと「早速調査して整備します」との返事だった。

 

 

 前日の夜になっても、当日の朝も「どこにいくの?」と聞いても「さあ〜」という返事ばかりだったが、残るのはこのコースしかないなぁと思っていたら、ピッタシ、カンカン! じょ。

 比良はリフトの乗り場があれば、自動販売機があって、ビールがあるのでうれしいなぁ〜 (^_-)-☆