休憩室 【トレイル・ランンニング考】 
 
 先日、小生が頻繁に通っている山域である≪皿ヶ嶺≫を歩いていた際、“トレラン”の4人組に出会った。彼らは翌日の競技会の準備で、コースの下見を兼ねて分岐の場所に目印のリボンを付けて回っていたのだった。近頃、四国の山道などでも“トレラン”競技者を見掛けるようになったのだが、これまでは競技会みたいな催しには遭遇したことは無かった。単独の人が、訓練のように登山道を走っている姿に会ったことはあるのだが・・・。この事について、一考。

 人は、古来からの宗教的な意味で山に登っていたのだが、近代登山(アルピニズム)は、山に登る事自体を目的とした。それ自体が目的となっている点でスポーツの一種といえるのだ。そして、山登りの愛好者は、登山が精神や肉体に与えるものを重視し、人生のうるおいとすることに喜びを感じているといえる。

 同時に登山には二つの違った側面がある。その一つレクレーションとしての側面は、山頂を目指しゆっくりと歩くことによる有酸素運動や新陳代謝の活性化を図ることにある。また、普段は目にしない景観・自然の風景を愛でたり、また、森林浴を楽しんだり、下界では味わえない人との交流等など、昨今、中高年世代を中心にしてブームが起きているのである。

 一方、スポーツ的側面は、高校総体での競技登山などがある。そして、近年、山道を走ってその順位を争うトレイルランニングなどの競技が現れた。そして、登山の技術的要素のクライミングもゲレンデを利用した競技として行われている。


 この稿で小生が新たに提起したいのは、レクレーションで訪れている人たちと、スポーツを愉しむ人との“山を歩く思い”での相違点での危惧である。強調したいのは、後塵であるスポーツ(トレイルランニング)を楽しむ一部の人達の“山への畏れ”の無さ・・である。
 
 トレイルランニングは、少し前までは一部の競技者によってのみ行われていた。近年、プロのトレラン走者によってTV番組などで話題となったり、プロレーサーによる≪百名山一筆書き≫に続いて≪二百名山一筆書き≫などが放映され、ブームに火をつけることとなったようだ。その頃より、一般の“マラソン”や“トライアスロン”愛好者が山岳トレイルに、フィールドを伸ばしてきた。元々、山登り経験者が走り始めたのと違って、整備されたコースをフィールドとしてきた人たちが“山に入る”ことでの“無知”が、様々なトラブルを巻き起こすことへの危惧である。


 登山道具店やクラブなどで、正しい“入門の案内”を周知している場合は、小生が口を挟む余地は無い。例えば、hpなどで案内しているプロレーサーを右に挙げる。    
 
 
 さて、前掲のえひめトレイルコースガイドの愛媛県・中予編は12のコースを案内している。そして、それぞれのコースに上級・中級・初級に分けられて、利用に適した形態として“ウォーキング”“トレッキング”“ノルディックウォーキング”“ランニング”“トレイルランニング”と、五種類が適用されている。その中のコースの一つに冒頭の≪皿ヶ嶺コース≫が載っているのである。

 小生の問題提起については、次項以降に掲げる。
 
 先年、環境省から下記の通知が為されていた。ここで参考までに取り上げることとし、前項のコースガイドも含めて、今回の小生の第一の問題提起としたい。


国立公園内におけるトレイルランニング大会等の取扱いについて【環境省自然環境局国立公園課】

 近年、山岳地の利用が多様化する中で、自然豊かな国立公園等をコースに設けるトレイルランニング大会が多数開催されています。多人数で走行時間を競い合いながら狭い歩道を走行することとなるトレイルランニング大会等は、不適切な内容で開催されることにより、歩道の適正な維持管理の妨げ、歩道周辺の自然環境への影響、大会等に参加する者以外の一般利用者の安全で快適な利用環境の確保の妨げとなることが懸念されるところです。
 そこで、国立公園内におけるトレイルランニング大会等の取扱いについて、とりまとめ、国立公園内の自然環境の保全及び公園利用者の快適な利用の確保を図っていきます。

国立公園内におけるトレイルランニング大会等の取扱いについて(平成27年3月31日 各地方環境事務所長宛て国立公園課長通知) 【PDF29KB】
 
≪西条市が計画していたトレラン大会の中止について≫

 2013年に愛媛県・西条市が計画していた≪石鎚ウルトラトレイル(2014年10月末開催)≫の中止を決めた。

≪愛媛新聞より抜粋≫

石鎚走破大会を中止、安全面など準備不足 2013年08月08日(木)
 愛媛県西条市は7日、合併10周年を記念し2014年10月末開催を計画していた「石鎚ウルトラトレイル」と、13年10月末予定のプレイベントを中止すると決めた。市議会が問題視する参加者の安全確保や自然保護などで十分な対策準備ができておらず、日程が間に合わないと判断したとしている。
 市産業経済部の武田仁志部長は「非常に残念。協力を依頼した関係者に多大な迷惑を掛けることになり申し訳ない」と述べ、合併10周年事業をゼロから検討する方針を示した。
 市によると、石鎚ウルトラトレイルは未舗装の起伏に富んだ山道などを走るトレイルランニング競技で、市内沿岸部から石鎚山頂付近などを巡る約160キロのコースを48時間以内で走破する想定。


 と、前掲の環境省自然観光局国立公園課の通知が出される以前に、通知の内容とは直接には関連しない内容で中止となっていた。

 しかし、西条市はwebサイトにて『西条市では、この石鎚山系を舞台に、48時間で約160km(100マイル)の山岳路を走り歩 いて巡る「石鎚ウルトラトレイル」の実施を次年度以降に計画している。この大型イベン トと、それにつながる前年度から開催する様々なイベントによって、地域の活力の向上や 国内外からの多くの交流人口を受け入れるための起爆剤として計画しているものである。また、大会開催に伴う関連消費の直接的効果はもとより、日頃からこの大会を目指して 表石鎚を訪れる登山客の増加による宿泊施設や関連観光施設への経済効果や、大会そのも のを地域と一体となって作り上げていくことによる地域おこし、まちづくりの効果も大き い。』と述べ、

 地元への経済効果を目論んでいることが窺えるのである。これは、愛媛県が『サイクリングパラダイス・愛媛』などと銘打って各種大会などに力を入れているのと同様の発想ではないか?

 上記≪石鎚ウルトラトレイル(2014年10月末開催)≫は、何ら準備も整わないままに立案された大会だったのか。大会の中止の判断として『参加者の安全確保や自然保護などで十分な対策準備ができて』いなかったとの事だが、果たして前述の環境省自然観光局国立公園課の通知“トレランのコースを従来の登山道を利用する”ことでの問題点などは、一切、危惧されていなかったとするなら、行政機関としては失格と云えないのか?経済の発展を目指して進んで来た国がどのような末路になるかが判ってしまった現代、未だに“経済効果”云々しか目指さない社会の行く末を危惧するのは小生だけなのか。
 
≪公園内の一般登山道を利用することについて≫

 もう十何年前のことだったか、小生、鈴鹿山系の御在所岳へ登った際(その頃は、土日のみの山行)に、除けれない道幅の登山道を駆け下りて来る人達に遭ったのだった。上の方から駆け下りる足音で判るから、登っていく人たちは準備は出来るのだが、大岩が転がる登山道の裸地の場所でも駆け下りて来るのだった。その頃は“トレイルランニング”などの言葉は一般的では無く、物好きのオッサンの趣味の世界だったのだ。しかし現在、ブームとなり専門書なども出版され、TVでアドベンチャーレースが流され“トレラン”の言葉で言われる世の中である。そして、登山店に専門のコーナーさえ出来ているのだ。儲けになれば、少々の問題点などには目を瞑るのが、日本人らしい奥ゆかしさと呼ぶのだろうか?

≪自転車歩行者道の例から何を学ぶ≫

 一時期(現在も)、自転車による交通事故から守る為に歩道を通行することが許された。しかし、マナーの良い自転車乗りばかりでは無く、歩行者をはねるなどの自転車による重大事故を起こし始めた。当然、その事が社会問題視されるのに時間は掛からなかった。自転車保険が広まり、学校などで自転車を乗る講習が行われ始めた。しかし、講習やマナーを声高に云うだけでは事故は無くならなかったのは当然である。そして、先年、やっと自転車の通行の交通法規が改正【2015年6月1日施行)されたのだった。その中で、
『自転車が通行可能な歩行者用道路を通行する際は、歩行者に注意して常に徐行しなければならない。』という条項は、特に気を引く条項だ。そんなこともあり、近年のサイクリングブームもあり、自動車道にサイクリングレーンが設けられたりして、随分と、自転車の走行も便利になり歩行者も安心して歩けるようになって来た。

 この例は、道路交通法によって歩行者が守られているのだが、歩行者同士で守られるべき“弱者”は・・・・。この際の弱者は走っている者より“歩行者”であり、若者より“年配者=老人”であり、男性より“女性”である。


≪守るべき対象は歩行者だけに限らない≫

 山岳にあるトレイルが対象のランニングに於いて、未整備の走路では落石や土砂の崩壊を起こしかねない。ましてや、大会などを催すことにより、集団で同じ走路を踏み締める・・という事が起こるのである。ここは、走る為に造ったトラックでは無いのだ。貴重な自然(守るべき自然)が広がる公園があるのです。個人が週に一回や月に一回の利用なら見逃す事もできるでしょう(自然に負担が少ない)。“トレラン”のブログの中には、下山中に落石を起こすなどの記述さえ散見する。一部の者には、整備された道路を走るのと同様に、未整備のトレイルを出来るだけ早く駆け抜けるだけのランニングを目的とし、自然を守るという観点など見受けられない。


≪主催側のコース設定は≫

 従来からある登山道を利用してのコース設定は簡単だ。しかし、笹を刈り、梯を掛け、道標を掲げ道を整備してきたのは、山好きの人達で、ボランティアの人たちの汗で築かれたのが事実であろう。決して行政機関でも無く、ましてや、登山道具店でも無く、ツアー会社でも無い。小生は何も、トレイルランニング愛好者を登山道から追い出そう・・と、云っている訳では無い。登山道を利用するのなら、登山者とはあまり遭遇しないコース、遭遇しても危険でないコースを選べば良い。少なくても、百名山や四国百山などの有名蜂はコースから避けるようにコースの設定が必要だろう。また、都市の近郊の山でお年寄りや子供連れが訪れるコースは避けるべきで、また、少人数でも土日は避けるべきと考える。つまり、走るべきコ−スの選定をすべき・・と提起するものである。

 
≪国立公園に限るのか≫

 環境省自然環境局国立公園課の通知は国立公園内での大会を対象にしたものだが、これは、管轄が国なので仕方が無い。その他の公園や、希少種の保護などの指定される各種公園にも、前記、公園と同様に“自然環境の保全及び公園利用者の快適な利用の確保”が求められるものと思う。
 
 
 上掲のガイドブックは、“石鎚 トレラン”でのネット検索でヒットした本である。ここには≪公式 GUIDE BOOK≫との消印(?)が押されているが、この種の営利を目的とする企業が“公式”と名付ける本を出せる事自体、不思議。交通機関の利用を主たる目的とした“旅”は、登山口からは登山道を利用する。また、この本を利用してツアーを組んで儲ける事を目論んでいる者がいる。何事に付け、営利が絡むと“眉唾”ものである。“ガイド”とは、この本を読んで実行に移す人を安全に案内する情報を載せている筈。

 しかし、このガイドブックを参考にして歩いている(ランニング?)人のブログを見て驚いてしまった。真夜中に山小屋に辿り着いたり、さほど山登りの経験もないまま“石鎚ロングトレイル”を参考にして縦走を計画したり、短パンで山を走るという暴挙までしでかしているのである。山へ入るには“長袖・長ズボン”は常識である。その理由については、改めては述べない、ここは四国、ニュージンランドやカナダでは無い、常識なのだ。


≪マナー違反を咎めるのは誰≫

 この≪公式 GUIDE BOOK≫には、【トレイルを楽しむルール&マナー 10】の項があるが、昨今の登山ブームの中、一般登山者の間でも守り切れないマナーに遭遇する時、十分に山の知識が無い“ランナー”が理解できるのかは知る由も無い。先にも述べたのだが、事故やトラブルが起きてからでは遅い。また前項の
≪国立公園内におけるトレイルランニング大会等の取扱いについて【環境省自然環境局国立公園課】≫の周知を、その他の公園などや一般登山者が利用する山頂へと続く道に適用すべきでは無いか。同時にこの周知は≪個人のトレーニングは含まない≫としているが、こんな“片手落ち”な話などトンデモナイ。前掲の≪公式 GUIDE BOOK≫のマナーは、“歩道を疾走する自転車はマナーを守れ”と云う常識が通らなかったのと同様では無いのか。

【提言】  条例などで、競技会だけでは無く一般の愛好者も適用したランニング禁止の場所(上記、周知を参考に)を設けるべきである。


≪競技会を催す際には≫

 例えば、公道で“サイクリング競技会”や“ウォーキング大会”などの競技会を行う場合と同様に、一般登山者に周知する事を義務付ける・・というのはどうだろう。また、時間を決めて通行止めなどの配慮も必要と考える。同時に主催者は、競技会の前後には登山道の整備などもあって然るべきと考える。
 
≪最後に≫

 本稿のトレイルランニング考が抱える問題には、山でのオーバーユース問題同様の問題点を抱えている。つまり、大自然の中へ分け入る人間は大自然をも凌駕出来るのか・・という問題であろう。