休憩室 【石鎚山登山道、土小屋ルート】 
 
 昨年(2015年)11月21日の愛媛新聞の報道には驚いた。石鎚山の登山ルートの土小屋ルートの整備にかかる費用の負担が大変なので整備を休止する旨、石鎚神社が愛媛県に申し出たとの記事で、その事を受けて愛媛森林管理署が登山道の閉鎖を示唆したとの報道であった。
  
 
 上記、新聞報道から当事者の発言要旨を抜き出した。

≪石鎚神社≫
 整備停止の対象は土小屋からのルートのうち、西条市側の成就社ルートと合流する地点までの約4`。この部分は国有地だが、1970年のスカイライン開通以降、信者のために神社が木道を敷設・修繕してきた。しかし、雪や落石で毎年のように木道は破損し、神社は年間平均約300万円を修理に投入。

≪愛媛森林管理署≫
 人員や予算がネックで、署が登山道全域を維持するのは困難・・・とし、修繕されない場合は通行止めにせざるを得ない。また、登山道が西条市と久万高原町にまたがっているため、県による管理が適当として、一帯を無償で貸し付け、管理方法をゆだねる案を打診しているとの事である。

≪愛媛県自然保護課≫
 上記の案に対し、行政が手をかければかけるほど責任も増す・・として、多くの人が訪れる場所で重要な課題と認識しているが、十分な話し合いができていない。毎年のように修理が必要な施設に公金を支出できるのか、壊れない物を作るとしても、環境への影響はどうなのか、など論点が多い。少し時間がかかると思う。


 尚、石鎚神社は『整備停止は正式決定したわけではないが、単独での負担は限界だ。石鎚には県外客も多い。愛媛県民全体で受け入れる仕組みを考えてもらえば』と話している。
 
 
土小屋ルート閉鎖回避(注:平成二十八年二月十一日)≪愛媛新聞から引用≫
 
 
 さて、2月11日付けの新聞報道で『土小屋ルート閉鎖回避』の結論が出たが、このような中途半端な結論で良いのか?ここで、何点か問題点を提起するのだが、あくまでも小生の私心である。

 まず、石鎚神社の“我が儘”についてである。まず前提が石鎚神社・成就社のある表参道の成就社ルートには、登山口のある西条市の北側を起点とした石鎚登山ロープウェイが1966年8月に開通した。そして、南側の久万町側(現在は久万高原町)の石鎚スカイラインが1970年に開通したのである。当時のモータリゼーションを利用して、石鎚詣の石鎚講の信者だけでなくて登山ブームに乗った石鎚登山を手軽なものにしたのだった。その恩恵を受けているのが当の石鎚神社の筈である。登山道の閉鎖によって損害を受けるのは、登山道を利用出来なくなる講の人達や百名山ツアーを企画するツアー会社であって、断じて、山好きの登山愛好者では無い。

 次に、愛媛森林管理署の『通行止めにせざるをえない』とし、『管理を行政に委ねる』という考えに一言。この国の出先機関の我が儘はどうなんだろう?この行政機関は、ボランティアなどによる登山道の整備に口を挟み、危険個所がある登山道の通行止めを愛媛県内でも各所で行っている。次項で触れるが、少なくても『国定公園』内にある登山道などを含む遊歩道については、当該の行政機関が責任を持って管理すべきであると考える。何の努力もしないまま、森林管理署が通行止め云々の判断を下すのはいかがなものかと思う。一時期、石鎚山弥山から天狗岳の登山道を通行止めにしていた件についての経緯は有名だ。署は、あくまでも管理するのが目的で、規制署であってはならない。当該機関へ目を光らせ、『ここにはこういう問題があるからこうしたらどうか?』と、指導するのが第一であろう。

 さて、ここで直接関係する前述の行政機関は愛媛県自然保護課だ。小生、昨年、『四国のみち』の愛媛県ルートを踏破した。そのルートで、山越えの道や尾根を辿る道がある。その道を整備したのが、上記機関だった。永遠と続くかのような木道が続く道である。木道に辟易しながら登るだけなら良いが、今回、問題となっている“土小屋ルート”の沢部の横断箇所は、雪解けの時期、道が現れると毎年の如く補修が必要な事は容易に察せられる。今や廃道となってしまった黒川道などの沢沿いにつけられた道は、雪解けの際や大水の際に道が流されるのは古来より知れている。

 その対策として、登山道の付け替えがある。小生の経験している付け替えの例として、近隣では、堂ヶ森の梅ヶ市ルートが尾根ルートへと付け替えられた件、北アルプスでは、剣沢から仙人池経由の欅平へと降りるルートの仙人池から阿曽原温泉までの≪雲切新道≫への付け替えがある。しかし、土小屋から弥山の頂上社へと向かうには、登山ルートの東稜ルートを採用する訳にはいかないとも思う。

【付記】
 現在、通行止めとしている石鎚登山道の東稜ルートを歩くツアーの募集が、一部の旅行社で公に行われている事などは上記関係機関はご存知なのであろうか?
 ここ日本ではこのようなルートを始め、ルート別に歩行レベルを設けて注意喚起するというような議論が起こらないのが、なんとも不思議だ。

 
≪結論≫
 登山道の整備が出来ない事を理由にして、安易に『登山道の通行禁止』をいうべきでは無い・・・と、小生は考える。そしてこの問題については、残念に思う事がある。一つは、この問題について県内の登山団体が行政に働きかけをしたという噂を聞かない事だ。そして、もう一つは、ネットでの議論が見えない点である。三面記事などタレントの不祥事などではネットを賑わすのだが・・・。


 最後に、≪寄付制度≫の導入を考えているとの事だが、特定の人や団体だけを相手にするのじゃ無くて、日本ではあまり真剣に議論されない、入山料制度なんかはどうなんだろうか?付け加えるならば、1995年までは石鎚スカイラインは有料だった筈。

 今回の行政の対応については、政治問題として行政機関の内で儲ける組織を民営化する、あるいは、赤字の部門を切り離すなどの“一般受け”のする議論があるが、ここで今回の小生が提起した問題点では、関係機関がいずれも利益を生む組織ではないので、これらとは違う観点で論ずるべきだ。つまり、自然公園内などでのレクレーションは国民の文化活動の一つで国民の生活レベルの向上に寄与するものと思われる。それらが安全に行えるよう目を光らせるのが、行政の役割だと思う。如何。

 そして、今回、小生が提起している“入山料”や、関連する“オーバーユース”などの諸問題については、いずれ触れる機会があるだろう。