藪漕ぎの楽しみ
荒川〜葛川越(大物峠)〜荒川峠〜荒川
【アクセス】 荒川峠への登山道を利用する。湖西線利用なら、JR志賀駅で下車して荒川のバス停から山道へと入る。現在は、湖西道路が横切っており、JR志賀駅から直接志賀インターへと向かう方が間違わない。自家用車を利用の場合は、志賀インターを降りて左手へ進むとよい。林道は中谷出合まで続いているが、手入れされていないので注意を要する。又、駐車スペースは何箇所かあるが、十分に気をつける必要がある。
【葛川越〜荒川峠〜荒川】(2002年11月24日) 今日は、転勤後初めての“一般ルート以外の路”を辿ることとなった。つまり“関西の藪ルートの初お目見え”でもある。今日の“葛川越”のルートは、「昭文社のエアリアマップ」に載っているルートでもある。しかし、私たちは下山路に荒川峠を使う事としたので、坊村のルートは次回のお楽しみである。
先の“エアリアマップ”に、『葛川越(熟練者向●コース崩壊につき一般は入山注意)』とあり、最後に『・・・ただ由緒のある道が、このように滅びかけているのは残念であり、是非整備してほしいと思いあえてここにとり上げてみた。』と締めくくっている。そして今日が、藪が薄くなった時期を待っていた私たちの旅立ちの日である。まだまだ地理に不案内な私たちは、R161号線沿のガソリンスタンドの若者に道を尋ねて、荒川の集落の中へと車を向けるが、湖西道路に行く手を阻まれ志賀駅前へと迷い込んだ。しかし、判ってしまえば簡単な道だった。
道は、両側に雑草が生い茂っており、車体にキズが入るのが気になる人は、ずっと手前のテニスコート脇にでも駐車するのがいいだろう。私たちは、大谷川を渡った所を駐車場所とした。車を降り、出発準備をしていると、道路を上がってきたご夫婦が傍を通り過ぎる。さて、今日の山行ルートの地図を片手に出発だ。直ぐ先の堰堤脇で、先程のご夫婦と挨拶を交わす。「先週は、紅葉が綺麗でしたヨ!」との事で、葛川越のルートの事を尋ねるが、「荒川峠の登山口は、直ぐ先にある」との事で、葛川越のルートは知らないようだった。
兎に角8時に、登山口の案内どおりに“荒川峠”へと道をとる。紅葉の落ち葉を踏む音が心地よく、谷を離れて暫くの登りで分岐に着いた。もちろん、ここには何の案内も無いが、古ぼけたテープがルートを指し示している。そのトラバースの路の下には、もう一本谷へと向かう路がある。相棒が「あの路は、何かなア!」と云いながら付いて来ている。落ち葉で埋もれた路は、右からの小崩壊のザレ場もあり慎重に歩を進める。そして、ちょっとしたザレ場の横断箇所で、相棒の“とっても大事な帽子”がころがり落ちてしまった。「ちょうど良かった!ここで休もうか?」で私が、ころがり落ちた帽子を取りに、谷へと降りていくのである。
小休止の後、すこしで路は谷へと降りていた。ここら辺りでは谷の水量は少なくて谷の傾斜も緩く、どこでも上がれそうだ・・・コースガイドには『・・今までと違い谷筋を登るのであるが、浮き石があったり両岸より落石しそうであったり、あるいは道が消えていたりして・・』と記されているが、歩き良い所を辿っていけばいい。もちろん、それは水のある所だったり、岩の間だったりする訳で“昔の道”も、今は影も形も無い。
人の匂いがしない先人の残した微かな踏み跡を辿り、一歩一歩と歩を進めると、流れの中に菓子袋が捨てられていた。賞味期限の日付は’02年の5月だった。“この春に、ここを辿った人がいたんだ!”嬉しい思いがした。尚も進むと、前方に2m余りの岩場の箇所が現れた。そこにはロープが張ってあり、相棒もなんなくクリア出来た。 しばらく進むと水が枯れてきた。歩き易い処を選びながら進むだけなのだが、同じような大きさの枯れた谷が現れた。どちらも同じ方向に上がっていくように見える。見通しが利かないので「どちらを行っても合わさるかもしれんなア〜」と右の谷を進むが、進路が北へと向いてきた。「踏み跡が無いから、ちょっと左を見て来る」と、相棒を残し偵察である。小休止の後出発!しかし水の切れた谷は、木々に覆われ潅木に遮られているので歩き難い事この上ない。前方の見通しが利かない中、先人の残した潅木を切り落とした“鉈目”に出遭った。それも真新しい痕だった。地図の窪みから見ると(すでに水線はない)、谷は真っ直線に前方の峠へと突き上げているので、迷うことはない筈である。微かに続く踏み痕を辿って、つい先程、谷の出合いからも確認できた“白い色をした岩”を前にして、小休止である。「びわ湖」を眺めながら・・・
一服のタバコは、心を平静に保つのに役立つが、近頃の“嫌煙家”の勢いは留まる所はない。「全く肩身が狭い身分になってしまったものだ!」さて、再出発だ。踏み跡は、“獣道”みたいだが・・・。目の前に“吉永小百合(失礼)・・鹿のフン”が現れた。そして、その獣の道が「葛川越」へと導いてくれたのだった。鈴の音を響かせながら歩く縦走路は直ぐ上にあった。10時20分に乗っ越しに着いた。坊村に向かう路は、先日辿った「白滝山」をからんで流れる「白滝谷」沿いの路で、「牛コバ」へと続く路だ。
当初の予定どうり、今日は烏谷(からと)山を目指す。ここからは一般ルートなので、時間は気にかけずに縦走路を辿れる。「二度の急登がある」と、親切な(?)案内板に導かれて、烏谷山へは縦走路から外れて左へと路は続いていた。直ぐ先を歩いていた女性の腕章は、“比良山系を縦走するグループ”の印だそうで、「北小松まで縦走する」と、得意げに話していた。私たちは、先を急がないので烏谷山で中休である。 ゆっくりと時間を取り、出発の準備をしていると、私たちのルートの反対側から、男性が歩いて来た。「どちらからですか?」と、いつもの好奇心が頭をもたげる・・・「坊村から・・」「えっ!路はあるんですか?」「え〜、道というほどじゃ〜ないけど、テープがあるので迷う事は無いですよ!」との会話は、相棒にも次回の計画を伝える事となっているのか?否か?とにかく、下山である。
荒川峠へは20分ほどで着く。相棒は先日の写真教室への参加以来、重いカメラ(否、レンズ)を背負っての山行となっているが、今日のルート(藪の中)では取り出す事もなかった。「降りる時は、ゆっくり行ってネ!」で、撮影タイムのサインが頻繁に出される。しかし、今日は三脚を置いてきたので、どうなることやら〜。と上から、先ほどの男性が降りて来た。 この道はすでに“獣の匂いがしない道”である。しばらくすると、植林が現れたり自然林が混じったりしながら降りている。道は落ち葉に覆われている。暗い植林の中で黄色く照らす小潅木が続いていた。“写真タイム”は我慢が大事である・・・もちろん私の・・である。道の傾斜も緩やかとなって来た頃、朝方の“別れ”の箇所に着く。林道は直ぐ下なので、「コーヒでも飲もう!」と、ザックを降ろした。木々の間からは、はるかに葛川越えと大岩谷の窪みが確認できる。このあたりの紅葉は、今が盛りのようだ。 林道の登山口に降り立つと、目の前にはびわ湖が広がっていた。ずっと遠くには、湖東の山々も確認できたが、私たちにとっては未知の山々である。結局、今日出会った人は、縦走路以外では一名だけだった。今回の山行も、“文明(ケーブルカーやリフト)と引き換えに失ったものが何だったのか?”を考えさせる山行だった。
車の運転は出来ない、山行の計画はしない、口出しはする(たまに、ルートの修正は出来るかも・・)、帽子を落としたら取りに行って貰う・・・。こんな私ですが、この時ばかりは、ちゃんと「ありがとう」と言うたんじょ!。 三脚は重いし、登山では立てる暇がないので、一脚を買って持って行ったけど、縦には揺れないけど、横には振れるのよ〜、どうすればいいの? 杉林の登山道を明るく照らしているような、下生えの潅木の黄葉が綺麗だったんだけど・・・。
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