【カルデラ噴火で、死滅?】 

 下記表題のサイトがヒットしました。ネットの検索などによると『鬼界カルデラで、四国の縄文人は絶滅した』との論調が“まことしやか”に流されていたのは、このサイトが“諸悪の根源”といえるのでは・・と、思わざるを得ません。

 しかし許せることは、このコラムを担当しているのは火山の専門家ではあっても、人類学の専門家では無いという事でした。氏が、何時の時代にどういう大噴火が起き、どの地域まで、どの程度の損害を及ぼしたであろう・・。という事を推し量る事は可能でしょうが、今から7,300年前の我々の祖先がその時、どういう行動をとり得たかは判り得ないでしょう。

 近年、日本人が住んでいる生活圏に影響を及ぼした火山の噴火を幾度か経験しています。その火山活動の影響で、数年の間は彼の地を離れることを余儀なくされたとしても、数十年もの間その影響を受けているという話を聞きません。確かに、今回、取り上げた≪カルデラ噴火≫とは規模が違っている事は承知しています。それは被害程度の違いであって、快復にどの程度かかるのかという問題なのでしょう。地球という物体に誕生した我々は、どんなに強力な武器を振りかざそうと、地球の生命活動の中で生かされている訳です。火山、地震、台風の襲来、大雨が続く日、乾燥した日が続く日、極暑、極寒の日々などなど。

 それらを経験して生き延びて来た我々の祖先。そして、これからもそれらを経験しなければならない我々。


NHK 備える防災 コラム 日本の火山活動
≪第5回 カルデラ噴火!生き延びる術はあるか?≫
藤井 敏嗣(火山噴火予知連絡会会長) 2013年3月29日更新


広域火山灰の分布


まずは(図1)をご覧ください。火山が日本中に分布している訳ではないのに、日本中、至る所に火山灰層が分布していることを示す証拠が見られます。このような火山灰は噴出源の火山から数100km以上も離れた地域までの広い領域を覆っているため、広域火山灰と呼ばれるもので、数日から1週間程度で降り積もるものと考えられます。広域火山灰は、歴史的には一瞬のうちに広い地域を覆った時間マーカーなので、遺跡の年代決定などに欠くことができないものです。また、ローカルな火山噴出物との上下関係から、その火山の噴火史を読み解くことにも使われます。

また広域火山灰は、規模が大きく、激しい噴火によって数10kmの高さまで噴き上げられた噴煙が上空の偏西風に流される途中で経路の地表に降り注ぐため、日本に分布する広域火山灰は、必ずしも日本の火山から放出されたものばかりとは限りません。一部には、中国と北朝鮮国境の火山、白頭山や韓国領のウルルン島から噴き上げられた火山灰もあります。

火山灰のうち、粒子サイズの大きいものは重いのであまり遠くまで流されないうちに降下し、細粒のものは遠くまで運ばれます。この結果、噴火地点に近いほど粒子サイズが粗い火山灰が厚く堆積し、遠くには細粒の火山灰が薄く堆積することになります。さらに、広域火山灰は巨大噴火が発生したことを示す記念碑ともいえます。広域火山灰をもたらす噴火は、非常に短い期間で地下に蓄えた大量のマグマを放出するため、マグマが抜けた後の空隙に地盤が落ち込み、巨大な鍋状の地形を作ります。この鍋状の地形が「カルデラ」と呼ばれることから、このような巨大噴火を「カルデラ噴火」といいます。また、中には規模が大きく、あまりに広範な領域が破滅的状況になるものもあり、これらは「破局噴火」とも呼ばれます。




最新のカルデラ噴火

このような広域火山灰をもたらした噴火の一例が、鬼界カルデラの噴火です。今からおよそ7,300年前、鹿児島市の南方およそ100kmの島で激しい噴火が発生し、島の大部分が失われて海底に巨大なカルデラが形成されました。放出されたマグマは100立方kmを超えます。当時の島の一部は、現在でも薩摩硫黄島などで確認することができます。この噴火によって発生した火砕流の一部は海上を走り、大隅半島や薩摩半島にまで上陸。また、海中に突入した火砕流の一部は大津波を発生させ、その痕跡は長崎県島原半島で確認できます。

成層圏にまで到達した巨大な噴煙を構成する火山灰は、途中で火山灰を降下させながら偏西風に流され東北地方にまで達しました。この火山灰はアカホヤ火山灰と呼ばれ、関東地方でも10cm程度、大阪・神戸付近では20cm近くの厚さまで降り積もりました(図2)。この火山灰は今でも各地で確認できます。

活火山のない四国も厚い火山灰で覆われ、南九州から四国にかけて生活していた縄文人は死滅するか、食料を求めて火山灰のない地域に移動し、1,000年近く無人の地となったようです。というのも、この火山灰層の上下から発見される縄文遺跡の土器の様式が全く異なっているからです。このように、活火山の無い四国や近畿、中国地方東部であっても、南九州で大規模な火山活動が起これば、大変な火山災害に襲われることがあるのです。




上掲の引用は、NHKのサイトの藤井敏嗣(火山予知連絡会会長)氏のコラムでしたが、
次に引用する研究文章は・・コチラから
  

  

 前項の最後に引用した資料では「南九州アカホヤ論争」として、
≪九州大学大学院比較社会文化学府 續ィ光博≫(平成26年1月)で発表されています。私は研究に携わる者ではありませんし、上記論文に口を挟むものではありません。小生の稿は、只、事実として見解が分かれる点がある・・という事を前提とします。

 上述の藤井氏の事実(カルデラ噴火)についての認識には異論を挟むものではありません。しかし、最終段落に書かれている「南九州から四国にかけて生活していた縄文人は死滅するか、食料を求めて火山灰のない地域に移動し、1,000年近く無人の地となったようです」という結論は、いささか短絡的というか一面的な見方だと、小生は考えます。



次に引用する研究文章は

≪カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に[前野深(東京大学地震研究所)]≫
コチラから
  




≪考察1 南九州から四国にかけて生活していた縄文人は死滅か?≫

 まず、火山の噴火による火砕流の直撃や爆発による津波の被害は想定出来ます。しかし、火山の降灰によって「食料が無くなり死滅」するとは、到底考えられません。確かに、今まで通りに食料は手に入らなくなった事は容易に推測されますが、そもそも食料を求めて日本列島へとやってきた祖先が、そんなに簡単に死に絶えるとは思えません。もちろん、火砕流や噴火の直撃を受けた者たちは、命を奪われた」ものと推測出来ます。

 そしてまた、「火山灰の無い地域へ移動する」といっても、関東以北まで移動して行ったのでしょうか?それぞれ、九州地方から、四国地方から、中国地方から、近畿・中部地方から逃げて行ったのでしょうか? 否。

 一定の時期大集落で生活しながら、忽然と消えてしまう祖先たち。その行動様式は“日本列島だから”なのではないでしょうか?数ある集落遺跡のいくつかの割合では、縄文の1万年の内の1000〜2000年の痕跡を残して、忽然と、以降の痕跡が消えてしまっている集落が存在します。その理由を知る事は不可能でしょうが、過酷な自然環境である日本列島こそが、当時の祖先たちに定住を続ける事が困難にしているであろう事は、容易に推し量れます。同時に、堅果などの採取については、日本列島の気候と密接にリンクしているとも思えます。

 気候の変化に伴って植生が変わり、今まで採取していたものを引き続いて得るには、移動せざるを得なかったものと思われます。また、植生の変化に伴って食生活を変えるには、それを可能にする新たな技術が必要となる場合もあったのでしょう。


 そして本格的な定住といえる生活に入るのは、時代が変わるスイッチの役割の水田を手に入れたからなのでしょう。


 さて先にも述べた、≪九州大学大学院比較社会文化学府 續ィ光博氏の考察≫中の結論の一部をあらためて以下に引用します。

 第6章 結論 −鬼界アカホヤ噴火は狩猟採取社会にどのような影響を与えたか−

(前略)

 鬼界アカホヤ噴火が自然環境に与えた影響は、自然科学分析の進展によって植生変化などの議論が深まっているのに対し、九州の縄文文化に与えた影響に関しては、南九州アカホヤ論争と呼ばれる土器文化への影響についての議論が中心となっている。K-Ahが広域テフラの代表格とされ、特異な巨大噴火というイメージが先行したために、噴火後の罹災地域における狩猟採集社会の対応や再定住のプロセスをはじめ不明な部分が多く残されたままである。
 これまでの研究の問題点としては、地域によって火山噴火によるインパクトが異なる可能性、すなわち噴火による影響の地域差が考慮されなかったことがあげられる。また、考古学的事象と自然科学的データの吟味、そしてお互いのデータの突き合わせが十分でなかったこと、さらに、K-Ah降下前後の資料の比較・検討も直前・直後という厳密なタイムスケジュールでの比較・検討ではなかったこともあって、火山災害状況の復元が不十分となり、短略的な解釈にとどまってきた。

(以下略)



≪考察2 食料を求めて!≫

 前述の火山灰の降灰によって、今まで採取していた堅果類などの植生も変わることは必然で、食料としていた植物を得られなくなった動物達も、同様に移動せざるを得ません。そう、かつて日本列島へと渡って来た祖先たちと同様に、食料を求めて移動せざるを得ません。結果的には、気候の変動に伴う植生の変化と同じように移動したものと思われます。移動する契機は、そこに留まっていても生き延びれないと判断した瞬間なのです。そう、現代の我々も同様です。

 噴火によって壊された自然が元通りに快復するためにかかった時間については、やがて、新たな研究成果として発表されるのを待つしかありません。規模や環境が違うものの、新たな噴火によって小笠原諸島に新しい島が出現しています。その島が、どのように生成されて行くのか・・も、参考になるものと思われます。

≪次項に続く≫