縄文文化を巡る!   
 2020年「waiwai隊」 縄文遺跡を巡る旅(九州)
宮崎埋蔵文化財センター~宮崎県総合博物館(2020年2月16日)


 西都原考古博物館で、思いかけず遅いランチを食べることが出来、次は宮崎埋蔵文化財センターへ向かいます。ここを事前にネットで検索するも本館には展示場はなくて、分館に常設展示場があるとの情報。
 13時40分に考古博物館を出て、ナビに行き先を入力します。結局、西都ICから自動車道に乗って、宮崎市内へと向かいます。宮崎西ICで一般道を走りますが、またしても国道10号線です。昨日の姶良市から度々走る事となりましたが、私たちの意図してのことではありません。
 ナビの示す『宮崎埋蔵文化センターの駐車場』へと入る道が判然とせず、迷ってしまいますが、こんな事は大した問題ではありません。結局、宮崎県総合博物館へ着いたのは、15時前でした。目的の宮崎埋蔵文化財センターは、この博物館の裏側でした。



 総合博物館の入口の横に展示されている『縄文から弥生に生きたクスノキ』を見た後、案内に従って『宮崎埋蔵文化センター』へ向かいました。

 受付では、フリーパスでした。




 いつものように下記には、小生がこのサイトで使用している縄文時代の時代区分を載せておきます。

【AMS法による区分】

草創期    15,000~12,000年前
早期      12,000~7,000年前
前期      7,000~5,500年前
中期      5,500~4,500年前
後期      4,500~3,300年前
晩期      3,300~2,800年前




【関連リンク先】
 宮崎埋蔵文化財センター  宮崎県総合博物館
  


 
 ・2月11日(火)  松山  ~岡山 ~博多 ~大野城(コミュニティバスで大野城心のふるさと館を往復) 博多  ~姪浜(経由) ~東唐津(泊)
 ・2月12日(水)  東唐津  ~(末蘆館)唐津  ~吉野ヶ里公園(タクシーで往復)  ~鳥栖(泊)
 ・2月13日(木)  鳥栖 ~新鳥栖 ~熊本 ~山鹿市(山鹿市立博物館まで往復) ~ 熊本城観光 ~ 熊本 ~鹿児島中央(泊)
 ・2月14日(金)  鹿児島中央 ~鹿児島県歴史資料センター ~鹿児島市ふるさと考古歴史館 ~指宿市考古博物館 時游館 Cocco はしむれ~指宿(泊)
 ・2月15日(土)  指宿  ~姶良(姶良市歴史民俗資料館) ~上野原縄文の森 ~霧島温泉(泊)
 ・2月16日(日)  霧島温泉  ~西都市(西都原考古博物館)  ~宮崎埋蔵文化財センター ~宮崎市(泊)
 ・2月17日(月)   宮崎市  ~鹿児島中央  ~岡山  ~松山
 
【当初の計画】
 
 
 ・2月14日(金)  鹿児島中央  ~指宿(泊)
 ・2月15日(土)  指宿  ~指宿市考古博物館 時游館 Cocco はしむれ ~鹿児島県歴史資料センター 鹿児島市ふるさと考古歴史館 ~姶良(姶良市歴史民俗資料館) ~霧島温泉(泊)
 ・2月16日(日)   霧島温泉  ~西都市(西都原考古博物館)~宮崎埋蔵文化財センター ~宮崎市(泊)
 ・2月17日(月)  宮崎市  ~上野原縄文の森 ~鹿児島中央  ~岡山  ~松山
 
≪宮崎埋蔵文化財センター≫


 朝方の『西都原考古博物館』は、予想外の規模の博物館でした、小さな市にある県立の博物館で、立派な拵えで満足したのでした。一方、コチラは宮崎県立の埋蔵文化財センター・・とは、名ばかりの様相。それは、建物内のフロア図で一目瞭然でした。

 そもそも、各級教育委員会に設置されている埋蔵文化財センターは、遺跡の発掘を担当している機関です。そんな中、展示の解説のパネルには、『東九州自動車道の発掘調査』として、平成7年から平成24年までの発掘調査の概要が紹介されていました。




≪東九州自動車道の発掘調査≫

 東九州自動車道は、北九州市を起点とし福岡・大分・宮崎・鹿児島県の各県を結び、鹿児島市に至る全長約436kmの高速自動車国道です。そのうち宮崎県部分の発掘調査を西日本高速道路株式会社九州支社(旧日本道路公団)・国土交通省の委託を受けて宮崎県埋蔵文化財センターが行いました。平成7年度から24年度にかけての18年間で清武から大分県経までの166遺跡の発掘調査を実施し、刊行した調査報告書は103冊に達しました。区間ごとの調査遺跡数と調査期間は次の通りです。
    平成 7~10年度  西都~清武間(26.9km) 33遺跡
    平成11~21年度  都農~西都間(25.0km) 79遺跡
    平成17~21年度  門川~日向間(13.9km)  7遺跡
    平成19~21年度  県境~北川間(16.5km) 15遺跡
    平成20~24年度  日向~都農間(20.0km) 32遺跡
(以下略)



 昨日、そして今日と移動してきた私たちは、この『東九州自動車道』を、宮崎市から西都市間の往復で利用していたのでした。

 この自動車道は、主には、日向灘へと近づく自動車道となっていますが、海岸線とまでは行かなくて山に沿う形の道で、四国で言う高松自動車や松山自動車道と同様でしょう。




 【各種石器類】
 
 


 

 



 1階は≪自然史展示室≫で、廊下を奥へと向かいます。先ほどから聞こえていた声の主は、男女のふたりでした。彼らは、展示物の前で熱心に話をしています。私たちがその場所へ近づいても話に熱中してよけてもくれません。仕方なくこちらは後回しにして、次の展示物の見学を先にしました。

 各コーナーは、展示スペースを遺跡毎に展示されています。さて、先ほどの男女から漏れ聞こえる話は、『いついつの発掘の際は、誰それ先生が居た』とか発掘の際の話なので、遺跡の発掘の際に立ち会っていた女性が訪れてきて、当館の学芸員の方と思い出話をしている様子です。


 まず最初に展示されていたのは、≪船川第2遺跡≫から出土された石器類です。続いては、都城志布志道路の発掘調査と≪嫁坂遺跡≫の展示パネルがあります。
 

 
 


  
 続いて≪平田遺跡F地点・G地点≫のパネルが掛けられています。そして≪青木遺跡≫、≪4号竪穴住居跡≫≪1号土坑≫のパネルと遺物の展示があります。




 

  



 

 ≪林遺跡≫からは旧石器時代の各種石器類が展示され、≪宮ノ前第2遺跡≫は各種石器や大きな壺が展示されています。≪塚原遺跡≫から出土の遺物は、旧石器時代→縄文時代→弥生時代の遺物が展示しています。ぐる~っと見終えたので、15時10分過ぎには、埋蔵文化財センターを出ました。

 さてホテルへ行くには、まだ少し時間があります。帰路、駐車場からセンターへ行く際に寄った『宮崎総合博物館』へ寄り道をすることとしました。常設展示だけなら、無料で入館できます。先ほどの埋蔵文化財センターとは違って、こちらには老若男女、多くの人達が入館していました。


≪宮崎総合博物館 1階≫


森へのいざない

展示室の入り口ではタブの老木と芽生え、ニホンジカ、初夏の「タブの森」が皆さんをお迎えします。ここから始まる「宮崎の自然」でふるさとの自然や生き物たちのすばらしさを再認識、再発見してください。



 沢山の入場者と一緒に見て廻る事はあまり機会がありません。ましてや、若い人や、小さな子連れの集団と一緒になる機会などそうそうありません。それぞれのコーナーは、パネルにて解説されていますが、あまりゆっくりとは読んでいる余裕がありません。コーナーは、≪タブの森≫から≪タブの老木と芽生え≫と続いています。


≪タブの老木と芽生え≫

私は、綾の照葉樹林の片隅で200年も生きてきました。しかし、寄る年波には勝てません。

体の上部はとっくの昔に折れ、体の後ろも朽ちてしまいました。

私もついに寿命がきたようです。森の中の木々の寿命は200年前後と言われていますので、私も長生きできました。足下をご覧ください。ちっちゃな子供が芽生えています。

この子供たちが私みたいに無事に大人になれるような世の中であってほしいものです。



●宮崎の森

ここでは初夏の照葉樹林を再現しています。自然が豊かな照葉樹林には土の中から木の上までたくさんの生き物たちが生活しています。体験や映像をとおして、照葉樹林にすむさまざまな生き物たちと出会ってみませんか。



≪照葉樹林とは≫
≪ほかの植物から養分をよこどりする植物≫
≪森のしくみ≫


≪照葉樹林シアター≫
≪照葉樹林に育まれた文化≫
≪ブナの森≫

 



●宮崎の水辺


≪干潟の自然≫
≪湿原の自然≫
≪サンゴの海 (夫婦ヶ浦/串間市・南郷町)≫
≪磯浜と砂浜の自然≫
≪アカメの分布と生態≫





 
●宮崎の生物
現在、地球上でははかりしれないほどの生き物たちが生活しています。これらの生き物が、どのように分かれてきたか、そのさまざまな営みも含めて、宮崎の動植物を詳しく紹介します。

≪宮崎にしかない植物≫
≪宮崎の地名のついた植物≫
≪文化的行動≫
≪地理的変異≫
≪ソテツにみる共生≫
≪サシバの渡り≫



●宮崎の大地
球は46億年前に誕生しました。宮崎の大地は、その長い時間の中でさまざまな変動を繰り返してきました。その証拠を、県内の地層と化石・岩石・鉱物などによって紹介します。地球シアターでは、生き物の歴史を多くの化石でたどることができます。

 


≪宮崎の大地をしめる四万十層群≫
≪化石に聞く宮崎平野の土台≫
≪石に聞く宮崎の台地≫
≪大地の芸術品 鉱物≫
≪大崩山とリングダイクの山々≫
≪地球シアター≫
≪進化する生きものたち≫

 
●サシバの渡り
雑木林やカヤ場、小川やため池のある風景は、現在にいたるまで人々と関わってきた自然です。人々と共存しているいろいろな生き物はもちろん、それに関連する食べ物や遊び、自然暦などを紹介します。
また、絶滅に追い込まれている生き物とその原因についても紹介しています。

≪ふるさとに見られる自然≫

 

 それぞれのコーナー毎に、パネルでの解説もありますが、ここでは細部に渡っての紹介は省きます。そして、このコーナーの導入部分については、森がテーマであって、非常に興味深く見て廻りましたが、途中から、動物や植物や自然についての展示と解説となりました。これらの解説は、ここ宮崎に特化したものでは無いので、この際、割愛させてもらいます。


≪宮崎総合博物館 2階≫


 2階は、≪歴史展示室≫です。この槍を構えた人は、1階の入り口の森の中にいる獣を狙っています。


●古代人の猟

歴史の導入は、みなさんを古代へといざなうジオラマで始まります。今から1万数千年前、ようやく照葉樹林の広がりはじめた日之影町出羽洞穴(いずるはどうけつ)の前で狩りに命をかけるたくましい男たち。息を殺した男たちの静寂が、原生林に流れる谷川の音にとけていきます。


●日向のあけぼのに生きる
はるか2万年前以上に遡る南九州の歴史は、発掘調査の蓄積や著しい諸科学分析の進展によってようやく明らかになりつつあります。火山の噴火など自然の驚異に怯えながらも自然とともに生きた旧石器から縄文、弥生、古墳時代にわたる古代宮崎に生きた人々の歴史を、出土資料やレプリカ、実物大の模型などで紹介します。











 

≪花びら形住居≫
≪日向人の弥生土器≫
≪縄文のバーベキュー≫
-集石遺構-


≪地下式横穴墓≫
≪国宝「金銅馬具」≫
≪西都市百塚原古墳群出土≫
≪原資料・五島美術館所蔵≫
≪古墳時代のよろい





●古代から近世を生きる

●発展しつづける宮崎





 いつものように、弥生以降の遺物にはあまり興味は示せません。この種の博物館の定番に展示となっているのは仕方ありません。しかし、たくさんの土器が掘り出されているようですが、土偶が掘り出されていない事は、本当に不思議です。さて、後半は足早に見て廻って、博物館を出たのは16時過ぎになっていました。



 さて2月15日の鹿児島県から、2月16日は宮崎県を巡っています。前稿でも載せましたが、今回の九州行の間は、行く先の該当の県では『新型コロナウイルス』の感染者は出ていませんでした。幸運にも、小生が帰郷後に次々と感染者が広がって行き、下記のような『お知らせ』が発出されています。尚、主なもののみの転載としましたので、ヨロシク。



宮崎県総合博物館

2020年04月18日

休館のお知らせ ※印4月21日(火)~5月7日(木)

新型コロナウィルス感染拡大防止のため、4月21日(火)~5月7日(木)まで休館とさせていただきます。

4月21日(火)~5月6日(水) 臨時休館
5月7日(木) 通常休館

なお、休館中の講座、イベント等は中止とさせていただきます。
大変ご迷惑をおかけしますが、みなさまのご理解とご協力をよろしくお願いいたします。



2020年03月26日

開館のお知らせ

宮崎県総合博物館は明日27日(金)より開館いたします。

皆様のお越しをお待ちしております。

しかし、新型肺炎の感染予防・拡散防止のため、イベントについては当分の間中止とさせて頂きます。
中止となるイベントについては以下の通りです。

1. 土日祝のイベント
 ・むかしのあそび(第1・3・5土曜日)
 ・クイズラリー(第2・4土曜日)
 ・紙芝居(毎週日曜日・祝日)
 ・ガイドツアー(毎週土曜日・日曜日・祝日)
※ 申し訳ありませんが、個人解説も中止しております。

2. 民家園の催し
 ・みやざきの昔話公演(4月18日(土))
 ・民家園 火入れ (毎週土曜日)
 皆様のご理解、ご協力をお願いいたします。


2020年03月05日


臨時休館のお知らせ

新型コロナウィルス感染症について宮崎県内で感染者が確認されました。

つきましては、感染拡大を防止するため、当面3月末日まで臨時休館とさせていただきます。
皆様のご理解とご協力をお願いいたします。



 尚、上記情報は4月17日現在の情報です。昨日、全国へ『緊急事態宣言』が発出されました。取り敢えず、5月6日までの時限なのですが、もちろん、先の事は誰も予測は出来ません。 そこのところは、ヨロシク。

 さて、今回の博物館巡りは宮崎県総合博物館が最終でした。翌日は月曜日なので、殆どの開館は休館日となっています。しかし、今回の場合は15日の鹿児島県立上野原縄文の森が2月16日から臨時休館という事を前日の訪問で偶然に知り得たこと・・、本当にラッキーでした。また、この記事を纏めている最中にも、上記のように休館する期間が次々に延びていて、何時になったら開館出来るのかも解らない有様です。

 さて、次回の『縄文の旅』の報告が早く出来るようになりますように、と祈るのみです。


≪2月17日 帰路≫


【帰路(2月17日)】

 昨晩は駅前のホテルに宿泊して、今日の予定は鹿児島中央から松山までのJRの『フルムーン夫婦グリーンパス』で帰路に着くのみです。朝食をゆっくりと頂いて、8時半頃にレンタカーで鹿児島市へ向かいます。
 宮崎自動車道から鹿児島までの行程は、下記のとおりです。

 
宮崎IC(宮崎自動車道)→(えびのJCT→九州自動車道)→ 鹿児島IC

 宮崎ICには9時頃に入り、宮崎自動車道を一路、鹿児島へ向かいます。9時40分ころに、えびのJCTで九州自動車道へ乗り換えて、10時40分頃には鹿児島ICで一般道へ降りました。鹿児島中央駅のレンタカー会社へは、4日振りに戻ってきました。

 さて、スケジュールの大幅変更があり、中途半端な時間の使い方は、どうゆう風に使っていいのかが判りません。(今回の予定については、宮崎から大分経由の移動と、博物館などの位置関係が上手く連結できなくて、今回は鹿児島をメインとした計画を組む事となりました。)結局、『早い時間に松山まで帰ろうか』との判断で、新幹線などの予約変更の手続きを行う事としました。駅の『みどりの窓口』へ出向き、その旨を伝えます。

 鹿児島中央       岡山         松山
     さくら564号      しおかぜ25号
   15:14     18:31 19:35      22:37

     
さくら560号      しおかぜ21号
   14:03     17:27 17:35      20:26

 結局、上記のとおり岡山での接続が上手くいって(これは、みどりの窓口でJRの職員さんが見繕ってくれました)、昼食時間も余裕で取れたのでした。しかし、岡山での接続時間に余裕が無いので、弁当をを買い新幹線に乗りました。そこで、終わらなかったのが、今回の旅を象徴しています。
 その事件が起きたのは、小倉駅で『接続の電車が遅れていますので、発射を見合わせています』のアナウンスです。その遅れは3分ほどでしたが、出発して関門トンネルを抜けた後、『強風のため、速度を落として走行しています』とのアナウンスです。結局、山口を出た際には7分遅れです。これでは、岡山での乗り継ぎは無理な時間となってしまいました。

 さて、少しは取り戻しているのですが、広島駅を4分遅れで出発です。『岡山駅でしおかぜに乗り継ぐお客様は、車掌にお申し出下さい』のアナウンスが流れました。間も無く通りかかった車掌に、先の件(岡山での乗り継ぎ)を伝えます。そして、福山駅を出た後『岡山駅で、しおかぜ21号にお乗り換えの方は、出発を遅らすよう連絡済みです』とのアナウンスが流れました。その岡山駅では、余裕の乗り継ぎ(さすが、世界に誇るJR)でした。

 松山へは早い時間に帰れたので、もよりの電車を利用(いつもは、遅い帰着なのでタクシー利用)しての帰宅でした。