11月
7日〜8日【武奈ヶ岳・芦生】
2年前、山岳写真協会関西支部の撮影会で芦生に行った。もう一度行きたいな〜と思っていて7日、8日を予定していた。そんな時、大阪に来ている間に、何の相談もなく町村合併した我が家のある市の“さくら山行会”が、はるばる比良山系の【武奈ヶ岳】に来るとおいわさんがブログに書きこんでくれた。これはwaiwai隊も行かないとと決定。7日に武奈ヶ岳に行き、その足で朽木の葛川梅木町から久多〜広河原〜佐々里峠を経由(案外近いのだ)して民宿「ハリマ家」に宿泊して芦生を歩こうと決めた。
7日 武奈ヶ岳
土曜日とは言え、6時までには名神高速に乗らないと半額(650円)の高速料金にならないので間に合うように家を出る。いつものように、湖西道路を下りて直ぐのローソンでおにぎりをゲットと行ってみると、おじさんが「あれ〜! いつもは一杯あるのにおにぎりがもうない」と叫んでいる。ええ〜、まさか・・・、さっきおっちゃんと「お弁当は頼んでいるんだろうね。この田舎のコンビニじゃ品薄で全員のは揃わないかもしれないし」と話したばっかりだったので、四国からのフェリーはたしか6時過ぎに着くのしかない筈と思うが・・・、さくら山行会がもうここを通って買って行ったんじゃないよね〜と脳裏をよぎる。おにぎりは7時に入るとの事だったが、とにかく残ったのを買った。
登山口の明王院にある駐車場には既に車がたくさん停まっていたが、なんとか停める事が出来た。私のカメラは今日は持って行かないので、残っているフイルムを使い切ろうと明王谷のまだ青い紅葉を写した。昨日、おっちゃんが会社から帰宅して決めたので、おいわさんに何の連絡もしてなかったので、携帯をかける。バスは名神高速の京都南インターの近くらしい、もう登山口にいると告げるとおいわさんはビックリしていた。
1時間くらい待たないといけないので先行すると告げる。初めてこちらから登るという大阪の単独男性と前後して登る事となった。chikaさん命名の石庭まで45分かかり(いつもこんなものだ)休憩した。
先程の男性が冬道分岐の所で、「こちらですよね」と言って、後ろに回った。夏道のトラバース道の辺りの紅葉が見頃で、カメラを持って来たらよかったと思う。尾根の冬道との合流点で休憩とした。
2時間ほどで御殿山に到着。西南稜の紅葉はほとんど終わっていた。若者が、はやりのスパッツ姿で登ってきてシャッターを押して下さいと言ってきた。最近、若者の登山者が増えているという事だがほんとうだわ、こんな高い所は初めてですと爽やかに言っていた。
一つ向こうのピークでお昼にして、おいわさん達を待とうと決める。御殿山から15分程だ。お湯をわかしてインスタントの味噌汁とおにぎりを食べていると、次々に登山者がやってくる。かくしゃくとしたおじさまが登ってきたので、「お元気そうですね」と声をかけると、「もう、これが最後と思って来ました」と言われるので、「まだまだ、大丈夫ですよ♪」と言うと、「昭和8年生まれの、76歳ですよ」と言われて、登って行かれた。
そのうちに、御殿山に団体さんが到着したのがみえたので「早いな〜」と、おいわさんの携帯に電話をしてみる。「今、ふかふかの落ち葉のトラバース道です」との事で、「御殿山に着いたら電話下さい」と告げる。先行の団体さんがピークを通り過ぎた。ポカポカと暖かく、いろいろなタイプの登山者が次々と来て見ていると楽しかった。
11時20分、御殿山に続々と登山者が到着。こんどこそ「さくら山行会」だ! 携帯がなる、おいわさんだ♪ ふたりで手を振った。待ってても良かったけれど、頂上で待っていればいいか〜と先行する。
武奈ヶ岳頂上が近づきコヤマノ岳・八雲ヶ原方面へ下りる登山道のあたりで西南稜のどの辺りを来ているか見ていると、先程のピークでお話したおじ様が地図を片手に来られたので、「どのコースを下りられるのですか」と尋ねると、「金糞峠からは止めて、北比良峠から下ります」との事、「ダケ道ですね」「そうです、標識はしっかりしていますか」「しっかりしていますよ」等と話す。そして楽しそうに颯爽と下りて行かれた。こんな方に出会うとほんとうに嬉しい。
そうこうしているうちに、先行の団体さんが下りて行ったのと入れ替わりに、「さくら山行会」の皆さんが次々に到着し、おいわさんと再会したのだった。
皆さんが、おにぎりの弁当を食べている。おいわさんが「ローソンに17人分のおにぎりを予約してあったんですよ」と言われて、今朝のローソン・おにぎり完売事件(笑)の真相が判明したのだった。waiwai隊は既にお昼はすんでいたので、コーヒーを沸かして飲んだ。
その時、おっちゃんが「あれ〜! あれ○○やん(元職場の同僚で、大阪に来ていろいろとお世話になった)じゃないか〜?」と言うので、見るとそうだった。「こんな所で会うなんて・・・」、「いつの間に登山を始めたんですか?」には「安土・桃山時代から登っとるわ〜」との返事(お主、伊賀者か?・・大阪の人は油断出来ない)。全く偶然の出会いを喜んだ。
「さくら山行会」恒例のコーヒーが残ったと言われるので、頂く。おいわさん達は頂上で1時間余りを過ごし、記念撮影後に八雲ヶ原(引率の矢野さんが昔彼女と来たとの事)を経由して八淵の滝方面に下りられた。
waiwai隊は、来た道をひたすら下りる。
登りとは、光線が変わっているが、ほんとうに気持ちのいい登山道だ。石庭でふと見上げると、青空に紅葉が綺麗だった。芦生には早々と着いて、民宿の地鶏鍋や、まったけ(一切れだけど)入りの茶わん蒸し、シカ肉、地場の食材の料理をお腹一杯食べて早めに就寝した。
8日 芦生
民宿で夕飯の時、朝食は何時にされますかと聞かれて、宿泊客は私達だけだったのであまり早くても・・・、それに明王院で明王谷の紅葉を撮った時に7時前でも暗かったので、そんなに早くはいいと思って7時としたのが失敗の元だった。朝早く、部屋から見える山々も靄はないし・・・と思っていたのだが・・・。
昨夜の夕食でまだお腹が一杯、朝食はいつもコーヒーとパンなので朝からご飯はあまり食べられない。民宿を出発して、朝靄が出ていたのに気付きガックリ、写真展が終わってからと言うもの今ひとつモチベーションが上がらないのもこんな事の原因だ。
8時15分、芦生山の家の無料駐車場では、原生林散策ツアーだろうか、受付が始まっている。民宿で、上から魚影が見えるので行くのでしょう、滝壺に落ちた人が去年と今年あったと聞いた。登山届を出して出発。
林道を25分程で、“櫃倉線”と、“内杉線”の分岐に着く。櫃倉谷を歩く予定なので左の林道に入る。途中の紅葉が綺麗だったので一枚撮影する。
途中の杉林で杉林の光芒を見た。分岐から40分弱で、林道終点だ。
ここから櫃倉谷に入り、谷を左右に渡って行くと、中ノツボ谷との出合いの辺りに気持ちのいい場所がある。そこでしばし撮影する。
撮影していると、横山峠を乗り越えて中ノツボ出合に二人連れが下りてきた。先に行って貰う。坂谷の分岐を過ぎ、山と高原地図の櫃倉谷のコースポイントまで歩く。
そこからは高巻くように道があり、1時間30分程で杉尾坂方面〜上谷に続いているようだ。朽木側から行った“シンコボ”にも行けるようだが、今までのように浅い谷を、長靴(waiwai隊は沢靴を履いている)でバシャバシャと歩くのと違い、下を見ると転落したら助からないような道は、今日はご免と此処までとした。この時おっちゃんが、三脚を置いて偵察に行ったばっかりに・・・。
引き返して、≪雨宿りの樹≫と呼ばれる木を写そうと、持って貰っていた三脚を立てようとして、三脚のパンハンドルを落としたのに気がついた。少し探したが見つからなかった。中ノツボ谷の方へ行ってみる事にして歩いて行くと、「この先死亡事故多発立ち入り禁止」のロープが張ってある。むこうから二人連れが来たので聞いてみると、滝までは大丈夫との事なので少し行ってみた。
滝に行くには大岩を越えないと行けないので、私は止めた。その辺りの雰囲気はなかなか良く、久しぶりに写したくなる木に出合った。でも、もう来れないのよねぇ。
出合いに戻ると、紅葉に逆光が当たり綺麗だった。1時間余りの林道歩きの途中で、朝の原生林散策ツアーの車だろう、ライトバンと小型バス2台が通り過ぎた。
朽木から帰ると、湖西道路で渋滞に巻き込まれるだろうと、亀岡方面から帰った。山行記の為に、おっちゃんのコンデジ画像を見ていると、なぜか偵察に行く前と、偵察から帰ってザックと三脚を背負って引き返す時と同じ所を二枚写していて、二枚目に一枚目にはない黒い物を見つけたので拡大してみると、パンハンドルが落ちているのが確認出来た。これだけの為に拾いに行く訳にいかないし・・・、○○カメラに注文した後だし〜。($・・)/~~~
後日談:このパンハンドルをおっちゃんが探していると、二人連れの方が見つかったら登山口に置いておきますと言ってくれたそうで、後日友人の御主人が芦生に行くと言うので見て貰ったのだがなかったという事ですっかりあきらめていた。2010年2月19日に、写友と美山に撮影に行った時に、芦生に足を延ばした。ふとこのパンハンドルの事を思い出して駐車場の何処かに置いてくれてるかもと探すもなく、ふと登山届の中かもと行って見てみると、ちゃんと “11月8日(日) 櫃倉谷の高巻道に落ちていました” とビニール袋にメモをいれて置いてくれていた。ほんとうに有り難いことだ。(*^。^*)