2003年           


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 2日【ポンポン山(加茂勢山)】

 天気予報は、1日(土)は雨、2日(日)は回復するとの事だった。日曜日は天気がよさそうなので山へ行くとして、土曜日は四国では見られない“セツブンソウ”を見たいと、山と渓谷に載っていた丹波篠山の金山へドライブを持ちかけると、おっちゃんも、舞鶴若狭自動車道は走ってないのでいいよと言ってくれた。
 

 目的は花の撮影なので、雨でもかまわないが・・・それにしてもどしゃぶりだ。丹南篠山口で高速を降りて、追手神社はすぐ見つかった。境内には、これ何!! と思わずでる巨樹があって圧倒された。樹齢1000年といわれるモミ(天然記念物)や、夫婦イチョウ等があり、苔むしていい感じ。
 目的のセツブンソウを探すが、神社の山林の際にユキワリイチゲは見つけたものの、他の花はまだ咲いてなかった。神社に戻って巨樹を夢中で撮影しているうちに3時を過ぎてしまった。来る途中に見つけておいた手打ちうどんの食堂「萬松」に入り、鯖寿司セットを注文した。これが〜〜 ドーンと鯖の半身のお寿司、手打ちうどんも美味しかったのよ〜ヽ(^。^)ノ  花より団子じゃないけれど、すっかり満足! 夕食はもう入る隙間がありませんでした。


  

 さて、明日はどこの山へ・・・、比良は雪が融けてるだろう・・とか、まだ花は咲いてないだろう・・とか、愛媛だったらこんな時は皿ガ嶺があるのに・・とか言って決まらず、一応五時に目覚ましをかけて寝たんだけど、結局七時前に目が覚めた。
 そういえばと、秋に雨だったので山でなくドライブに行った時に、ポンポン山の登山口を見つけておいたのを思い出し、決めた。前は高槻の駅前で迷ったが、今度はスムーズに登山口に行けた。すでに、車が二台止まっている。
 橋を渡り、民家の横を上がって行くと、苔むした藁葺きの家があり、「梅でも咲いてればねぇ」といいながら撮影タイム。そこからは急登だが、50分でポンポン山に着いた。頂上では、もう既に10人ほど休んでいる。京都や北摂の展望を楽しんだ後、釈迦岳に20分余りで着いた。ベンチに腰掛けて休んでいると、次から次に登って来る。ご夫婦と男性の3人が到着し、「どちらから?」と聞かれたので、「出灰(いずりは)からです」と答えて、話をするうちに、「知る人ぞ知るの場所に“福寿草”がもう咲いてるはずなんですが」と言うので、「ぜひ教えてください」と言うと、これからポンポン山で昼食後に行くとの事なので、同行させて貰うことになった。

   

 出灰へ降りる路を少し行き、分岐を右に辿る。ずっと、整備された路だ、奥さんが去年見つけておいたらしく、マンサクを見て「今年はまだ蕾だわ」と言っている。「知る人ぞ知る」が、「大勢が知る」になってしまったらしくて、その場所に行ってみるとロープが張ってあり、・・・パトロールの腕章をした人が5・6人が監視をしていた。頂上程ではないがボツボツとグループが下りてくる。四国・徳島の寒峰よりは小規模で、花も来週あたりが見頃だろう。写真を撮っていると、上部が騒がしいので見ると、小鹿が軽快に走り去った。私達はこの路をずっと下りて見る事にして、3人にお礼を言って別れた。ツツジの丘という木製テーブルがある所で、コーヒーを沸かして飲んでいると、・・・パトロールの腕章をした3人が来たので、「いつも路の整備やパトロールをして頂いているのですか?」と聞くと、「今までの時期は週一回、これからは二回する」との事、「ボランティアですか?」と聞くと、補助金が出ているので、順番で出ているとの事だった。どおりで、綺麗に整備されていると思った。

 タムシバがたくさん花芽をつけているのを見たりしながら、ずんずん下りて林道に出合った。林道歩きは10分弱で車まで帰れた。府道のバス停で登山姿の3人がバスを待っていた、縦走の準備にバスの時刻をメモしておいた。林道をお父さんと男の子が歩いていたが、バスに間に合ったのだろうか・・。


 9日【皿ケ嶺】
 週末は愛媛に帰省する予定なのに、今週おっちゃんは風邪で熱が出てダウンするし、私は朝からお腹が痛くて何も食べれないが(いつも食べ過ぎだから丁度よい?)、両親も体調を崩しているらしく気になるし、家の事も気になる・・・。私は車に乗っているだけだからと、決行した。
 夜、12時前に着いたら、主のいない庭に、もう散っているだろうな〜と思っていた“しだれ梅”が咲いていてうれしかった。翌日は草抜きやら、そうじやらで忙しいが、おっちゃんは車を洗うことしか考えていない・・・。梅に「めじろ」が来たので三脚を立てたが、すでに飛び立ってしまった。
 友達と会って、いつも使っている物を調達にスーパー巡りをして貰い、ひととおりの用事を済ませて友人のU氏宅へ行くと、母上様が具合が悪いとの事、お正月にはお元気だったのに・・、高齢の親をもつ歳になったのだな〜(私は子供の時に両親を亡くしているが)と思った。皿ケ嶺が真っ白になっているので、明日いっしょに行くことを約束しておいとました。実家の義父は風邪も治り元気そうだったが、義母はいまひとつの体調だった。
     
 7時30分に待ち合わせて、上林へ入る角のコンビニでお弁当を買い出発! 日曜日なのに工事の車が早くも下りてくる。「年度末だからなぁ、工期が迫っているんだろう」と話しながら水の元で水を汲み、風穴へ一番乗りで着いた。
 こんな近くで樹氷を見ることが出来るなんて、なんていい所だろうとうれしい。体調が悪いので山は無理だろうと、装備も持って帰らず、ハイキングの格好だが写真の道具だけは持って帰ったのだ。登山道は雪が残っているが、慎重に歩けば大丈夫、さすがに沢筋はちょっと怖い。
 
from おいわさん

 瀬戸内海、松山市、重信町が樹氷越しに見える。ベンチの所でおっちゃん達はお茶を飲んだりしているが、私は撮影に夢中だ。その様子を当HPでリンクしている“おいわさん”が、
男二人、女一人のグループ。珍しいことに女性が三脚にカメラを付けて撮影し、男性二人は、何もせず撮影が終わるのを待っている。と紹介してくれているのを吹田に帰ってHPを見て知り、おおいに盛り上がった。面識がなかったので気がつかず残念だった。

     
 何もしない2人は、じっとしていると寒いのかお茶を飲んだりして待っていてくれるので、いろいろ写しながら龍神平に着いた。ここの写真はおっちゃんにまかせた。
 いつものように、愛大小屋で休ませて貰った。U氏はこの前3人で来た後に、又来て戸の隙間をガムテープで補強してくれたそうだ。関心!関心!

    
 龍神平から頂上までの途中で、時々雲の切れ間から青空が見え日も差して来た。カメラを構えると、陰ったりしてなかなかうまくいかない・・・。この頃になると、頂上から下りて来る人が増えてきた。下りる時はアイゼンがいるらしく装着している人で、しばし渋滞。頂上からは石鎚方面は雲の中だが、大川嶺が見えた。松にびっしり付いた樹氷がすごい。
 頂上にあったベンチ代わりにしていた木が焦げ、焚き火の跡がある。なんてことだろうとお弁当を食べながらぼやいていると、単独で登っておられる女性(以前にもお会いした事がある)が雪がたくさんある時にバーベキューをしていたのを見たとの事、先客の男性も「火は焚いたらいけないはず」と、公衆道徳のなさを嘆きあった。
 こんな家からでも樹氷が出来ているのが見える日は、みんないてもたってもいられないみたいで、おっちゃんの以前の同僚の奥さんも登って来て、旧交を温めあった。
 下りは風穴直登コースをアイゼンなしで慎重に下りた。引地山へも行く予定だったが、私の撮影の為に時間切れとなってしまった。素直にごめんなさい <(_ _)> と言っておこう。

【おまけ】
   
 帰りに高速でレッドカード18000円を貰って、丹波篠山へ撮りに行った“セツブンソウ”、“キクザキイチゲ”、“アズマイチゲ”。