「富豪刑事」

執筆者 鯖雄

(旧「OUTERBRAIN CRONTERAS」の記事より転載しました。現行ブログはこちら

大金持ちの若い刑事がその財力を使い難事件を解決していく4篇の連作集。事件を推理モノの体裁をとっているし、実際刑事である主人公の神戸大助が推理もするのだが、題名のとおり大助は物凄い富豪であり(本人ではなく今は一線を退いた父親の神戸喜久右衛門が富豪なのであるが)その財力を犯人逮捕のために使うというところが、いわゆるその他の推理小説と一線を画すところであろう。金持ちであることをひけらかし、見せびらかすタイプの主人公であれば、まぁそれはそれで面白いかもしれないが、彼はまったく逆のタイプで、というか、生まれついてからの富豪であるがゆえに、自分が常識ハズレの大金持ちであることを意識しない。純粋に犯人逮捕のために桁外れな金を使う。金持ちでありながら正義漢の善人であり、常識人であるというところがミソであるが、いかんせん、育ってきた環境のために一般人と乖離した行動が自然に表れる。端々に浮世離れした大助の行動・思考が描かれているのも面白い。犯人逮捕のための金の使い方も尋常ではない。具体的な金額の記述はないが、各事件毎にだいたい億から十億の単位だろう。大助自身が金持ちというわけではないので(同じことなのだが)、捜査のために金を使う際、大助は必ず父親である喜久右衛門に相談する。この喜久右衛門、様々な事業で財を成したのだが、その過程で幾らか後ろ暗いこともしている。その罪滅ぼしということもあり、大助が正義のために金を使うことには大賛成なのである。「お前は私の罪を洗い浄めてくれ、私の金を使い果たすために神がこの世につかわされた天使のようなものじゃ」と号泣する。この辺りは毎回の繰り返しがあり、思わず吹き出してしまう。その他登場する刑事達は往年のハリウッド俳優になぞらえてあって、感情移入がしやすい。各人がプロの刑事として描かれてあり、いつも金のかかる案を出す大助に反感を持つものもあるが、一個人が莫大な捜査費を出すという荒唐無稽なことでも、いったんそれが捜査会議で決まったら、みな一致団結して大助に協力するところも安心して読める。またサブストーリーとしての、大助と秘書の浜田鈴江との恋の行方も良い。筒井氏の作品としては、毒を表に出さない、比較的老若男女に親しみやすい良書である。





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