秋のおとずれ
       
                                                   絵と文:都筑信介

                           (本作品はフィクションであり、登場人物等の名称はすべて仮名であり、実在しません。)

お盆です。町の西にあり、秋の虫の声ががきれいに聞けることで有名な、満月山螽生寺(まんげつざん、しゅうせいじ)ですが、このほど、本堂の新築工事が終わり、今年は、お盆の送り火を、宗派関係なく、行うことになりました。ご存じ、住職の螽生院朧子(しゅうせいいんろうこ)さんによりますと、人間の煩悩をはなれ、虫の鳴く寺で、送り火をしていただけるよう、今年から企画したそうです。章夫さんは、エマちゃんと、早々に仕事を終えた敦子さんを連れて、あたらしくなった螽生寺の本堂へ、提灯をもって、やってきました。



山門をくぐると、立派な本堂があり、夜7時ともなり、みんな、いっぱい提灯やお札、などを持って来院し、けっこうな賑わいです。天に送る人の戒名なども、
お寺の方が、木のお札に墨で書いてくれます。それをもって、本堂の仏様の前において、手を合わせ、無事に天に返れるように祈るわけです。
途中で、みんなに案内をしている朧子さんに会いました。
「章夫さん、いらっしゃいませ。ちょうど、法要のお経が始まったところですよ。」
「すごい賑わいですね」と敦子さん。
「はい、みんな、天への願いはちゃんともってみえて、宗派や過去のことは問わない、ということにしたら、みんな送り火にきています。」
「いいことですね。提灯の灯りが、夕闇に映えて、とてもきれい。久しぶりに、日本の風物詩に出会えたような気がするわ」
「こうやって、おごそかに、お経とともに天に帰っていただければ、ご先祖さまもさぞお喜びだろう。」
「ところで、この送り火が終わって、9月になったら、今年も、「虫の声を聞く会」が、予定されていますよ。ペット同伴可の、一泊二食付きですから、
お帰りに、申し込んでいかれるといいですよ。」と朧子さん。
「そうだった!忘れないうちに、秋の一大イベントを予約しておこう」
こうやって、お盆の最終日は、ゆっくりと流れてゆきました。

夏がおわり、朝夕がほんの少しだけ、涼しくなったと感じたころ、例の「虫の声」を聞く日がやってきました。



夕食は、高野豆腐に、山菜の天ぷら、なめ茸のお味噌汁、松茸ご飯、デザートにあきづき(梨)、でした。どれもおいしく、最後に冷えたほうじ茶を飲んだ後、
虫の声が聞ける「大広間」に案内されました。朧子さんが、お話の相手です。あたり一面は、ゆっくりと夕闇につつまれ、この大広間だけが、まるで劇場のように
明るく映えています。もう、気の早い蟋蟀(こおろぎ)が、「ギーギーギー、ギーギーギー」と鳴いています。
「今年も、こうやって虫の声が聞けて、光栄です。」と章夫さん。
「そうですね、今年は6月から、急に暑くなって、連日連夜、体温に近い気温が続き、虫たちは大丈夫かしら?と思ってましたが、今日はいい声で鳴いていますね。」
「毎年、この時期だけなんですよね?」
「はい、虫の一生は今年1年だけですから、なんと、はかないものかと、人の一生はそれに比べて長いので、煩悩などにまどわされて生きていますが、虫たちの
人生を考えると、おろかなことですね。」と、朧子さんは続けます。
「毎年、虫たちはそのことを、こうやって語ってくれているのです。私が俗世間から離れ、仏門に入ろうと決めたのは、螽斯(きりぎりす)の声にひかれたからですから。」
「いろんなことがあっても、こうやって静かに虫の声に耳をかたむけていると、心が落ち着きますからね。」と敦子さん。
「さあ、そろそろ、大演奏会の始まりのようですよ、場所は、ツワブキの横、指揮者は螽斯(きりぎりす)くんのようです。



蟋蟀(こおろぎ)の三重奏、そして、バックに「クツワムシ」が「ガチャガチャ」と低いベースの音を発しています。
こうやって、夜はふけてゆきます。深夜になっても、ずっと続く演奏会、いいですね。

どうでしたか?みなさんも、こんな「お寺」と宿泊パックがあったら、参加してみたいと思う方もあるでしょうね。書いている私自身もそう思います。
そしてこれも、多分、日本でしか味わえないことだと思います。


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