reminiscence of Hanna(アンナの思い出)

                                            絵と文:都筑 信介

それは、あるとても暑い夏の日の夕方のことでした。6月までは、それほどでもなかった気温が一気に、37度くらいに上がったのです。
なんとなく、Hannaの元気がありません。暑いから、のどが渇いたのかな?と思い、水を容器に入れて、「お水だよ」といって持っていくと、
はじめは、ペロペロとなめますが、長続きせず、顔を下げてしまいます。
そして、ずっと伏せるような格好で、何も言わずに、ただ床に目をつむったまま、寝ています。
章夫さんと敦子さんは、「暑さで、まいってしまったのかなあ」といいながら、背中をさすったりしましたが、起き上がる元気もなく、
今までにない状態でした。



夜になると、呼吸がなんとなく、弱くなり、時々止まっているようにもみえるようでした。
章夫さんと敦子さんは、ずっとHannaをさすって、いましたが、その後、ゆっくりと静かな永遠の眠りに至って行きました。



「Hanna?」と声をかけても、なにもありません。ちょうど15歳、ヒトの実年齢に換算すると90〜95歳というところですから、イヌの一生としては
長いほうなのかもしれませんが、章夫さんと敦子さんにとっては、そんなことは関係なく、ただ、たのしい生活を送ってきた家族の1人が「あの世」に行ってしまったという「喪失感」だけでした。



Hannaは、満月山螽生寺(まんげつざん、しゅうせいじ)、に埋葬されることになりました。ここは、キリギリスやコオロギの鳴くお寺で、秋には、かつてHanna
も虫たちの音色に耳を傾けて寝ることも多かったので、きっと喜んでくれると思ったからです。
章夫さんは、急に孤独になってしまった現実についていけない、と朧子さんに話すと、朧子さんは
「すべて、この世の無常感ですね。鴨長明が方丈記で語っているのと同じです。もっとも、生き物の一生は、いろいろです。キリギリスやバッタはたったの1年ですし、リスやハムスターも2〜3年と聞きます。ヒトも知らず知らずのうちに、歳をとっているので、変わらないわけではないのですね。」
それにしても、イヌの一生はほんとうに短い、そう思う章夫さんでした。


その後、章夫さんは、Hannaとお散歩した時の、楽しい思い出が忘れられず、かつて一緒に散歩した場所を、何回もめぐりました。
しかし、Hannaはいません。ずっと一緒だったのに、なぜ?そんな思いだけが、脳裏をめぐるのでした。
そんなある日、朧子さんから、今度の満月の夜、他界したHannaの好きだったものと、名前をかいた色紙をおくと、ほんのちょっとだけ
仏さまがこの世とあの世の架け橋を通じて、会えるよ、ただ、心の通じた人にだけだけど、という話を聞き、
その日、Hannaの好きだった焼き芋を色紙を縁側において、そっと、庭を眺めていました。



そうしたら、しばらくして、夜のそよ風とともに、Hannaがやってきました。ぼんやりして、はっきりとは見えませんでしたが、章夫さんをみて笑っていました。
そして、また、闇のなかに消えてゆきました。

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