糖尿病について
2012年の国民健康栄養調査の結果から、糖尿病が強く疑われる人は950万人いると報告されています。糖尿病は、先進国のみならず、開発途上国においても著しく増加中ですが、日本はそのなかでも、世界第5位の患者数を有し、実に40歳以上の3人に1人に糖尿病かその疑いがあるとされており、いまやこれを治療していくことは国民的課題といえます。さらに、深刻なのは、この患者の約40%がほとんど未治療に近い状態であることとされています。我が国のこのような糖尿病(とくに2型糖尿病)の増加の背景には、日本人・アジア人における2型糖尿病原因遺伝子の存在が注目されています。東京大学の門脇 孝先生によると、日本人は実に、96%がPPARγの倹約遺伝子型であり、「易糖尿病体質」を有することが示されています。最近の研究で新たに、2型糖尿病遺伝子として、UBE2E2遺伝子と、C2CD4A/Bローカス遺伝子が同定報告され、UBE2E2遺伝子は日本人やアジア人の2型糖尿病遺伝子ではあるが、ヨーロッパ人では2型糖尿病遺伝子との関連はみとめられなかったそうです。一方、C2CD4A/Bローカス遺伝子は民族を超えて2型糖尿病との関連がみとめられたとされています。(日内会誌:100(9):2437-2446、2011)。
2015年以降、糖尿病の発症について、以外なものが重要であると言われています。その1つが「腸内細菌」の関与です。
これまで、ヒトは食べた食物を自身の消化酵素で分解し、糖を含めた栄養源を吸収していると考えられていましたが、実際には、食べたものの分解には、腸内細菌の助けが大切であることがわかってきました。
ヒトが自分自身の消化酵素で完全に分解できない食物繊維は、腸内細菌によって、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの、短鎖脂肪酸に分解され(微生物発酵)、これらの分解産物は、その後のヒトのエネルギー代謝に大きく関わり、大げさにいうとヒトの肥満や、糖尿病発症を予防しているという話です(日内会誌:104:57〜65、2015)。かたよった食事ばかりとっていると(さらに言えば、野菜などの食物繊維の多い食べ物をたべなくなると)、この「腸内細菌」の種類が変わり、この短鎖脂肪酸がつくられなくなり、肥満、しいては糖尿病を発症してしまうということです。

糖尿病になるとどうなる?
糖尿病という名から、みなさんが想像されることは、「おしっこに糖が出るんだ。」ということだけかもしれませんが、体における変化や障害は、この「言葉」から想像するより、はるかに重篤で、いわば、「全身の血管を侵していく病気」と考えたほうがよいでしょう。
糖尿病によりおかされる血管には、大きな血管と、細く小さな血管があります。
大きな血管がおかされる病気としては、脳梗塞や心筋梗塞があり、
小さな血管がおかされる病気としては、3大合併症として知られる「網膜症」「腎症」「神経障害」があります。この他にも糖尿病には、いろいろな合併症があり、放置すると経過がよくないことがあります。

どんな状態だと糖尿病になる?
@肥満
肥満は糖尿病を発症する要因としてきわめて重要で、血糖を下げる働きをするホルモンであるインシュリンが効きにくくなったりして、糖尿病の発症の促進因子となります。BMI(身長cm÷体重kg÷体重kg)は25以下、厳しい基準では24以下が望ましいとされています。欧米人と比べますと、日本人のBMIはまだ低いのですが、それにもかかわらず、肥満の期間が長くなるとしだいにインシュリン分泌能が減少し、糖尿病が発症することが、JDCSという研究で明らかにされています。
最近、スウェーデンから、4857人の子供の母集団を11,3年にわたって追跡調査した結果が報告されました。それによると、小児期の肥満、耐糖能の低下(75gの糖を飲む検査で、飲んで60分、120分の血糖が高いままであること)、そして小児期の高血圧は、早期死亡(Premature death)と関係があることが実証されています。(N Engl J Med 362:485-93,2010)。このように小児期からの肥満が成人になってからの、心血管因子と関係が深いので、今後はこの点についても注意していく必要があります。
また、一般成人についても、最近、フィンランドから、一般成人の肥満について、大変重要な結果が、一流雑誌に報告されました。これは、6328人を対象として、平均23年間の大規模調査によるもので、子供のころから大人までずっと肥満だった人は、子供のころ大人までずっと非肥満(nonobese)であった人の比べて、2型糖尿病の相対危険率は、5,4倍、高血圧の相対危険率は2,7倍、高LDLコレステロール(悪玉)の相対危険率は1,8倍、高い中性脂肪の相対危険率は3,0倍、内頸動脈の動脈硬化の相対危険率は1,7倍であったとされています。さらに、重要なのは、子供のころは肥満で成人期は非肥満であった人の危険率は、子供のころから大人までずっと非肥満であった人の危険率とおおむね同率であったということです。つまり、子供のころは肥満でも、成人期に適正体重が維持できれば、心血管系の危険因子は減るということになり、ますます大人の時期の生活習慣が重要であることになります( Juonala et al : E Engl J Med 365 : 1876-85, 2011)。

いったん糖尿病を発症してしまっても、肥満度(BMI)を適正な水準22,4〜24,9にすることで、死亡率が減少したことが最近報告されましたので、やはり、体重管理はきわめて大切です。(N Engl J Med 370:233-244,2014)。
A運動量の低下
1950年代から今日をグラフにして、糖尿病の患者数と驚くほど一致するグラフがあります。それは、自動車の登録台数のグラフであり、この事実は、糖尿病の研究者の間でも有名です。定期的な適度の運動をしている人にくらべて、運動量が著しく少ない人では、糖尿病を発症する危険率が高いことは、いろんな調査で明らかとなっており、これなくして糖尿病の治療は成り立たないといっても過言ではありません。
B過食、摂取総カロリーの絶対的増加
1950年当時は魚、野菜、に米という主食を基本とする「日本食」が1970ぐらいより大きく欧米化し、動物性脂肪と総熱量の増加を招いたことは、日本の糖尿病の増加を考える上で、きわめて重要で、現在の1日の推奨熱量は1800kcal前後とされています。
C現在、糖尿病の発症や、増悪にかかわる因子として、注目を浴びているのは、「腸内細菌」です。
過食や、食物繊維の少ない食事が続くと、腸内細菌が変化して、腸からの栄養摂取が増加し、肥満になるというもので、人のエネルギー摂取に、腸内細菌叢が大きくかかわっていることが、いろんな研究でわかってきました。
検診データから自分の状態をみる、
もし、最近検診を受けた場合は、まず尿の検査結果に注目しましょう。尿糖がプラス(+)となっている方は、もう糖尿病を発症していることが多く、すぐに、内科の医師に相談しましょう。空腹時血糖は 110mg/dl以上の方は、境界型といって、今後糖尿病を発症する確率がきわめて高く、積極的に治療する必要があります。検診では、もうひとつHbA1c(ヘモグロビンエイワンシーと読む)という指標を測定していますので、これが5,5を越していないかどうか、みてください。
空腹時血糖が98mg/dlでも、HbA1cが6,8となりますと、食後に200mg/dl近くまで血糖が上昇している可能性があり、治療を要します。このような方はすぐに医師と相談し、治療を開始することをお勧めします。

ほかっておくとどうなる?
放置した場合は、いろんな病気がおきます
(1)腎症:自分の腎臓が機能しなくなり、体でできた老廃物を尿にして捨てることができないため、人工透析を必要とします。現在、新規透析導入患者にしめる糖尿病性腎症患者は、実に43,4%にもなるという報告があります。(日内会誌、98(9):2216−2222、2009.)最近では、このような糖尿病性腎症を慢性腎臓病(CKD)として大きな概念でとらえ、早期のタンパク尿や、糸球体濾過率(eGFR)が60未満であるかどうかで判断し、適切な治療を行うようにしようという試みが続けられています。
(2)網膜症:視力が低下し、日常生活にも支障をきたします。
最近、この網膜症の有病率が、九州大学の研究チームから報告され、糖尿病患者の15,8%にみられることが報告されました。また、網膜症の発症をおさえるためには、HbA1cを7,0%以下におさえる必要があるとされています。(日内会誌98(9)2223−2226.2009)。
(3)閉塞性動脈硬化症(糖尿病性えそ)下肢の血管が閉塞するため、足などに血液が循環しなくなり、ひどいと足が機能しなくなり、歩けなくなる。
(4)大血管合併症:心筋梗塞や狭心症、脳梗塞などを引き起こします。
実はこれが、最も重大な合併症で、糖尿病のない人に比べて、その発症率が著しく高いとされています。それも、血糖値が高くなればなるほど、その発症は高くなり、重症度も増します。稲垣らによりますと、糖尿病患者の死因として、血管障害が、26,8%と実に約1/4、そのうち、脳梗塞は6.5%をしめ、この発症を抑えることが重要です。九州大学で行われた有名な久山町研究では、糖尿病患者のみならず、検診等で「耐糖能異常」といって、食後の血糖が高いような「潜在的糖尿病予備軍の方」では、正常者に比べて、脳血管障害のリスクが2〜3倍上昇していることがしめされており(日内会誌101(8)2180−2187、2012)。日本人2型糖尿病患者を対象としたJDCSという前向き大規模臨床研究では、脳血管障害(脳梗塞、脳出血、一過性脳血管障害の総数)の発症は、1000人あたり、7,5人(男性8,7 女性6,1)とされ、医療機関による生活習慣介入後はその危険率が有意に下がることがしめされています(糖尿病36:17-24、1993)。したがって、医師等の診察をうけ、生活改善することは大変重要です。
(5)神経障害:足のうらなどに、ビリビリとした異常知覚がおきます。このような症状が出る前に、多発性ニューロパシーといって、すでに神経障害が進行してしまっていることが多々あります。この場合、診察上は下肢のアキレス腱反射というのが消失してしまっています。

治療は、きちんと医師に相談しましょう。先生ときちんと検査結果について相談し、適切な治療方法を医師と取り決め、実行することが大切です。
(1)食事療法
(2)運動療法(定期的、かつ持続可能な運動)
(3)薬物療法には
@: 腸からの糖の吸収を抑え、これを便に捨てていく薬,
A:インシュリンの効果を高めるくすり
B:血糖を下げる「内服薬」
C:体からは、食後、GIP、やGLP-1といわれる消化管ホルモンが分泌され、すい臓に直接働いて、インシュリンの分泌をうながします。これらの消化管ホルモンは「インクレチン」と総称され、これらの作用時間を増やす薬が2009年12月ごろからからデビューしています。効果がすぐれており、これを使った治療を希望する方は、本院で相談してください。私たちの体では、お腹がすいてから、食事をとると、「インクレチン」の1つであるGLP-1という消化管ホルモンが分泌され、これが膵臓に働いて、インシュリンが分泌されます。生理的には、このGLP-1は約数分でDPP-4という酵素で分解されてしまいますが、このDPP−4の働きをおさえる薬が、処方可能で、いまは、軽症の境界型糖尿病の治療薬として広く使われています。。最近では、これらの自分から分泌される消化管ホルモンに代わって、合成した消化管ホルモン類似物質(GLP-1アナログ)を直接体に、内服薬や注射で投与して、長期的に血糖値を下げる治療も台頭してきました。詳しくは、受診して御相談ください。

D :インシュリンの注射:現在は1日3回+夜1回のの細かな注射が主流です。
E:2014年ごろより、SGLT2阻害薬という糖尿病の治療概念を根底からくつがえすような治療薬が登場しました。それは、血液中の「糖」が過剰なのだから、この「糖」を尿という形で捨てればよい。という治療概念です。この治療は、より多くの尿を糖といっしょに排泄することになるので、脱水、膀胱炎等の尿路感染症、女性ではカンジダ膣炎、低血圧、等の副作用に注意が必要ですが、糖代謝を著しく改善し、血糖値を適正値にする点では、大変優れているので、最近は、積極的に処方されつつあります。くわしいことは受診してください。
治療の目安は?
おおむね、3つの指標で、経過をみていくことになります。@検尿A血糖値BHbA1c(ヘモグロビンAワンシーと読む)の3つですが、とくに大事なのがBです。これは、血液中の血糖と結合しやすい特殊なタンパクの比率をみることによって、ほぼ1か月間の血糖の状態を推定することができます。HbA1cの正常域は、5,8以下で(検診部門では5,5%以下とする施設が多い)
たとえば、A子さんの血糖が、早朝から深夜まで、4時間おきに測定されたとして、99-100-88-107-92-98だと HbA1cの値は、約5,5%で、
一方、B子さんのほうが,99-135-100-146-118-155だと、HbA1cの値は約6,4%,で、早朝の血糖が同じでも、A子さんは正常、B子さんは糖尿病ということになります。このHbA1cの値をどのくらいにコントロールするかがポイントです。腎臓病の発症を抑えるためには、この血糖コントロールは、より厳格な水準つまりHbA1cを6,1%以下に維持させるほうが良い結果であったとされています。(Ohkubo Y,et al : Diabetes Res Clin Pract: 28:103-117,1995)(日内会誌:100(9) : 2592-2598, 2011)。
その一方で、厳格な血糖コントロールは、重症の心血管疾患の発症抑制には、つながらず、むしろ死亡率を低下させたというACCORD試験の報告があり(Ismail-beigi F et al :Lancet 376;419-430, 2010)、血糖コントロールについては、患者さんに合わせた治療水準が求められます。
高血圧の管理は、糖尿病の腎臓障害を進行させないためには重要で、高血圧糖尿病患者の降圧目標は、130/80mmHg未満とされていて、尿タンパクが、1g/日以上でるような糖尿病腎症の場合は、さらに低い125/75未満が推奨されています。(日内会誌:100(9):2592-2598、2011)。また、腎臓障害の進行を抑制するためには、この血圧コントロールも、ACEIや、ARBという血圧の薬で行うのが効果的であることが、有益であることが、最近の大規模研究で明らかになっています。(日内会誌:100(9):2592-2598、2011)。詳しいことは、本院を受診して、直接Drから説明をうけられるとよいと思います。
           
もとにもどる