認知症(アルツハイマー型認知症など)
わが国は、急速な高齢化の進行により、2005年に169万人であった患者数は、2015年ころまでには、250万人に達するであろうと推測され(日内会誌 100:2092〜2098、2011)、もはや、だれもが関係する問題になりつつあります。このうち、アルツハイマー型認知症は、、認知症の原因疾患としてもっとも多く、50〜60%をしめるとされています。2010年10月に、認知症治療に関連する日本神経学会を含む6学会が、「認知症疾患治療ガイドライン2010」が発表しました。この中には、アルツハイマー型認知症だけでなく、脳卒中にともなう血管性認知症、レビー小体型認知症などについても触れられています。この中で、研究治療がもっとも進んでいるアルツハイマー型認知症につき、解説します。
アルツハイマー型認知症
この病気は、最近、痴呆を呈する疾患の代表です。この病気を一般向けに解説するのには、症状や特徴からはなしたり、患者さんの脳の画像から話したりいろいろな入り方があると思いますが、本院は神経内科を専門とするクリニックですので、他とは違ったアプローチ、すなわちアルツハイマー型認知症の患者さんの脳で、どのようなことが起きているかを、実際の脳の顕微鏡写真でみてみることにしましょう。実は、このような見方が、この病気の本質をきちんと理解する上でとても大切なのです。ここでは、愛知医科大学加齢医科学研究所の吉田眞理先生から御提供いただいた病理写真を見ながら、アルツハイマー型認知症とはどんな病気なのかをみていくことにしましょう。下の写真は、アルツハイマー病だった人の脳の顕微鏡写真です。よく見ると、ところどころに、カビがはえたように濃く染まった丸いものがみえますね?じつはこれが、老人斑といって、アルツハイマー型認知症を含めた痴呆患者でよくみられるものなのです。
拡大してみていますと、下の写真のように、老人斑はなにか特殊な構造物がいっぱい集積してできているようにみえます。この構造物は、いったい何だろうかということは、長い間よくわからなかったのですが、最近になり
ある特殊なタンパクがこの中に大量に存在することがわかってきました。
この老人斑を、Aβ(アミロイドベーター)というタンパクのみが写しだされるように、免疫染色したものが、以下のものです。
このように、アルツハイマー型認知症の患者では、ある特殊なタンパク質だけが、分解されずに脳のなかに蓄積していて、これが、やがて脳の正常な機能を障害していくのである、というのが現在の考えです。いわば、脳の中が、分解されなかった「ゴミ」でいっぱいになり、清掃されないままで、脳が活動している状態といえます。最近の研究で、認知症の発症には、このAβのかたまり、のみでなく、固まるまえの、オリゴマーという可溶性の物質が、認知症の進行とよく相関することがわかってきました。(日内会誌 100:2177−2186、2011)。今後、この蓄積物を測ったり、オリゴマーの量を定量して診断しようという研究がすすんでいます。
アルツハイマー型認知症の特徴
アルツハイマー型認知症は、脳の血管がつまる病気、すなわち脳梗塞と違い、麻痺や運動障害をきたすことはまれであり、症状はほとんどが痴呆症状です。
痴呆症状で、比較的、よくみられるものは、
1.歩いてきた道がわからなくなり、道に迷ってしまう。
2.今朝、食べた朝食のことを忘れてしまっている。
3.自分が受けた電話が昨日だったのか、1週間前だったのかわからない
などです。そして家族のひとが、このことに気づくのが、かなり病気が進行してからであることです。
たとえば、100−7=93、93−7=86などはできるのに、上述の1〜3がみられるといったことが、現実には多々あります。これは、アルツハイマー型認知症が脳の後ろの方、や頭頂部といわれる「脳のてっぺん」の部分を比較的早くから冒すことと関係があります。
1例をあげますと、長男とふたりぐらしの70歳のお母さんのケースで、いままでは、商売を終えた長男さんが自宅に帰ってくると、「おそかったわね、仕事たいへんだったねえ。おなかすいたでしょう。」と出迎えていたのですが、ある日、遅くに帰宅すると、お母さんが「そうそう、**さんから電話があったよ。」、「わかった、あした電話するから、今日はいいよ。」といってお風呂からあがると、お母さんが「そうそう、**さんから、電話あったよ。」、「母さん、さっきそれ聞いたよ。わかったからもういいよ。」「そうだったかしらねえ。」とここまではよいのですが、次の朝、仕事へいこうとすると、「そうそう、**さんから電話があったよ。」とおかあさんがいうのです。さすがに、こうなると、長男さんも、「ちょっと、変じゃないか?」ということになり、はじめて母を受診させることになるわけです。
最近では、アルツハイマー型認知症の前段階としてMCIという、ちょっとものわすれがおおくなったかな、という段階が、存在することがわかっており、このような方を長期に経過観察すると、かなりの比率で、アルツハイマー型認知症に移行することがわかってきています。(N Engl J Med 2011;364:2227-34)。この比率は欧米のデーターでは、65歳以上で10%〜20%内外といわれていますから、かなり高率です。国際的な流れとしては、このような段階から、治療開始する方向にあります。
アルツハイマー型認知症の治療
アルツハイマー型認知症の治療は、
@上述したAβそのものを取り除く根本療法と
AAβによって障害をうける神経細胞の機能を改善させる対症療法
の2つに分けられます。
@には、Aβそのものを外的異物としてとらえ、これを病原体のように排除させようというワクチン療法と、Aβの産生を抑えたり、脳での蓄積を抑える薬が開発中ですが、実用段階にはいたっていません。とくに、ワクチン療法は、脳内のAβの消失には成功したものの、髄膜脳炎といった副作用がおき、期待されていましたが、中断されてしまいました。現在は、アルツハイマー型認知症の治療は、Aの対症療法が主体で、アセチルコリンという神経伝達物質に関係した神経細胞が比較的早期から、障害をうけやすいこともわかっています(コリン仮説)。したがって、このアセチルコリンの働きを低下させないようにする薬が、この病気では、神経内科で用いられています。きちんと年単位でのみますと、アルツハイマー病の進行を遅らせることができ、重症化を予防することができます。このくすりは、内服薬の「アリセプト」以外に、パッチとして体に貼る薬も登場してきました。いっぽう、アルツハイマー型認知症で、障害をうけるのは、アセチルコリン作動性の受容体(神経細胞のアンテナと考えてよい)のみではなく、NMDA受容体というグルタミン酸の受容体に作用する薬「メマリー」が、2011年夏ごろから使用可能となっており、「アリセプト」と、併用可能です。
海外で行われた、「アリセプト」単独と、「アリセプト」+「メマリー]の併用群を比べた検討では、わずかながら、併用群の方が、病気の進行を抑制できたとされています(JAMA 291:317〜324、2011)。このため、海外では、アリセプトとメマリーを併用することが多いようです。本院でも、きちんと精査をしたうえで、このような薬を内服していただいています。アルツハイマー病を疑うことがあれば、お気軽に御相談ください。
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