秋のおとずれ 

                                           絵と文:都筑信介

(本作品はフィクションであり、登場人物等の名称はすべて仮名であり、実在しません。)

 秋の深まるころ、敦子さんのお店、ベーカー・アツコに、ひとりのお客さんがおとずれました。そうです、螽生寺(しゅうしょうじ)の朧子(ろうこ)さんです。
あまり、下山して、お買い物には姿を現わさない朧子さんですが、この日は、洋風のお店に突然あらわれた朧子さんに、敦子さんもびっくり。



「あらら、朧子さんじゃないですか?おひさしぶり、」
「はい、今日は、急にパンが恋しくなって。ここまで、お寺にこもって、ひたすら和食に浸っていたけれど、なんとなく、小麦のパンの匂いが恋しくなって、
来ちゃいました!」
「あら、それも自然なことで、いいんじゃないですか?小麦は、植物ですから、お寺のしきたりにも反しないですし、」と敦子さん。
「そういっていただけると、とても気楽になりました。さあ、なにをいただいていこうかしらね、」
「おいしいアンパンが焼きたてですよ。」
「あら、とてもおいしそう、アップルパイはある?」
「はい、こちらに。これも、秋には人気がありますね。」
「とても、おいしそうね。」
「ははは、朧子さんもけっこうグルメですね、ところで、朧子さん、実は私、一度ゆっくりと相談したいことがあるのですが?」
「いいですよ、そうだ、今日先ほど、よるの予約客が急にキャンセルになったので、今夜は空いています。今日、遊びがてら、夜いらしたらどうですか?」
「いいんですか?、それならうれしいけど」



夕方、敦子さんは、螽生寺(しゅうしょうじ)の門をくぐりました。すると、朧子さんが、お迎えにきていました。
「敦子さん、秋の風が気持ちいいわよ、すこし、裏庭を散歩してみない?」
「はい、そうしましょう!」
すこし、二人で歩いていくと、秋の風が、気持ちよく、ふいていました。
「もう、知らないうちに、周りはすっかり秋ね、もうススキが風になびいているわ」
「そうでしょう、きれいね、でもこの眼の前の光景も、今しかみられないのよ」
「そうなのね、時はもどに戻せないから、この時をしっかりみておかないとね。」
「わかるでしょう、仏の教えも、原点はそんなところにあるから。」



「ところで、お話があるっていってたけど、それは?」
「あのね、わたし、ずっと一人でしょう?それで、ほんとうにいいのかなあ、と思って、若くして仏門に入った朧子さんは、どんな気持ちなのかなあ?と思って」
「でも、さっき、お散歩をしていた時、その答えがでたように思えた」
「それは?」
「その時その時を、大事に生きれば、自分が一人でも、いいってことかしら?」
「そうね、もう、おわかりのようね、今は今しかないということですからね。」
「きっと昔の人も同じことをかんがえていたのかもしれませんね!」


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