虫の音を聞く会

                                                    絵と文:都筑信介

(本作品はフィクションであり、登場人物および名称はすべて仮名であり、実在しません。)

章夫さんは、アンナちゃんと二人暮らし(?)です。
お盆です、きょうは、送り火の日で、おとなりのあずきちゃんの家では、ご先祖さまの供養のため、桃子さんは、お経をあげてもらおうと思ったのですが、あてがなく、章夫さんにきいたら、それなら、尼寺である、螽生寺(しゅうせいじ)の朧子(ろうこ)さんに頼んだらよいだろう、ということで、電話をかけたら、
さっそく、朧子さんがきてくれて、お経をあげてくれました。


無事にお経が終わった後、小学校4年になったあずきちゃんに、朧子さんが、「これ、秋の招待状よ」
「え、招待状?」
「そう、うちは、別名、螽斯(きりぎりす)のお寺で、毎年、9月には、夜になると虫たちの演奏会が毎日あって、それを聞きにいらっしゃる方が、宿泊付きで、おみえになるのよ。となりの章夫さんは、この「秋の虫の音の会」の常連で、今年は、ぜひ、あずきちゃんとお母さまをと、章夫さんが、すでに
宿泊パックを購入してくれています。ぜひ、秋の虫の音を聞きにきてね。」
「ほんと、うれしい、お寺にお泊りできるの?」
「そうよ、一晩中、ゆっくり、虫たちの演奏会が聞けるわよ。」
「ほんとう?」



ある秋の日の夜、西の山に赤い夕日が沈んで行ったあと、満月山螽生寺は、ゆっくり夕闇につつまれてゆきました。夕食は、シメジのお吸い物と、
里芋の煮つけ、秋を感じさせる「もみじ」の天ぷらと、高野豆腐です。おいしい冷えたほうじ茶を飲むと、山の方から、涼しい風が、お寺の中に
舞い込んでくるようになりました。縁側に出てみると、気の早い螽斯(きりぎりす)が、もう鳴いています。それに、負けじと、蟋蟀(こおろぎ)が
鳴きだしました。
30分もたつと、もう山は、真っ暗で、お寺の座敷だけが明るく、まるで砂漠のなかの「オアシス」のようです。
そして、他の音は一切聞こえない中、虫たちの「オーケストラ」が始まりました。
あずきちゃんは、「いい音色ね、こんなに、虫たちの声が、大きいなんて、おどろき!」
朧子さんが、「そうでしょう?とくにマイクも、音響効果の使っていないのよ」
「いい音だわ~、」
「一晩中、寝ている時まで、こんないい音色が聞けるのは、ここしかないからねえ」と章夫さん。



そんな会話が続いた後、あずきちゃんが、朧子さんに、「安寿様、聞いてもよいですか?」
「いいわよ、何かききたいことがあるの?」
「うん、安寿さまは、まだこんなに若くて、きれいなのに、なぜ、一人でお寺にこもって、仏につかえることにされたの?」
「いい質問ね、それは、こうして、お寺で虫の音を聞いて暮らすことが、一番いいと思ったからなの?」
「ふーん、やりたいこととか、行きたいとことかなかったの?」
「そうね、たとえ、どんなことができても、どんな所に行けたとしても、どんな人にであったとしても、結局最後は、人は一人、
永遠の友だちはここにいる虫たちだけだとわかったからなの」
「ふーん」
「ちょっと、難しかったかな?でも、わからなくていいわよ、虫たちの声がきれいだと思えるならそれでOKよ、」



   どうでしたか、こんなお寺があったら、行ってみたいですね。

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