秋の螽生寺

                                                         絵と文:都筑信介

                           (本作品はフィクションであり、登場人物および施設名等の名称はすべて架空であり、実在しません。)

章夫さんは、アンナちゃんと二人暮らし(?)です。夏が終わり、昼間はまだまだけっこうな暑さですが、朝夕に少しずつ涼しい風が、山の方から流れてくるようです。そして、蝉の鳴き声が
ほとんど聞かなくなったなあ、と思っていたら、待ってましたとばかりに、夕方うす暗くなると、「ギ-、ギ-」と早くも、秋を告げる蟲の声。
章夫さんの、住んでいる町の西には、山があり、そこには、ご存じ、満月山螽生寺という尼寺があります。ここの住職の、螽生院朧子(しゅうしょういんろうこ)さんは、この山寺で、蟲の声を聞きながら修行してみえます。螽生寺の秋の風物詩は、なんといっても、夕刻から夜半まで続く「蟲たちのコンサート」です。その名のとおり、ここは、螽斯(きりぎりす)のお寺ですから、満月の夜に、蟲たちの競演する音色を聞くのは格別です。
そんなリクエストも多いことから、今年からは、一夜一組、1泊のみの「螽生寺宿泊パック」(ペット同伴可)が、企画されました。
〇月〇日から、予約受付開始(インターネットのみ)というから、章夫さんも、当日パソコンのまえに構えて、予約に挑みました。名前と電話番号を入れて、「それ~」
「あ、アンナ、とれたぞ!」と。



当日、喜んで、螽生寺に着くと、朧子さんが、お出迎えしてくれました。
「いらっしゃいませ。まだ道中あつかったでしょう?冷たいお茶が用意してありますよ。」
「それは、それは」
「アンナちゃんも、元気そうね、今日は、アンナちゃんにも、スペシャルデイナーがありますよ。」
アンナちゃんは、朧子さんのいうことがわかるのか?お鼻をクンクンして、にこっと笑っています。

日暮れと共に、あたり一面が夕闇に蔽(おお)われると、螽生寺の中は、少しずつひんやりとして、ときおり山の方から涼しいそよ風が流れるようです。
夕膳は、キノコのお吸い物、冷えた高野豆腐、なすの味噌和え、そして菜飯です。そして、ほうじ茶を飲むと、満足満足。
そして、そのあと、障子をとった回廊に案内されました。



素晴らしい眺めです。あたり一面はうす暗いのですが、この山寺だけ、明かりが灯っているような感じです。庭のおちつきもさることながら、遠くの山から聞こえる、木の葉が風にゆれる音、そして座敷に舞い降りるような涼しい風。
そして、もう、気の早い、蟲たちが、「ギ-、ギ-、ギ-」と鳴いています。
「いいところですね。想像はしていましたが、こんなに、素晴らしいとは思いませんでした。」
「気に入っていただいて、光栄です。これでも、まだ序の口ですよ。夜がふけると、もっと多くの蟲たちが、月の下で、演奏します。」
「毎日、こうなんですか?」
「ええ、とくに、この季節は、すばらしい。こうやって、蟲の声を聞いていると、人の世が浄化されていくような気がします。」と朧子さん。
「蟲の声も、こうやって聞くと、秋のオーケストラですね。」
「私もそう思います。ただ、この蟲の声も、今、そしてこの時だけ、蟲の世界も無常ですから、」と朧子さん。
「さあ、螽斯(きりぎりす)指揮による、秋の音楽会のはじまり、ですよ。あそこです。」
「え、どこですか?」
「そこです。ちょうど、ギボウシと、ツワブキの間ぐらいです。」朧子さん。



「ほんとうだ。これからはじまるんだ。」
すこしずつ、演奏がはじまりました。こおろき、そして、キリギリス、バックには、鈴虫もいるようです。いい音色です。



よくみると、かわいい、蟲たちが大集合して、さあ、私の出番とばかりに、演奏していました。
こうやって、夜じゅう蟲たちと、たのしんだ1日でした。


いかがでしたか、こんな、企画があったら、行ってみたいと思う方も多いでしょうね。螽生寺はどこにあるのかな?と



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