かぶと虫の話
                                                    絵と文:都筑信介

                      (本項はフィクションであり、登場人物等の名称はすべて架空であり、実在しません。)

章夫さんは、アンナちゃんと二人暮らし(?)です。ある夏の夜、駅前の商店街から続く並木公園で、夏のお祭りがあり、たくさん屋台の出店がでるということで、章夫さんは、散歩がてら、
敦子さんのパン屋さんの営業終了後、いっしょにいってみることにしました。



もう、いっぱい夜店がでていて、たいそうな賑わいです。子供のころにやった金魚すくいや、綿あめ、ショットガンで景品を当てるお店、どれも心ときめくものばかりです。
そのなかで、特に、章夫さんの目にとまったのは、そう、「かぶとむし」です。「昔も今も変わらないなあぁ」といって、のぞいてみると
「1匹あたり、おす800円、めす500円」とかいてありました。「いまの、相場はこんなものかな~」と思って、ちょっとなかをのぞいてみると、黒いかぶとむしがたくさんいましたが、
中には、パックの容器にどうもゼリーらしいものがおいてあるだけで、なんとなく、いままでのものとは違っていました。
「そうね、むかしは、このなかには、甘くて熟れたスイカが入れてあったよね!」と敦子さん。
「そうだな、むかしはこの甘い匂いも風物詩だったよなあ」と、章夫さん。
そんなことを思って、1匹のある「かぶとむし」を眺めると、その「かぶとむし」も、なにやら、章夫さんにしゃべりたそうな顔をして、こちらをみていました。

その日の夜遅く、寝ていた章夫さんは、ある物音で、眼がさめました。



「がさがさがさ」なにか、草むらをかき分けて、章夫さんの寝床に近づいてきます。そして、障子に映った影は、ヒトではなく、大きなかぶとむしのようでした。
「あきおさん、こんばんは~」という、なんとも昆虫が翅(はね)をすり合わせたような声が聞こえてきました。章夫さんは、「かぶとむし?か?」
そう、いって、障子を開けると、



そこには、おおきな「かぶとむし」が縁側に座っているではありませんか。
かぶとむしは、「おらも、むかしは、おいしいスイカをたべさせてもらっただに~。けんども、最近は、ゼリーばっかしで、いやになちゃってよ。
章夫さんちに行ったら、スイカ食わしてもらえるかな~と思って、蛾の洋子に聞いたら、家はこのあたりだって聞いたもんだから、」
「そうか、そうか、スイカならあるぞ、いっぱいたべてけ~」といって、章夫さんがスイカを切って出すと、「これは、ありがたい」
「こんなおいしいスイカは、たべたことがない」と



数日後、敦子さんから、連絡がありました。「なんか、かぶとむし太郎というひとから、お届け物がうちに届いているわよ。
なんでも、ある木の蜜で作ったバームクーヘン、ってかいてあるわよ。章夫さんにわたしてくださいって、かいてある」
「そうか、あの、かぶとむしがお礼にくれたんだ」
「えー、いいな、おいしそうじゃない、ちょうだい?」
箱からは、とても甘い、でも森林の中で匂うような、なんともいえない「落ち着いた香り」が、そこには漂っていました。




どうでしたか?昔のお祭りで、かぶとむしが売っていて、そこには、甘いスイカがあって、なんともいえない甘い香りが漂っていたのを
覚えていらっしゃる方も多いと思います。このように、かぶとむしとスイカは夏の風物詩であったように思いますが、だんだんこのような風景は失われてゆきました。
もともと、かぶとむしは、森林の中では、木の傷跡から染み出る甘い汁に集まり、他の昆虫たちもあつまります。そして、森林の中は、「フィトンチッド」という、
抗菌物質で満たされており、この中に入ると、なんとなく、「ひんやりした、爽やかな感じ」を体験しますね。
こんな、蜜でバームクーヘンができたら、さぞかしおいしいでしょうね?


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