花

                                                        絵と文:都筑信介

                     (本作品はフィクションであり、登場人物等の名称は、すべて架空であり、実在しません。)

 章夫さんとアンナちゃんは二人暮らし(?)です。春本番となり、章夫さんが住んでいる北にある、例の「竜神池」の桜が満開で、とてもきれいで、今年は、「花見の舟」もデビューしたと聞き、ある暖かい春の日、章夫さんは敦子さんを誘って、アンナちゃんを連れて、花見に出かけることにしました。



竜神池に来てみると、岸の桜は満開で、裏山にかけて、桜色の綿が、山全体にかぶさったように見え、ほんのり「桜の香り」がそよ風によって運ばれ、ほんとうに美しい光景です。
池には、噂に聞いた通り、舟がゆっくりと池の上を流れるように、のどかに漕が(こが)れていました。敦子さんは、「桜がとてもきれいだから、ちょっと写真を撮りにいってくるね」
といって、山の方へ足をのばしました。
そして、章夫さんが、花の可憐さに、思わず、♪「春のうららの、墨田川~」♪と歌ったところ、突然横から、こんな声が聞こえてきました。
「いい歌でしょう?」と~



みると、いつ来たのか?横には、ずいぶん「古めかしい」スタイルの青年が1人。足袋(たび)とわらじ姿だし、あまりこの辺では見たことがない人だなあ?と思って
思わず、あっけにとられていると、この青年は、そのあとを付け加えるように、「その歌は、私が、作曲したんです。」
章夫さんが「ほう、」と聞くと、青年は、「この歌は、花という題名で、実は歌曲なんです。歌曲それも、4つの歌曲からなる「組曲」の1つなのです。」
「そうなんですか・?」
「はい、それぞれの歌曲には、題名がありまして、①花、②納涼、③月、④雪、という四季を表現する曲で構成されています。今、歌われていた曲は「花」なんです。」
章夫さんは、「なるほど、この歌は日本の四季を歌ったものなのですね。」
「はい、この組曲は、明治33年(1900年)の11月に、発表されたものなんです。近代になり、文明開化が進行中だった日本において、この組曲は日本最初のもので、西欧に日本の
音楽文化の高さを示した最初の作品といってもいいでしょう。」
「なるほど、しかし、100年以上たった今日でも、全然違和感がなく、桜の花を歌ったものとしては最高ですね。?」
「ありがとうございます。そういっていただけて、うれしいです。私は、この歌を作ったあと、翌年の明治34年(1901年)6月にドイツに留学しましたが、病が発病し、10月に帰国し、
明治36年(1903年)にこの世を去ることになりました。」
「え~、じゃあ~?」
「今日の桜があまりにきれいで、私の歌を口ずさむ人の声にひかれて、仏のお許しを得て、ほんのすこしだけ、現れたのです。」
「それは、それは、敦子さんにも会わせないと、、、アンナ、すぐ敦子さん呼んできて、、、」



しかし、敦子さんが舞い戻ってみると、その人は消えていました。「でも、なにか、幻のようなもやもやしたものが残っているわ。」
章夫さんがその人と会話した内容をきいて、敦子さんは、「きっと、あまりに桜がきれいだったから、100年前から、桜を慕ってでてきたんでしょうね。」
「そう、あの人もそう言ってた。」
「こんな美しい桜を前にして、若くしてこの世を去らなかったのだから、ずいぶん無念だったでしょうね」
「この歌は、当時の日本人の桜に対する気持ちを伝えているのね。桜の美しさは今も昔も変わらないということかしら?」



そんなことを考えながら、岸を歩きだしたときでした。「ほー、ほけきょ」と、さえずる声。
「あ、うぐいすよ、あそこで鳴いてる」
ほんとだ、桜を慕って飛んできたんだね」
「ほーほけきょ」
「いい声だね。アンナ、聞こえる?」


どうでしたか、今年も桜は、きれいに咲きそうですね。桜への思いは、100年以上も前も、今日も変わらないような気がしますね。昔の人も、春になり、
桜がきれいに咲いたのを、我々と同じように「美しい」と感じたことでしょう。そんな思いで、桜を眺めてはどうでしょうか?




                                              もとに戻る