鬼の話
                                               絵と文:都筑信介
                      
                                 
( 本作品はフィクションであり、登場人物等の名称は、全て仮名であり、実在しません。)

章夫さんは、アンナちゃんと二人暮らし(?)です。ある晩、夕食が終わったころの時間でした。普段はめったに鳴らない固定電話が、ジリジリジリンとなりました。
「今頃、誰だろう?」と思って、電話に出ると、どこかで聞いたことのある気品(?)のある声で、「こんばんは、章夫さんですか?」と。
それは、
螽生寺の朧子さんからでした。その声は、とても静かで、でもなんとなく何かを伝えなければならないといった硬さのある感じでした。



「ああ、朧子さん、お久しぶり。どうしましたか?」
「章夫さん、実は、折り入って、お願いしたいことがあってお電話しました。急に、夜分に電話して申し訳ありません。」
「大丈夫ですよ、アンナちゃんとボール遊びしていただけですから、」
「実は、今年は、螽生寺で節分をやることになりまして、多くの子供さんたちが、鬼は外、福は内、と豆まきにこられます。しかし、考えてみれば、肝心の鬼
がおりません。いろんな方々に打診をしたのですが、どうも都合がつかず、鬼の役を章夫さんにお願いできないかなあ、と思って電話差し上げた次第でございます。」
「なるほど、それは大変ですね。今の私は、たいした仕事をしているわけではなく、私でよければ、鬼になりますよ。」
「ありがとうございます。それを聞いて、肩の荷がおりて、急に楽になったような気がします。」
「子供たち相手に、逃げる鬼の役をやればよいわけですね?」
「はい、それで、OKです。」




「ほら、ほら、こっちに鬼がいますよ!」と朧子さんの声。
「ほんとだ、それ~、鬼は外、福は内」
「あっちに逃げたぞ~それ~鬼は外、福は内」
子どもたちは、大喜びです。螽生寺に響く笑い声、久しぶりににぎわう山寺に、ちょっとだけ差し込む春の陽光。



「お疲れ様でした。大変だったでしょう?おかげで子供たちは大喜びで、久しぶりに節分らしい節分があじわえたような気がします。」
「いえいえ、たいしたことはできませんでしたが、鬼は子供たちには好評だったようですね。鬼がほんとうに出て行ってくれるといいですね。」
「はい、でも、鬼は、どんな人の心のなかにも、潜んでいます。」
「ほう?というと」
「人は、まだ未熟で、夢や目標に向かって邁進(まいしん)しているころは、いろんな人から恩恵を受けていることもあり、いろんな人にも、やさしく、
こんなころは、心の中に潜む鬼は、出てきません。」
「でも、目標が現実になったり、自分がとてもめぐまれた地位や立場に立つと、周りのものがみえなくなり、それが当たり前のように考え、
いままでの自分を忘れてしまい、それを誇示したり、そういう理想に至らなかった人にやさしくする心が消えてしまいます。」
「なるほど、、、」
「そんなひとの顔は鬼のよう、つまり、心の中に潜んでいた鬼が、表に出てきて、どんどん体を鬼に変えていってしまいます。」
「そして、どこかで、その鬼を退治しないと、いけなくなるわけですね。」
「その通りです。そんな心の中の鬼がでてこないように、今の自分をもう一度反省してみる。そんな心があるうちは鬼は出てきませんので。」
「節分はそんなことを、一年に一度、考える日なのかと?」
「いい話をありがとうございました」

次の日、章夫さんは、敦子さんとアンナちゃんを連れて、お散歩に出ました。
そして、昨日の朧子さんのお話をしました。
「なるほどねー。誰の心の中にも鬼はいるということね。」
「私も、鬼に変身しないように、やさしい心を忘れないようにしないとね~。」
「そうだね~自分も例外ではないか~。」
「ねえ、みて、あそこにも鬼がいるわよ」
「ほんとだ~。あれは、相当、怒りがたまっているぞ、角が3本も立ってる。」
「あんなふうに、ならないようにしないと。」



    いががでしたが?自分の周りにも鬼はいませんか?また、今は鬼ではないあなたの誰かさんが、あなたの「これから」で、鬼に変身するかもしれませんよ。
そして、自分の心に潜む鬼がでてこないように、一度考えてみるのもよいといいと思います。


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